1章

始まりってやつ

「なあ坊主、怪人になってみねぇか?」


 目の前の大男は、意味のわからないふざけた事を僕に言ってきた。





———


 夏休みが明けてから、すでに一週間が経つ。


 担任が必要事項を言い終わり、児童達が早く帰りたいとうずうずしていた。

 

 挨拶が終わっていないにも関わらず、鞄を机に置き、何人かの体が出口の方へ向いている。

 

「今日の帰りの会は終わり。今日の日直、挨拶をお願いします」


「「起立! 気をつけ! 礼!」」


『さようなら!』


「はい、さようなら。気をつけて帰れよー」


 日直の男女がハキハキとした声で帰りの挨拶をした。彼らは夏服を着こなし、ピシッとした姿勢で声を出す。


 それに対し、教師は気の抜けた声で返した。


 教室にいるクラスの小学生達は、次々と廊下へ飛び出していく。

他のクラスも帰りの会が終わったのか、遅れて児童達が外に出る。


 そうなると、廊下では奇声を発する騒がしい子や、その声に負けないように大きい声で喋る児童で溢れかえる。



 耳をつんざくような高い声に、僕は毎日うんざりしている。


 既に小学五年生だと言うのに、落ち着きがないのはまだ子どもだからだろうか。


 ほとんどの児童が学校という檻から抜け出せるからだろうと思っている。


 そこから出れば一時的に自由が手に入るから騒ぎたい気持ちもわからないでもない。


 根暗な僕は、帰りの会が終わったのにも関わらず、自分の席に再び座り直している。


 混んでいる中、わざわざ無理をして早く帰るつもりがないからだ。


 僕の席は窓際の後ろ。下を向き、いつもみんながいなくなるのを待ってから帰る。


 寝癖で少しボサついた黒い髪が、自分の両目をほぼ隠していた。

別にわざと伸ばしているわけではないのだが、はたから見れば暗い印象になっているとわかるだろう。



 数十分ほどが経っただろうか。喧騒けんそうが無くなり、廊下から女子数人の声が聞こえるくらいだ。


 顔を上げて回りを見ると、教室には自分しかいなく、いつの間にか担任も教室を出ている。


「……さようなら」


 返されることのない挨拶を、ボソッと誰にも聞こえない声で小さく呟く。


 鞄を背負い、席から立って学校から出ようと、教室を出て階段を降りていく。

一段一段をゆっくりと踏みながら、僕は下の階に向かった。

 

 人がほとんど帰ったためか、その音は良く響く。すると、下から階段を登る足音が聞こえてきた。


 既に下校時間のはずなのに上がってくるなんて、誰か忘れ物でもしたのか?


 僕は疑問を抱き、階段の途中で足を止めて、その人物が誰かを確かめようとした。


 すると、階段の影から同じ制服を着た、金色セミロングの少女が見える。


「こんにちは」


 彼女が僕を視認すると、軽く会釈をして挨拶をしてきた。


「こ、こんちは」


 それに対し、僕はぎこちなく返事をする。

 数秒固まってしまったが、一階に降りようと、再び足を動かした。


 僕が階段を降りていく中、彼女は立ち止まって此方を見つめてくる。

 その視線から逃れようと、足早に彼女の後ろを通ろうとした。


「ちょっとあなた、待ちなさい」


 後ろに回り込んだ体を、僕の肩に触れて行く手をはばんでくる。


「な、なに」


 突然の事に驚き、できるだけ見ないようにしていた相手の顔を見てしまった。


 黄金色に輝くキリッとした宝石のような綺麗な瞳。

遠くから見えた金色の髪は、緩めのウェーブがかかり、手入れが行き届いていて、枝毛が全くない。


一目で、恵まれた環境で過ごして来たとわかる。


 外国の人かと思ったが、言葉が流暢だし、顔もどことなくこの国の顔立ちにも見えるから、どちらなのか判断がつかない。


 あまり上手いことは言えないが、とにかく彼女は世間一般からして、美少女と判断していい容姿だ。

 

 僕は無意識の内に自分の外見と比べてしまい、勝手に自己嫌悪に陥る。


 だから他人の顔なんて見たくないんだ。それに、直せばいいとかそんな正論も聞きたくない。


 それにしても、なぜ彼女は僕を引き留めたのだろうか。


「もう少し背筋を伸ばして歩いた方が良いのでは?

その髪型も相まって、はたから見て暗い印象を相手に与えてしまうわよ?」


 彼女から発せられた言葉は、僕が他人に言われたくない言葉ベスト3くらいに入るセリフだ。

 

「なっ! うるさい!」


 初対面という事とあまりの正論に、肩の手を振り解き、一気に残りの階段を駆け降りた。


「あっ、ちょっと!」


 後ろから声が聞こえたが、追ってくる様子はなく、そのまま勢いを殺さずに下駄箱から靴を取り出した。


 途中で肩をぶつけてしまったが、痛みを無視して素早く履き替え、走って玄関から外に出る。


 校門を抜けて、自分の家には帰らずに、いつも通り学校のに向かった。


 

「はぁ……! はぁ……!」


 僕は大した運動能力もないくせに、先ほど言われたことを忘れようと、道なりの山を駆け上る。


 だが、体力が続かずにすぐバテて、歩きと変わらない速さまで落ちてしまう。


 結局忘れることができずに、ただ単に体力を無駄に減らしただけになってしまった。


まだ暑い日が続いて、制服に汗が張り付いてとても不快だ。


 学校の浄水器の水が入った水筒を取り出し、喉を鳴らしながら水分を補給する。


「ごほっ! ごほ! ……ングッ」


 勢いよく飲んだからか、軽く咽せてしまう。軽く口周りを拭いて、また喉を潤す。


 目的地までもうあるため、嫌な気分になりながらも、普段のペースで歩きながら進む。


「つい、た!」


 僕は目の前の神社にようやく辿り着き、鳥居をくぐる。

境内の中に入り、本殿の前にある階段に腰掛けた。


「はぁ……疲れた……」


 神社と表現したが、正確には神社のような場所だ。

理由は、そもそも鳥居が黒紫くろむらさき色をしていたり、形が刺々とげとげしいから。


 本殿に賽銭するような場所もないし、あるとしたら大人が両手で持てそうな、四角い木箱がポツンと置いてあるだけだ。


 この場所には、小一の頃から通っている。不気味な場所ではあるが、そのおかげか人がいたところを見たことがない。


 そのため、いつも遅い時間まで時間を潰していた。

 明かりがついているので、気づかないうちに暗くなってしまうことが偶にある。


 それにしても、さっきのあの女は何なんだよ!初対面なのにいきなり人が気にしてる事を言って来やがって! 今思い出してもムカつく!


 僕はイライラが収まらず、立ち上がって木箱に蹴りを入れた。


 「ッッッ痛った!!!」


 ガツンという大きい音がしたが、固定されていたのか、自分の足を痛めて悶えることになった。


「おい坊主、いくら何でも物に当たるのは良くねぇぞ」


 後ろから朗らかな声がして、僕の肩が跳ねる。


「だれ!」


 四年間ずっと、此処に人が来たことがなかったのに。

痛む足を抑えながら驚いて声が掛けられたほうへ顔を向ける。


 鳥居の下にいる男は、二メートル程の身長だろうか。

顔には何故かモヤがかかってどんな表情をしているのかわからない。全身が黒く、一瞬でヤバいやつだと感じた。


 その男はゆっくりと此方に近づいて来る。僕は足の痛みと、男に対しての恐怖で動く事ができないでいる。


 どうすれば良いか考えている内に、その男はついに目の前まで来てしまった。


「な、なな、なんか用ですか」


 全身が震え、先程まで暑かった身体が嘘のように冷たいと感じる。

怯えているにも関わらず、よく声が出せたものだと自分を褒め称えたい。


「あー、そうだな。用っていうか、何ていうか」

 

 頭を掻きながら、何を言おうかと言い淀んでいる様子だ。数十秒だろうか、男は意を決したようで僕に言ってきた。


「なあ坊主、怪人になってみねえか?」


「……は?」

 

 

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