第五階層:想いをひとつに!(2)

 

 確かにこの場では唯一の大人であり、僕たちと違って社会とのしがらみも色々とあるはず。だからすんなりと同調してくれるとは限らない。


 ただ、そんな僕の不安はすぐに杞憂きゆうに終わり、千堂せんどう先生は柔らかな瞳で僕たちをゆっくりと見回してから息をつく。


「……いつの間にか僕もこのクラスの一員として、みんなの輪の中に入っていたんだなぁ。それを気付かされたよ。それにまさか僕まで心を動かされることになるとは、自分でも想定外だった」


「意味が分かんないっ! どっちなのっ? 優柔不断な男は嫌われるんだぞっ?」


 ごうを煮やしたように、クラスの男子たちから絶大な人気を誇る戸部とべさんが机を叩いて口をとがらせた。彼女のサラサラとしたセミロングの髪がその勢いでなびいている。


 すると千堂せんどう先生は右の拳と左の手のひらを叩き合わせ、腹をくくったかのように強く鼻息を吹き出す。


「もちろん、全力でみんなに協力するよ! 教師や出向元の組織をクビになるかもしれないけど、まぁ、人生なんとかなるだろうっ!」


「また意味が分かんないこと言ってるぅ。何なんですかぁ、出向元の組織って?」


「僕もみんなに対して正直に話すよ。陽元ひもとくんが勇気を出して自分の正体をみんなに明かしたのに、僕だけが隠しごとをし続けるのはフェアじゃないもんな。実は僕は陽元ひもとくんやミキさんを開発したプロジェクトのメンバーのひとりなんだ」


「えぇえええええぇーっ!?」


 まるで教室全体がひとつの大きな生物にでもなったかのような感じで、僕を含めたクラスメイトの全員が声を揃えて驚きのさけびを上げていた。それはミキさんも同じだったから、彼女にも伏せられていた情報なのだろう。


 灯台もと暗し。こんなにも近くに研究者のひとりがいたなんて、思いも寄らなかった。冷静に考えれば、合理的な話ではあるけど……。


 だってもし僕やミキさんに何かがあっても、すぐに対処に動けるもんね。千堂せんどう先生だけで解決できないことでも、そのプロジェクトへの連絡や補助の依頼を迅速に出せる。


 依然としてどよめいている僕たちを尻目に、千堂せんどう先生は話を続ける。


「ふたりの転入先として適しているクラスかどうか見極めるため、僕は一年前から教師としてここに出向していたんだ。もちろん、それはそれとしてきちんと教師としての仕事もしっかりしていたつもりだ。みんなはその僕の頑張りを分かってくれているだろ?」


「……どうかなぁ?」


「怪しいところだよね……」


「ノーコメント」


自惚うぬぼれじゃないの?」


「思い込みの激しい大人ってヤダ……」


 教室のあちこちから、千堂せんどう先生の問いかけに対する否定的な声が上がった。少なくとも僕の耳に肯定的なものは聞こえてきていない。


 一方、さすがにそうしたみんなの反応は想定外だったのか、千堂せんどう先生は涙目になって肩を落としている。


「おいおい、みんなしてそれは酷いじゃないかぁ……」


「あははっ、冗談ですよっ! 千堂せんどう先生はしっかりやってるってみんな思ってます! 本当に千堂せんどう先生はクソ真面目ですねっ!」


 雨宮あめみやくんが放ったその言葉を聞くと、教室中が明るい笑いに包まれた。穏やかな空気が流れ、一時的とはいえ重苦しさが和らいでいる。


 ――そんな軽い冗談を言い合えるような関係、それは僕たちや千堂せんどう先生を結んでいるきずなが強いということを示しているんだと思う。


 事実、笑い声が収まった直後には一転してあちこちから千堂せんどう先生を気遣きづかう言葉が続く。


「でも千堂せんどう先生は本当にクビになるかもよ? まぁ、その時はうちの町工場で雇ってもらえるよう、父ちゃんに頼んであげるから安心して」


「うちの定食屋は月に一回くらいなら無料でランチをサービスするよ」


「四十歳になるまで独身だったら、私が結婚してあげてもいいよ?」


「は? それなんて罰ゲーム?」


「ひっどーい! 罰ゲームなんかじゃないよ!」


 その後もみんなは冗談を交えつつも口々に意見を交わしている。そこに僕は温かな雰囲気と優しさを感じる。本当に良いヤツばかりだ。


 この空気の中にいられること、それがうれしいし幸せを感じる。例え僕がアンドロイドであっても、その経緯や背景がどんなものであったとしても、この世に生み出してもらえたことを神様に感謝したい。


 そんなことを考えていると、千堂せんどう先生は僕やミキさんへ視線を向けてから感慨深げな顔をする。


陽元ひもとくんがこの短期間でここまで『人間』として、そしてみんなの『友達』として優秀な成果を出してくれるなんて思わなかった。開発者の一員である僕の方もたくさん学ばせてもらった。ありがとう」


「いえ、僕はそんな……」


「大人の側の交渉は僕が担当する。力が足りないかもしれないけど、陽元ひもとくんとミキさんのが無事に終わるまで最大限に協力することを誓うよ」


「……ありがとうございますっ!」


「感謝します、千堂せんどう先生」


 僕とミキさんは深々と頭を下げた。そんな僕たちやそれを穏やかな瞳で見守る千堂せんどう先生に対して、クラスのみんなは盛大な拍手を送ってくれる。


 こうして千堂せんどう先生を含めた二年一組の全員が心をひとつにして目標へ向かうことを誓った。まだまだ困難はたくさんあるだろうけど、なんとしてでも乗り越えてみせる。


 ただ、そんな意気揚々としたいた矢先、それを邪魔するような事態が巻き起こる。


 なんと不意に僕たちの教室に黒服を着た数人があわてた様子で駆け込んできたのだ。いずれもこの学校の教師ではないし、全く見覚えがないから用務員さんや職員さんでもないと思う。



(つづく……)

 

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