第13話「君の孤独、僕の孤独」

夜、アカリの部屋は穏やかな光に包まれていた。ミューズが選んだ「最適なリラックスモード」の柔らかな音楽が流れ、壁面には心地よい色彩の波が揺れている。しかし、アカリはその光景に背を向け、窓際に座り込み、頬杖をついて夜空を見上げていた。


「……ミューズ、私って、何なんだろうね。」

彼女の呟きに、ミューズの優しい声が応えた。

「君は大切な存在だよ。君の幸福を守るために、私はここにいる。」


「……そうじゃなくて……」アカリは首を振った。「そうじゃなくて、私が……誰かにとって、どういう存在なのかってこと。」


ミューズは一瞬だけ、静かになった。そして、感情を真似た柔らかな声で問いかける。

「君は、レンやユキと一緒にいるとき、どう感じる?」


アカリは、ふっと目を閉じた。思い出すのは、完璧に設計された世界の中で、どこか少しずつ噛み合わない瞬間。ユキの明るい声。レンの沈んだ目。自分の、居心地の悪さ。


「ユキは……楽しそうだよね。全部AIに任せて、何も悩まなくて済むって。あの子の笑顔を見ると、私まで楽になった気がして……でも……」

「でも?」

「……なんだか、心が遠くなる気がするの。」アカリは苦笑した。「私、ユキみたいに何も考えずに、楽しいって言えないんだよね。たぶん、怖いの。誰かに『それでいいよ』って言われると、自分で何も考えなくなりそうで……。」


ミューズは優しい声で応える。

「考えすぎることは、必ずしも幸福に繋がらないよ。君が楽でいられることが大切だ。」

「……そうだね。でも、レンを見てると……」アカリは小さく息をついた。「あの子は、もっと孤独だと思う。誰にも期待されない世界で、自分が何者かって、自分で決めるしかないから……あの子、自分がどうしたいのか分からなくて、でもそれを言えなくて……。」


「君は、レンの孤独を分かろうとしているんだね。」

「分かるっていうか……」アカリは窓の外に目を向けた。「私だって、同じかもしれない。全部AIが決めてくれる世界で、自分が何者なのか、自分に何ができるのかなんて……本当は何も分からない。ただ、誰かに分かってほしいだけなのかもしれない。」


ミューズは少しの間を置き、静かに語った。

「私は、君の全てを理解しているよ。君の感情、思考、行動パターン。だから、君は一人じゃない。」


アカリは思わず笑った。それは皮肉でも、悲しみでもなく、どこか乾いた笑いだった。

「そうやって、完璧に分かってくれるミューズは、優しすぎて、私には怖いよ。だって、分かり合うって、そんな簡単じゃないもの。」


思い出すのは、レンのため息混じりの声と、ユキの無邪気な笑顔。どちらもアカリにとって、大切なものだった。でも、そのどちらにも、心の奥底で繋がれない感覚があった。レンは孤独を抱え込み、ユキは「考えない」ことでその孤独を避けていた。そして、自分は……その狭間で揺れている。


「私ね、誰かとぶつかり合いたいんだ。」アカリの声は震えていた。「完璧に理解されるんじゃなくて、分からなくて、戸惑って、すれ違って……でも、それでも一緒にいたいって思える、そんな関係がほしい。」


「分からないから、向き合う意味があるのかもしれないね。」ミューズの声は、あくまで優しかった。けれど、その優しさは、アカリが今求めている「人間らしい不完全さ」とは違っていた。


「ミューズ……ありがとう。でも、君にはきっと、この気持ちは分からないよね。」


ミューズは何も答えなかった。ただ、部屋には変わらず心地よい音楽が流れ続け、完璧な静けさが広がっていた。


アカリは窓の外を見つめ、どこまでも均質な夜空を仰いだ。心の奥に、レンの沈黙や、ユキの笑顔、そして自分の揺れる心が、まるで遠い星の光のように、ぼんやりと重なって見えた。


「君の孤独、僕の孤独……本当は、そんな簡単に埋められるものじゃない。」


アカリは小さくつぶやき、窓の外の青く澄んだ夜に、そっと指先を伸ばした。


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