第二階層:AIの流す涙(1)

 

 それから数日後、ミキさんを通じて情報処理の授業をすることになった。


 インターネットを通じて色々なテーマに関する調査をしつつ、状況によっては彼女に助言を求めるという形になっている。


 もちろん、普段の学校生活ではひとりのクラスメイトとして一緒に授業を受けているし、みんながお互いにコミュニケーションをしてきているから、普段の会話の延長線上のような感じもするけどね。


 そして授業が進み、クラスの中で成績上位の物井ものいくんが質問をミキさんに投げかける。


「ミキさんはAI――つまり人工知能であり、プログラムされた存在ということですよね?」


「はい、おっしゃる通りです。そして『AIは人間の友達になり得るのか?』ということを研究する目的で生み出されました」


「では、人間って何なんですか? 僕たちは人間であって、ミキさんはAIです。それならその違いは何なのかが気になったんです」


 物井ものいくんは眉を曇らせながら首をかしげた。ズレた丸い眼鏡を直しつつ、刈り上げた後頭部を手でいている。


 思わずうなってしまうほどに、それは鋭い視点だと僕も思った。千堂せんどう先生も感心した様子でうなずいているし、クラスメイトの何人かも目を丸くしている。もちろん、難しい問題だからキョトンとしている人の方が多いけどね。



 人間とAIの違いか……。



 彼の指し示す『AI』という言葉には、おそらく『機械』という意味合いも含まれているんだろうな。でもそれって前提条件というか、どう定義するかで答えは変わってくると思う。


 ――と、僕が考えていると、ミキさんは神妙な面持ちで回答をする。


物井ものいさんの質問は非常に興味深いと考えます。おそらくその答えは定義によって異なってくるでしょう。生物学的な視点で言えば、人間とは『ヒト』あるいは『ホモ・サピエンス』という動物ということになります。それはご理解いただけますよね?」


「はい、それはもちろん」


「ただ、生物学的に『ヒト』であっても、凶悪な犯罪など非人道的な言動をとれば『あいつは人間ではない』といったように非難されることがあります。つまり概念的な意味合いとしての『人間』は、他者に対して理性的な言動を取れる者を差すなど、もっと幅広いと思われます」


「なるほど……」


 納得したような顔で、物井ものいくんはノートに何かを書き込んでいた。


 そんな彼やミキさんを見て、今度は窓側の席に座っている春山はるやまさんが遠慮がちに手を挙げて口を開く。


「あのぉ、ちょっと気になったことがあるんですけどぉ……」


春山はるやまさん、どうかしましたか?」


「非人道的な言動という話ですけど、自然界の動物においては生存競争や種の保存のため、他者を攻撃したり排除したりするのは珍しいことではないですよね? なぜ私たち『人間』の間では非難されるのでしょうか? もしかしたら、そこが『人間』と『それ以外の動物』を区別する指標なのではないかと、ふと思ったんです」


 春山はるやまさんの指摘にも、僕は感心した。彼女のとらえ方も一理あると思ったから。


 物井ものいくんにしても春山はるやまさんにしても、それぞれ独自の考え方や視点を持っていて素晴らしい。


 もしかしたら、偶然か必然かそうした好奇心や探求心を強く持った生徒が集まっているからこそ、ミキさんのデータ収集や試験運用先としてこのクラスが選ばれたのかもしれない。


 果たしてミキさんは彼女の問いにどう答えるのか、僕は興味深く見守る。


「多くの人間は生きていくため、家畜や穀物を育てたり採取したりして、直接的でないにせよその命を奪ってそれを食べます。そういう意味では他の動物とやっていることは変わりません。でもそれが非難されることが少ないのは『人間の社会』で定められたを守っているからです」


「ルールとは法律のことですか?」


「法律もそのひとつですが、マナーや道徳というものも含まれるでしょう。そして自然界の動物においても実はルールが存在します。それは本能いわゆる遺伝子に刻まれたものです」


「あっ! 弱肉強食とか群れでの序列みたいなものがありますもんね!」


「その通りです。ただ、人間の場合、本能に刻まれたものよりも長い歴史の中で積み重ねられてきた知識や経験、倫理観といった様々な要素によって、後天的に定められたルールの割合が大きいです」


 ミキさんの答えは的を射ていると思った。


 確かにもし本能の方が強かったら、人間の社会は混沌として成り立っていないだろう。そして本能を自制し、他者を気遣きづかう社会性な行動こそ『人間的』と呼ばれるわけで……。



(つづく……)

 

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