俺は真摯にマッサージ師を目指すけど、どうやらこの異世界は【男女比】がおかしいようだ

こしがや

兵団と仲良くなるよ編

第1話 異世界こんにちは

 これが噂の異世界転移か、と喜んだのも最初だけなのだ。気が付いたら見ず知らずの森の中に置き去りにされていた俺は、三日三晩を飲まず食わずで彷徨さまよ羽目はめになっていたのである。


「俺の知ってる展開と全然違うんだけど」


 愚痴のような独り言が口かられてしまうのはご愛嬌。とは言え、普通だったら特別なスキルを得ていたり、案内役ガイドの妖精さんがしてくれたり、要するに、自分に都合の良い展開だと思うじゃん?


 あっはっは、まったくそんな事なかったよ。運動能力ステータスが凄いとか、魔法が使えるとか、そういうの全然ない! 俺は普通の人! 三日も彷徨さまよって飢えて死にそうな普通の人! 夢なら早く覚めてほしい!

 

 とは言え、神はいたようだ。しげる緑は永遠ではない。

 ついにようやく森を抜け、街道に辿り着くことに成功したのである。


◇◇◇


「あの、助けていただきありがとうございました」

「それは構わんが、キミはどうして道のど真ん中で寝ていたんだ?」


 ここは揺れる馬車の中。

 どうやら俺は街道で気を失っていたらしく、たまたま通りがかった馬車に助けられたようなのだ。とはいえ、旅客りょかくを運ぶ賑やかな馬車や商人の荷馬車とはまったく雰囲気が異なっている。ガタゴトと揺れる馬車の中には全身鎧を着込んだ数十人の兵士さんがギュウギュウに詰め込まれており、重苦しさに包まれていた。言っちゃ悪いが皆さんの全身は赤や茶で汚れており、隣に座っている兵士さんのヘルムからは「フーッ、フーッ」と荒い息遣いが漏れているのが聞こえてくる。もしかして野蛮な世界なのかい? 正直、マジで怖い。


「キミはどうして道のど真ん中で寝ていたんだ?」


 返事を待たずして、再び問いかけられた。こちらを見据みすえる視線は鋭く、まるで犯罪者を取り調べる警察官のようだ。

 どうやらがこの一団の責任者なのだろう。一人だけ身に着ける防具が異なっている。座り込む全身鎧の皆さんは『量産品』な雰囲気があるわけだけど、彼女はヘルムをかぶる事もしておらず、質の良さそうな鎧を身に着けていた。


「信じてもらえるかは分かりませんが、記憶を失ってしまって……」


 まあ、自分としてはこう言うしかないよね。今までの常識が通用しない可能性が高い世界。身を安全を考えたら、記憶喪失のフリをするのが手っ取り早いのだ。


「どういう事だ? 名前も覚えていないのか?」

「名はエリオです。気が付いたら森の中にいました。三日ほど彷徨さまよい、どうにか街道を見つけましたが、安心から気を失ってしまったのかもしれません」

「なら腹が減っているんじゃないのか? 携帯食料の残りがあったはず……」


 そう言うと彼女はガサゴソと足元の荷物を漁り始めた。 

 なんとありがたい事だろう、どうやら食事にありつけそうだ。森の中では何も食べる物がなかった。試しに木になる実を食べてみたところ、あまりの渋さに口の中がショボショボになってしまったくらいだ。喉も乾くし踏んだり蹴ったりだよ。


「すまんが、縄を事はできないぞ」

「いえいえ、そこはお構いなく」


 そう、この馬車に助けられたは良いんだけど、俺の身体は縄でグルグル巻きに縛られていたのである。ははは、簀巻すまきにされてて身動きが取れないや。

 とはいえ、怒るつもりはまったくない。見ず知らずの男が一人、街道で倒れていたのだ。野盗を警戒するのも当然なんじゃないの?


「私の食べかけの干し肉と、飲みかけの水で悪いが……」

「いえいえ、とっても助かります!」

「じゃあ、口を開けてもらっても……」

「あーん」


 まるで親鳥から餌を与えられる雛鳥だ。ぴよぴよ。

 素っ気ない口調とはガラリと変わり、丁寧な手つきで干し肉を食べさせてくれる責任者さん。食べやすいよう一口大に指で千切ってくれるし、ちょうどいいタイミングで水筒を口に運んでくれる。うーん、甘やかされてる気分だ。


「……っ!!! だ、黙れ!!! 役得だなんて思っていない!!」

「ご、ごめんなさい! もっと静かに食べます……」

「いや、キミに言ったわけじゃない。急に怒鳴ってすまなかった……」


 モグモグ音が彼女の気に障ったのだろうか、急に大声を出されてしまった。「キミに言ったわけじゃない」ってフォローされたけど、馬車内に詰まってる兵士さんからは呼吸の音しかしていないし、そうなると消去法でウルサイのは俺になるわけで……って、う、うわあ! 横に座ってる兵士さんの顔がさっきより近づいてる気がする! ヘルムからは「フシュー、フシュー」と激しい息遣いが漏れている! もしかして、この人もお腹空いてるんじゃないの?! 俺だけが食べてて良いの?!


「あ、あの、なんかこの人が怖いんですけど!」

「…………! おい、エリオに近づくな! 先ほども言ったが、私の許可が出るまで姿勢を崩す事は許さん! 口を開くのも禁止だぞ! わかったな!」


 責任者さんの一喝が馬車内に響いた。

 命令は絶対なのか、それとも非難の声なのか、全身鎧の皆さんの口から「ヴー、ヴー!」と野犬の唸り声のような声が漏れ出し始めた。口を開いていないからセーフ理論なの?! なんなのなの?! そんな奇妙な唸り声を上げ続ける一団との旅路たびじは長いようで短く、気が付けば街の検問所に到着したのである。


◇◇◇


 馬車を降り、連れられた検問所の別室で行われた身分確認はあっという間に終わってしまった。椅子に座り、衛兵さんからの質問を答えるだけだったのだが、どうやら俺は「記憶喪失者」として認められる事となったのである。


「認識、白。嘘をついている可能性はない」

「じゃあ本当に記憶を失ってるって……こと?」


 衛兵さんと話をしているのは、ローブを着込み杖を持った見るからに魔導士の女性であった。質問を答える時、ずーっと頭の上に杖を構えられていたんだけど、どうやら嘘発見器みたいな魔法を使っていたらしく、俺はめでたく身の潔白を証明することが出来たようなのだ。だって「どこの国から来たの?」とか「この国の国王の名前は?」とか聞かれても分かんないもんね。わははははは。


「じゃあ、最後に危険物を持ち込んでいないかの確認をしましょう」

「はーい」

「じゃ、じゃあ、全裸になってもらえるかしら?」

「全裸ですか?!」

「そ、そうよ! 別に裸が見たいわけじゃないの。危険物が持ち込まれない為!」


 そう言われたら脱ぐしかあるまい。

 だって異世界の常識とか全然知らないからね! 


 パーカーを脱ぎ、シャツを脱げば、上半身があらわになる。

 魔導士さんと衛兵さんの息がさっきより荒くなっているのは気のせいじゃないよね? 血走った目で俺の身体を凝視しているのは、危険物が隠されていないか確認しているからだよね?!


「壁に手をついて、そう、お尻を突き出すように……!」

「ふーん、思ったより綺麗な身体……ゲフンゲフン!」

「素直に脱いだって事は、本当に記憶が……ゲフンゲフン!」


 壁の方を向いている俺からは2人の様子が全くわからない。とは言え、全身に悪寒が走るのを感じる。エリオ、冷静になって考えてみろ。馬車から降りた時、違和感はなかったか? 女性の比率が多いとは思っていたけど、そもそも男性の姿がどこにもなかったんじゃないかい? もしかしてこの世界は、男女の比率が狂ってる世界なんじゃないのかい? 今まさに、俺の貞操が危険に晒されているんじゃないのかい?!


「ハァハァ……ちょ、ちょっとくらい触ってもバレないわよね?」

「ハァハァ……ほら、さっさと下も脱ぎなさい!」


 聞き捨てならない欲望がダダ漏れてるんじゃないかい!!


「こ、これって本当に正規の取り調べなんですか……?」

「そ、そうよ! 逆らったら公務執行妨害で牢屋にぶち込むわよ!」

「ぬーげ! ぬーげ!」


 なんと世界なんだろう。

 男性の人権は存在しない世界なのかもしれない。

 頬に温かいものが流れていることに気付いた。

 どうやら俺、泣いているらしい。


「ううっ、せめて優しくして下さい……」

「へへっ、天井の染みでも数えてなっ!」

「先っちょだけだから。ほんと、先っちょだけだから」


 拝啓、父さん母さん。元気ですか。

 僕は元気です。何も心配しないでください。

 再び会った時、僕は一皮むけた大人になってるかもしれません。

 

「おい、だいぶ時間がかかってるようだが……」

「あ」

「あ」


 突然、ガチャリと開いたドア。

 顔を覗かせたのは馬車でお世話になった責任者さんだ。

 動きが止まる衛兵さんと魔導士さん。

 俺は最後の砦、中腰の姿勢でパンツに手を掛けたところなのである。


「え、エリオ?! どうして服を脱いで……!」

「ギルエッタさん、違うんですよ。ほんと、違うんですよ」

「急にエリオさんが、部屋が暑いって言いだして……!」


 に言い訳を始める衛兵さんと魔導士さん。そんな二人の様子を見て俺は確信したね。俺はこの二人にハメられたんだ! いや、まだ純潔だよ? 別にハメられてないよ? いや、そういう事じゃないんだよ問題は!


「だ、騙されたぁ……」

「貴様ら、記憶喪失を良い事に、ある事ない事……」

「ち、違うんです。ほんと、違うんですよ!」

「急にエリオさんが、服に虫が入ったって言いだして……」

「この件は上に報告させてもらう! エリオ、行くぞ!」


 怒りの形相ぎょうそうの責任者さんは俺の手をと掴むと、ドスドスと部屋から退室してしまうのだ。いやっ、ちょっと待ってください! アタシ、パンツ一丁なんですけど! パンツ一丁なんですけど!


「パンツ一丁なんですけど!」

「?!?! す、すまない! これでもかぶっててくれ!!」


 フード付きのマントを渡された俺は、急いで羽織はおる。責任者さんの早足は緩む事もなく、どこかに向かっているようだった。俺としても検問所に長居はしたくない。この世界の女性の貞操観念がイかれてる可能性が非常に高いのだ。街の往来では、右を見ても左を見ても、女女女の女性パラダイスだ。


 男がいねぇんですけど?!


 俺はフードを目深まぶかにかぶり、現時点、唯一の味方(であろう)責任者さんに付き従う選択した。彼女を信じてダメだったら、異世界ガチャに失敗したと割り切ろう。あーあ、人生って難しいね。

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