第六階層:崩壊する心、繋ぎ止める心(2)

 

 そしていよいよ運命の瞬間、午前0時を迎える。僕は緊張が最高潮に達し、思わず唾を飲み込む。それとほぼ同じタイミングで、相羽あいばさんは僕の手をしっかりと強く握り直してくる。


 チラリと横目で彼女を見ると、強く下唇をみ、どこか一点を見つめたまま一心に何かに祈るような表情をしている。


 そのまま静かな数秒が流れたあと、ノートパソコンの画面で何かのデータを注視していた千堂せんどう先生が不意にさけぶ。


陽元ひもとくんっ、異変が観測され始めた! 頼んだよっ!」


「は、はいっ!」


 あわてて僕は返事をすると、まずは大きく深呼吸。心を落ち着かせてから『想い』を念じ始める。



『僕の大切なものを脅かす存在なんて出ていけ! 実行させるもんか!』



 目を強くつむり、全身に力を入れながら固い意志を胸に抱く。負けん気でのぞむ。


 全身のあちこちに感じるチクチクとした痛みやかゆみ、気持ち悪さといったちょっとした違和感に意識を向け、それを弾き飛ばすようなイメージを強く持つ。


「いいぞ、ウイルスが書き換えようとしているデータを陽元ひもとくんの『トモダチAI』は拒絶してる! 一部、書き換えられてしまったデータもすぐに元の状態に復元されてるっ!」


「カウンターウイルスのプログラムも現時点で問題なく構築中です。検証も同時に進めています」


 希望に満ち、半ば興奮したかのような千堂せんどう先生の明るい声と冷静なミキさんの声が耳に響いてくる。


 目をつむっていてふたりの表情は見えないけど、なぜかそれが手に取るようにハッキリ分かるような気がする。それくらいにはまだ僕にも余裕があるということだろう。


 よし、順調だ。このまま一気にウイルスを駆逐してやる。


『僕は僕だ! 誰にも侵略させない! みんなを守るんだ! 僕たちの未来を壊させるもんか!』


 僕はますます血気盛んに想いを念じた。それに応じてウイルスの動きや勢いは弱まっていく。プログラムが流れ込んできても、その瞬間に排除できていて増殖や拡散させる隙を与えない。


 この調子ならうまくいきそうだ。問題なく事は終わる――と思った直後のことだった。


 全身に走る強烈な寒気と圧迫感。そして刃物で肉体を何度も激しく刺されたり斬りつけられたりするような痛みが止まらなくなる。


「――っ!? がはっ! うぁあああああぁーっ! はぁ……はぁ……う……ぐ……」


 声を上げずにはいられなかった。呼吸も乱れる。苦しい。


陽元ひもとくんっ!?」


「あっ! がぁああああああぁーっ! あぁっ!」


「どうしたのっ、陽元ひもとくんっ!」


 僕を心配する相羽あいばさんの声が聞こえる。でもなぜか目の前は真っ暗で、彼女の姿は見えない。つむっていた目は確かに開いたはずなのに、そこにあるのは何もない真っ暗闇の空間だけ……。


 だんだん全ての音が遠ざかっていって、気も遠くなってくる。それなのに痛みや苦しみは確実に感じられている。何かが僕の体に入り込み、内部からむしばんでいるのが分かる。


「マズイぞ、送られてくるデータの量が増えた! 敵も異変を察知して、こちらのプログラム――要するに陽元ひもとくんの『心』に負荷を掛けてきている!」


「くっ……データの分析と構築が……追いつきません……っ! 陽元ひもとさんの感情が乱れている影響で、バグが多すぎます! 私の処理能力もそろそろ限界ですっ!」


「僕がデバッグを担当する! ほかのみんなも協力してくれ!」


 焦りと狼狽ろうばいに満ちたような複数人の会話が聞こえる。ただ、どの音も歪んでいて吐き気がしてくるほど気持ちが悪い。



(つづく……)

 

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