第8話 サンバ ジャネェ ダロ


 驚くより先になんか知らないけど感動した。



 あんな死人みたいだった女がこんなに生き生きと躍動している。

 歌ってすごいんだ。


 というかこの曲、こんなにひとを明るくさせるんだ。ちょっと心の底から感心した。


 とーー今マジまじと女を見て気がついた。

 白いワンピース、これ白衣だ。


 看護師さんの白衣。今じゃレア物のワンピースタイプの白衣なんだ。

 えぇと、てことは?


『サンバでサンバ。サンバは産婆ぁ!みんな楽しくじゃんじゃん産まれる』


「産まれる」

 はぁぁん


 あらあら合いの手まで入れはじめたよ……この女。


『サンバサンバお米産婆!』


「サンバサンバサンバBBA!」


 テンションMAXのまま歌が終わる。

 その時だった。


「はっ!サンバ!」


 フロントガラスの前で運転手が両手のマラカスを振り上げ叩きつけた。


「ひぁ!」


 乾いた音を立ててマラカスが砕けた。粉々に。


 その砕けたマラカスから光が迸った。

 それは暖かい柔らかな光だった。


 眼のまえが真っ白になり、光の向こうに懐かしい顔が見えたーー気がした。


 でもその光はあたしを包むことなく、通り過ぎていった。


「ねぇあなた」


 白いワンピースの女、もとい白衣の看護師に手を伸ばす。


「ウソ……」


 そこに女はいなかった。空を切り、ポトりとシートに触れた手のひらに冷たい感触。

 白衣の女が座っていた場所は濡れた染みが残されているだけ。


 それはまるで白衣の女が自分の存在を残していたかのよう。


……忘れないで。


 なぜか顔を分からない看護師が微笑んだ気がした。


「良かったよかった。無事に成仏してくれたみたいですね」


 ドアを開け、あの軽薄な声が運転席に戻ってきた。


「ね、ねぇ。ここにいた女のひとーー」

「はい。無事に天に召されましたね」

「えっ、それってもしかして幽れーー」


 あたしの言葉を、振り向いた運転手の手のひらが遮った。


「今夜は当たりがないかと諦めかけていたのに、無事に依頼が果たせたのは、あなたのおかげかもしれませんね」


 ありがとうございますと、運転手は深々と頭を下げた。


「本来ならコンプライアンス的にタダ働きはしないんですけどね。今回はお代抜き。お礼をさせていただきますよ」

「え。なになに言ってるの? 情報が多すぎてついていけないんですけど。ていうか、あなたタクシードライバーじゃないの?なんでマラカス持って踊ってんの? 成仏とかどういうことなの」

「あっ、申し遅れました。私、拝笛刀オガミテキトウと申します」


 はぁぁ?

 祓師ってなに? 除霊師みたいなもの?

 それにオガミテキトウって、そのいい加減な名前なによ?


「さあ、帰りましょうさん」


 運転手は名乗ってもいないあたしの名前を呼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る