第七階層:僕らは手を繋いで未来へ(1)

 

 その後、僕たちの戦いが勝利に終わったことが対策本部や警備に当たる人たちにも伝えられ、事態は収拾へと向かっていったのだった。


 教室内も少しずつ片付けが進められ、やがてその場には僕たち二年一組の生徒と千堂せんどう先生だけが残る形となる。


 ちなみに僕はウイルスにほぼ精神を支配された時、我を失って暴走しかけていたんだそうだ。でも相羽あいばさんが僕を咄嗟とっさに強く抱き締めて止めようとした。それから程なく、僕が我を取り戻したという経緯だったらしい。


 きっとその時の必死な彼女の想いとさけびが僕に届いて、心をこちら側へ引き戻させてくれたんだろうな。まさに僕を守護する女神様といったところだろうか。


 ――と、そんな相羽あいばさんが鼻をすすりつつも笑顔で話しかけてくる。


「お疲れ様、陽元ひもとくん。頑張ったね。それに約束を守ってくれて、カッコイイよ。感動しちゃった」


「えへへ……ありがとう……」


陽元ひもとくんはみんなを守ったんだよ。ヒーローだよ」


「ううん、ヒーローは僕だけじゃなくて、僕たち全員だよ。全員が心をひとつにして力を合わせたから勝てたんだ」


「そっか……そうだよね……。でも誰が何と言おうと、一番のヒーローは陽元ひもとくんだって私は思ってる! ふふっ♪」


「一番のヒーロー……か……」


 僕にとっては、それは相羽あいばさんだよ――と、心の中で彼女に語りかけた。もし彼女がいなかったら僕はウイルスに負けていただろうし、日本だって大混乱に陥っていたに違いない。


 でもそんなことを面と向かって言うのは照れくさいから、この場では黙っておくことにする。


「ん? 何っ? 私の顔に何か付いてる?」


「ううんっ、なんでもないっ!」


 キョトンとする相羽あいばさんに対して、僕はあわてて笑って誤魔化した。そして僕の心はスッキリとした青空のように晴れ渡っている。




 ――もう後悔こうかいはない。


 いや、相羽あいばさんに僕の本当の気持ちを伝えないままなのはちょっぴり後悔こうかいかもしれない。でもそれでいい。すぐにそんなことを言われても、彼女は困惑するだけだろうから……。


 僕は『とある決意』を胸に、千堂せんどう先生へと視線を向ける。


千堂せんどう先生!」


「どうした、陽元ひもとくん?」


「僕、今回の事件を通じて確信したことがあるんです」


「ほぅ? 確信したこととは?」


「……僕自身の危険性です。僕の『心』は未知のコンピュータウイルスにも対抗しうる切り札になるということが証明されました。それは同時に、もし悪用されれば脅威きょういになるということでもあります。視点を変えれば『欠陥けっかん』と言えるかもしれません」


「…………」


 真剣な表情で語る僕に対し、千堂せんどう先生は肯定も否定もしない。単に無表情で静かに耳をかたむけている。果たして何を思っているのだろうか?


 少しそれが気になりつつも、僕は話を続ける。


「まさに諸刃もろはの剣。今回はたまたま良い方向に動きましたが、いつもそうであるとは限りません。それに僕の心に何らかの理由で異常が出ればに危害を加えかねない」


「……で、陽元ひもとくんは何が言いたいんだい?」


「僕はこのクラスから去ろうと思います。最悪の事態が起きる前に……」


 重苦しく冷たく言い放つ僕。その内容の深刻さゆえにクラスのみんなが息を呑み、言葉を失っている。



(つづく……)

 

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