第20話 秘密の相談はファミレスで――

 その日の昼休み。学校敷地内の中庭に設置されたベンチに隣同士で座り、佐久間真司さくま/しんじは妹の若菜わかなとひそひそ話をしていた。

 真司の眉間には、ちょっとした悩みの皺が寄っている。隣にいる若菜は、親密になって考え込んでくれていたのだ。

 二人が相談していたのは、最近やたらと絡んでくる元カノ――平野美愛ひらの/みあの件についてである。


「お兄ちゃん、燐さんに相談するところから始めようよ」


 若菜が紙パックジュースのストローを咥えながら提案すると、真司は少し考え込んでから頷いた。


「そうだな。燐なら、なんかいいアイデア出してくれそうだしな。でも、学校内で相談していると目立つだろうし、放課後にどっかに集まってさ、三人で話そうか」

「その方がいいね、お兄ちゃん!」


 若菜との意見もまとまり、こうして真司の心は決まった。まずは、クラスメイトの燐に相談を持ちかけるべく、放課後を待つことにしたのである。




 放課後のチャイムが鳴り響くやいなや、真司はタイミングを見計らった。

 美愛の姿がないことを確認し、人目がつかない場所の廊下にて、テニスのラケットが入ったバッグを肩にかけている高松燐たかまつ/りんに話しかけたのだ。


「燐。今日、ちょっと時間ある?」


 真司の問いかけに、燐は表情で答えた。


「んー、今日はテニス部があるし、ちょっとキツいかな。でも、真司が大事な話って言うなら、私、部活を早めに切り上げて時間作れるよ。真司の今の雰囲気的に何か大事な話なんでしょ。だったらさ、六時半くらいに街中のファミレスでどう?」

「わかった。それでお願いするよ。利用するファミレスの店名に関しては後で連絡するから」


 真司からの返答に、何かを察した感じに燐は頷く。


「じゃ、また後でね、真司」

「また、詳しい話は後で」


 真司は、燐と約束を交わす。

 真司は、一旦教室に戻るなり、通学用のリュックを背負い、校舎の昇降口へと移動する。それから若菜と共に、街中へ向かうのであった。




 真司と若菜は、燐と待ち合わせしたいファミレスに到着していた。選んだのは、いつものファミレスとは違う、少し離れた場所にある店。

 なぜなら、いつものファミレスだと、元カノの美愛と鉢合わせるリスクがあったからである。

 美愛は話しかけないでと言いながら、最近やたらと絡んでくる、なんとも面倒な存在だった。


 店内では、会社帰りのサラリーマンや学生で賑わっている。

 燐に対しては、ファミレスに入店した時に、どこのファミレスにいるのかをメールで送っていた。

 真司と若菜は窓際の席を確保すると、ドリンクバーのジュースを注文し、自由に飲みながら燐を待つことにしたのだ。


 真司はコーラをちびちび飲みながら、スマホの時計をチラ見。隣では若菜が、カルピスジュースをストローでぐるぐるとかき混ぜながら、スマホを弄っていたりした。


「ねえ、お兄ちゃん、燐さん、遅いね。大丈夫かな? もしかして店名とか間違ってない?」

「え? そんな事はないと思うけど……」


 真司は一応、スマホを確認してみるが、燐にはちゃんとしたファミレスの住所を送っていた。

 迷っているのか、それとも部活が長引いているのか。


 真司は内心、心配し、もう一度、彼女のスマホに連絡を入れようとした時だった――


 ファミレスの入り口の方からカランとベルが鳴る。

 入り口方面からは、店員と会話する燐の声が薄っすらと聞こえた。

 もしやと思い、真司がスマホから顔を離した時には、テニスラケットが入った大きなバッグを肩にかけ、制服姿の燐が軽快な足取りで現れたのだ。

 燐は店員に案内されながら、真司と若菜がいるテーブルへと近づいてくる。少し汗ばんだ額と、申し訳なさそうな笑顔が、なんとも燐らしかった。


「ごめん、ちょっと遅れちゃった!」

「いいよ、いいよ。部活忙しかったんだろ? もしかして、迷っていたとか?」


 真司が気さくに言うと、燐はバッグをドサッと窓側のソファに置き、二人と向き合うように席に腰を下ろした。


「いやー、今日ね、テニスのコーチが突然来てさ。お前ら、試合近いんだから本気出せって。そういう事情があって、抜け出すの大変だったの。まあ、来月あたりには試合あるし、仕方ないんだけどさ」


 燐は苦笑いしながら、申し訳なさそうに再び頭を下げる。


「そういう事情ならしょうがないですね」


 と、若菜はフォローする。


「そうだ、燐の分のドリンクバーも頼んでおいたから、まずはジュースを注いできなよ」

「え? ほんと、ありがと。部活の後で全然水分をとっていなかったら、喉カラカラで」


 燐はそう言うと、再び席を立ち、ドリンクバーへと向かうのだった。




 テーブルには、各々のジュースが入ったコップが置かれている。約束通り、三人が揃ったところで、真司は本題を切り出した。


「実はさ、美愛のことで相談があって」


 その一言で、燐の表情がパッと引き締まる。


「うん、あの子がどうしたの? もしかして、また何かしてきたとか?」


 真剣な顔つきになった燐に対し、真司は一気に事情を説明し始めた。事の発端は、体育の授業でのテニスの試合だ。美愛は燐にコテンパンに負けたことを根に持ち、陰湿な嫌がらせを始めたのである。

 具体的には、燐の課題ノートを勝手に奪い、ゴミ箱に捨てるという、なんとも大人げない仕返し。真司はその実行役に巻き込まれ、燐に相談するといった流れになったわけだ。


「それ、ほんと⁉ でも、あの人ならやりそうだね。そういうこと」


 燐は呆れたようにため息をつき、黒髪のロングヘアをかき上げた。


「ほんと、美愛って負けず嫌いすぎるよね。体育の時間のテニスだって、あっちが勝手に割り込んできたのが悪いだけだし」

「だろ? だからさ、どうにかしないとって思って。燐に相談するのが一番いいって、若菜と今日の昼休みに相談してたんだ」


 真司が肩をすくめると、隣で若菜がニコニコしながら頷いた。


「燐さんなら、絶対いいアイデア出してくれるって思って」


 若菜の言葉に反応するように、燐は腕を組み、少々考えた顔つきになると、それからニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ふーん、なるほどね。じゃあさ、真司、こうしたらどうかな? 私が偽のノートを作って。それで、真司がそれをゴミ箱に捨てたふりして、写真撮るの。その証拠写真を美愛に見せつけるってわけ」

「ん! それいいな!」

「燐さん、そのアイデアいいと思います!」


 二人はパッとした表情で声を出す。

 が、真司はすぐに少し不安そうな顔になる。


「でもさ、それ、すぐバレないか?」

「大丈夫、大丈夫! もしバレそうになったら、私が課題忘れましたって先生に言っちゃえばいいし。そしたら美愛も、私のノートが本当に捨てられたって思うでしょ。先生には後で事情説明すれば、絶対わかってくれるよ」


 結果として、燐が課題を出せないというデメリットを背負う事になり、真司は悩ましい顔を見せていたが、燐は何とかなるよと自信満々にウィンクする。


「本当にそれでいいのか……でも、試しにやるしかないよな」


 真司はゆっくりと決心を固めた。


「だったら、俺も課題を提出しないよ。そうじゃないと、燐にだけ迷惑をかける事になるし」

「真司はいいよ、そこまでしなくても」

「でも、俺にも問題があるわけで、やるなら一緒にやろう、燐」

「……わかったわ。真司がそういうならね」


 燐も承諾する。


 ファミレスのテーブルには、ジュースのグラスと走り書きのメモが並ぶ。

 燐の提案は、ちょっとハラハラする作戦だった。美愛の嫌がらせを逆手に取り、彼女をギャフンと言わせる――そんなスリルが、三人を包み込んでいたのだ。


「よーし、決まりだな! やるからには、美愛の嫌がらせ、きっちり返してやろうぜ!」


 真司が拳を握ると、燐と若菜も結束するように頷く。


 ファミレスの窓の外。夜の街の明かりがキラキラと輝いている。三人の小さな復讐劇の開幕を祝福するかのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る