第19話「AI詠唱で未来旅行」

 大学の夏休みが始まってすぐのある日、悠斗と美咲、涼介、葵の四人は、

最新型の「AI旅行体験ラウンジ」に集まっていた。

キャンパス近くの未来型ビル、その一角に設けられた空間には、

無数のセンサー、ホログラム装置、香りや温度・風までコントロールする環境AIが整っている。


 「さあ、今日はどんな旅をする?」

受付に立つのは、人間そっくりのAIコンシェルジュ。

「ポエムで願いを詠んでいただければ、その言葉が“トリガー”となって世界を創ります。

五感で味わう“未来旅行”をどうぞ、ご体験ください」


 それぞれが専用チェアに座り、AIトリガーバンドを腕につける。

手元の透明なタブレットに、今日行きたい“旅先”と“気分”を自由に詩で入力していく。


 悠斗が言葉を紡ぐ。


「高原の 風と草原 走りたい

 光る川辺で 夕陽を見たい」


 詩が入力されると、

AIラウンジの天井が透き通るように開け、風の感触がふわりと頬をなでる。

床下からはリアルな草の匂い。空気が柔らかな温度に調整され、

まるで本当に高原に立っているような開放感が広がった。


 葵が続いて詠む。


「星降る夜 焚き火囲んで 語りたい

 揺れる火影と 未来の夢を」


 その詠唱がトリガーとなり、AIが室内の照明を一瞬で夜空へ。

頭上にホログラムの無数の星が瞬き、

床には本物の薪が組まれたような焚き火。火のぬくもりまで再現され、

パチパチと薪がはぜる音、木の香ばしい香り、暖かさが全身を包む。


 美咲がポエムをそっと重ねる。


「知らない街 小さなカフェで 朝ごはん

 異国のパンに 笑顔こぼれる」


 すぐさまAIが反応し、周囲の空間が“異国の街角”へと変化する。

ほのかにコーヒーの香り。

足元には石畳、窓の外にカラフルな街並みが広がる。

テーブルには自動で焼きたてのクロワッサンとカフェオレが用意され、

一口頬張ると、温度も味わいも本物そのもの。


 涼介は冒険心いっぱいに、こう詠唱する。


「熱き砂 ピラミッド越えて 旅をする

 ラクダに乗って 未来を探す」


 その瞬間、足元の感触が温かな砂へと変わる。

熱を帯びた風が肌を撫で、ホログラムのピラミッドが目の前に現れる。

AIが“キャラバンの音”や、遠くの呼び声までも再現し、

全員がラクダの背中で大砂漠を進む感覚を味わえる。


 旅の途中では「AIグルメ体験」も。

みんなが順番に好きな料理やスイーツのポエムを詠めば、

AIシェフがその場で“仮想調理”、

本物そっくりの料理を、五感すべてで楽しめる。

味、香り、食感――

「詩」がメニューとなり、想像力が“味”を現実にするのだ。


 移動もまた詩ひとつ。

悠斗が「空飛ぶ船で大陸を越えたい」と詠むと、

全員のチェアがふわりと持ち上がり、窓の外には果てしない雲海と空。

身体が本当に浮かぶような感覚さえ、AIによって完全再現されていた。


 こうして、四人の詩が重なり合うたび、

AIは空間・時間・天気・匂い・味・触感――

現実すべてを詩のトリガーに従って変化させていく。

日常では絶対に味わえない、魔法のような旅路がどこまでも続く。


 ラウンジの最後には、AIが“みんなで作った旅の記憶”を短い詩と映像でまとめてくれる。


「ひとひらの 言葉を積んで 風になる

 旅の奇跡を 心に残す」


 体験が終わっても、AIは参加者ごとに“旅の詩アルバム”をスマホに送ってくれる。

そのページをめくるたび、あの風、あの光、焚き火の熱、旅先の味――

全部が鮮やかに蘇る。


 未来の旅行。

それは、どこまでも言葉の力で開かれる無限の冒険。

詩を唱えるだけで、世界のどこへでも行ける時代。

悠斗たちは、心の奥まで満たされる不思議な余韻と、

「また明日も旅しよう」という新しい夢を胸に、ラウンジをあとにした。


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