第5話 お兄ちゃん、今日は一緒に帰ろ!

 昼休み前の授業を終え、佐久間真司さくま/しんじは教室を後に廊下を歩いていた。

 気持ちを切り替えるように、校舎一階にある購買部へ足を向かわせていたのだ。

 昼時の購買部は、いつものように沢山の人で賑わっている。


 真司がパンコーナーの前で、どれにしようかと迷っていると――


「お兄ちゃん、ここにいたんだね!」


 弾けるような明るい声が、真司の耳に飛び込んできた。振り返ると、そこには妹の若菜わかなが立っていた。

 高校一年生になったばかりの妹は、入学してまだ二ヶ月。少しずつ学校に馴染んでいるようで、今日は特にキラキラした笑顔を浮かべている。


「若菜か。パンでも買いに来たのか?」


 真司は少し驚きつつ、いつもの調子で答えた。


「うん! 購買部でお兄ちゃんと会えると思ってね。今日は一緒に食べない?」


 若菜の無邪気な笑顔に真司はつい笑顔を浮かべる。妹の明るさを見ると、なんだかんだで心が落ち着く。


「お兄ちゃんは、どのパンにするの?」

「じゃあ、これにしようかな」


 真司はイチゴジャムのコッペパンを選択。

 妹も、今日はお兄ちゃんと一緒のがいいと言い、同じ味のコッペパンを手にしていた。


 パンの会計を終えると、購買部内に設置された自販機で紙パックのジュースを購入する。二人はそれから中庭へと移動した。


 今日は晴天で、程よく過ごしやすい空気が漂っている。

 二人は同じ木製のベンチに腰掛け、のんびりとした昼食を取り始めた。


「ねえ、お兄ちゃん。今日はどうだった?」


 若菜がパンを一口かじると、ふと真剣な目で尋ねてきた。


「まあ、色々とな……」


 真司は教室内で、美愛から言われた事を思い出し、少しだけ嫌な気分になった。

 真司は曖昧に答えた後、パンをかじる。


「そっか……でも、時間が経てば何とかなる事もあるし。それに同じ学校に私もいるし、元気を出して。いつでも相談にのってあげるし」


 若菜は悪戯っぽく笑い、真司の事を優しく見つめていた。


「ありがと」


 真司は軽く頷き、妹の明るさに少し救われた気分になっていた。やはり、若菜といると、心が軽くなる。


「そうだ、お兄ちゃん。今日は一緒に帰らない?」


 若菜の提案に、真司は一瞬、言葉を失った。


「え、でもさ。今日はクラスメイトの子と帰る約束をしてて」

「え、誰⁉ どんな子? 女の子とか? その子とはどんな関係なの?」


 若菜はパンを食べる手を止めると、焦った感じに質問攻めをしてきたのだ。


「いや、ただのクラスメイトだって。女友達みたいな子で」


 真司は慌てて否定したが、若菜はジトッとした目をしていた。


「ふーん、そうなの? それ、本当にただの友達?」

「友達だって。付き合ってるわけでもないし」

「そうなの? じゃあ、私も一緒に帰ってもいい?」


 若菜の言葉に、真司は思わず、エッとした声を出す。

 少し考えた後、しょうがないとため息をはきつつ、若菜の誤解を解消する為にも、一緒に帰宅する選択をしたのだった。




 午後の授業を終え、放課後になると、真司は教室内で帰宅準備を行う。

 整え終えると、通学用のリュックを背負い、クラスメイトの高松燐たかまつ/りんと共に教室を後にする。


「今日は若菜ちゃんと一緒なんだね」

「そうだね。急に決めてしまってごめん」

「でもいいよ。私、若菜ちゃんと関わりたいと思っててさ」


 燐は気にしていない様子だった。

 燐は、真司に妹がいる事は知っていても、直接関わった事はまだないのだ。


 二人は校舎の昇降口で待っていた、若菜と合流する。

 三人は外履きに履き替えると学校を後にするのだった。


 今日の放課後は、燐の要望通りに街中へと向かう。


「若菜ちゃんって、学校生活はどう? 楽しい?」

「はい、クラスメイトとも楽しくやれてますので」

「そっか。でも、高校生になったからには色々な事に挑戦しないとね。やっぱり、高校生なら、放課後を楽しめるかどうかで充実感が変わるからね」

「そうなんですか?」

「そうだよ。若菜ちゃんは、高校生になってから今流行りのカフェに行った事はある?」

「まだないかもです」

「そっか、じゃあ、今からそこに行こうか。真司もそれでいい?」


 真司の前を歩く、燐から突然言われ、反射的に頷いて反応を返す。


 美愛から言われた事については、まだ心に引っかかっていたが、若菜の明るさと燐のフレンドリーさで、そのモヤモヤが薄まってきたのだ。


 いつまでもクヨクヨと考えてはいけないと思い、気分を切り替える。


 真司は、二人の会話に混ざりながら、楽しい放課後を過ごす事にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る