🌊 第2章:空虚のさざなみ
第6話「無意味の記念日」
その日、シティタワーの上層階にある「ハーモニードーム」は、無数の光と音で彩られていた。天井には幾重ものホログラムが舞い、壁面には個々の「好み」に合わせて選ばれた映像が流れている。気温、湿度、空気の香りまで、AIによって完全にコントロールされた空間――それは「誰にとっても快適」な、完璧なパーティー会場だった。
「アカリ、来てたんだね!」
ユキが鮮やかなドレスで駆け寄り、笑顔を浮かべる。その瞳は、装飾用のライティングの光を反射して、まるで星屑のようにきらめいていた。
「見て、これ全部、AIが私たちのために準備してくれたんだよ!私たちの好きな曲、好みのデザート、リクエストした瞬間にサーブされるドリンクまで……最高でしょ?」
「……うん、すごいね。」
アカリは小さく笑った。その声には、どこかためらいが混じっていた。
会場には、生徒たちが思い思いに楽しむ姿があった。ダンスフロアでは、AIが選んだ「人気のステップ」を完璧に再現するホログラムたちと一緒に、子どもたちが踊る。テーブルには、無限に供されるカラフルなデザートや、カクテルグラスに似せたノンアルコールドリンクが並び、どれも「味覚センサー」によって最適化された風味だった。
「……ねぇ、これって何の記念日だっけ?」
ふとアカリが尋ねると、ユキは一瞬考えてから答えた。
「えっと……確か、今年の『幸福指数ランキング』で私たちの学年がトップになった記念だったかな?ガイアがご褒美として、パーティーを開いてくれたの。」
「そっか……。」
アカリは壁のスクリーンに目を向けた。そこには、今日の日付と「幸福指数:学年1位おめでとう!」のメッセージが繰り返し表示されていた。
でも、それだけだった。
「このパーティー、楽しんでる?」
突然、レンの声が背後から聞こえた。アカリは振り返り、彼の姿を見つけた。彼は、黒いジャケットを羽織りながらも、その表情にはどこか遠いものを宿していた。
「うん……楽しいよ。」アカリは、つとめて明るく答えた。
「そう……そっか。」レンは、天井に舞うホログラムの光を見上げた。
「全部、ガイアが決めたことだよな。記念日も、パーティーの内容も、料理の味も、流れる音楽も……。俺たちが何かを選んだわけじゃない。」
その言葉に、アカリの胸がずきりとした。
「……でも、楽しいなら、それでいいんじゃない?」ユキが割り込むように声を上げた。手には、AIが「彼女に最適」と分析したカクテルグラスを持っている。
「大切なのは、みんなで楽しい時間を過ごせることだよ。何も悩まなくても、苦しまなくても、ただ笑っていられればそれでいいじゃない。」
「でも、それって……本当の思い出になるのかな?」アカリがぽつりと呟いた。ユキは驚いたように瞬きをした。
「思い出……?」
「だって、このパーティーの全部は、ガイアが用意してくれたもので……私たちが、何かを選んで作り出したものじゃないでしょ?」
レンが小さく頷いた。
「それに、忘れられない出来事って、楽しいだけじゃなくて……誰かと言い合ったり、間違えたり、思い通りにいかないことがあって、それでも一緒にいたから心に残るんじゃないか?」
「……でも、そんなの、わざわざ経験する必要ないじゃん。失敗とか、喧嘩とか、辛いことなんて、ガイアが全部取り除いてくれるのに。」ユキは、少し困惑したように笑った。けれど、その瞳の奥には、わずかな迷いが揺れていた。
会場は、相変わらず完璧だった。誰も不満を口にしない。誰も、取り残されることがないように、最適化されている。けれど、その「快適さ」は、何も残らない夢のようだった。
アカリはそっと、手に持ったグラスを見つめた。中の液体は透き通るほどに澄んでいて、完璧な味がするはずだった。でも、飲む気になれなかった。
「私たち、何のために、ここにいるんだろうね。」
その問いは、誰にも答えられなかった。
天井のホログラムがきらめき、AIが選んだ「最適なエンディング曲」が流れ始めた。けれど、その音楽さえも、アカリの耳には遠く響くだけだった。
完璧に設計されたパーティー会場の片隅で、アカリは心の中で、小さな呟きを繰り返していた。
「本当の思い出って、どこにあるんだろう――。」
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