第22話「封印の意図」

 静寂の室内に、再び淡い青光が差した。

 クロエは壁の前に立ち、瞼を閉じる。視覚の奥に、情報が層を成して流れ込んでくる。


 《分解視(Logic Dismantle)》――


 それは、目に見えるものを論理的構造へと還元する異能。

 物体は素材、接合点、劣化の度合い、密度、振動、そして“意図”さえも含めて、解析対象となる。


 彼女の視界には、今や201号室全体が情報の束として浮かび上がっていた。

「……やっぱりおかしいわね」

 クロエは眉をひそめ、壁の断面を凝視する。

「この壁、他の部屋とは層の数が違う。“もう一枚”ある」

「もう一枚?」

 明が隣から訊ねた。

「通常の構造なら、防音材と断熱材、それから石膏ボードで済むはず。

 でも201号室のこの壁だけ、内部に“余計な層”が存在してる。

 防音でも、耐震でもない。意味がないのよ、普通なら」

 明はしばらく黙っていたが、やがて静かに頷く。

「……意味がないなら、何のために入れた」

「“意味がない”わけじゃない。“別の目的がある”ってこと」

 クロエの声は、どこか苛立ちを孕んでいた。

「最初から“密室”として機能するように、この壁は作られてたの。

 建築構造を偽装して、誰かを閉じ込めるための部屋を……意図的に」

 明の目が細められる。かすかに眉が動き、思考の底で何かが結びついたようだった。

「構造をごまかして、殺すための密室を作った……」

「そう」


 クロエは立ち位置を変え、部屋の中心に立った。


 《分解視》はまだ続いている。

 床、天井、壁……すべてが情報として流れてくる。


「しかもこの部屋、リフォーム履歴も不自然なの。

 他の部屋にはない“構造図の書き直し”の記録がある。なのに、それが申請されていない」

「無許可工事……?」

「工事そのものは届け出されてる。でも“部屋を塞ぐ”なんてどこにも書いてない。

 たぶん、合法に見せかけるためだけのリフォームだったのよ」

 クロエの語気が強くなった。

「つまりこれは、“建築に見せかけた偽装”よ。

 ……密室という凶器を、あらかじめ用意していたってこと」


 明は、その言葉を黙って受け止めていた。


 壁の中から聞こえた美咲の声――助けを呼び続けた、あの声。

 それは偶然できた空間に響いたものではない。


 意図された空間。

 封じるために、作られた空間。


「この部屋を設計したのは……誰だ?」

 明が呟いた。

 クロエは、端末を取り出して資料を確認する。

「201号室の施工担当者、名義上は“岸本浩之”。

 でも、他の部屋では見ない名前。しかも、これも記録が曖昧」


 「岸本……」

 その名前に、明はわずかに目を細めた。


 ――確かに記録されている。でも、記録の中に“存在しない”。


「設計したのは、“この部屋を使って人を消す”と考えた人間」

 クロエの声が、淡々と続く。

「普通、こんな部屋作らない。誰にも見られず、誰にも聞かれず、誰にも思い出されない――

 そんな部屋、必要ないでしょ?でも、これを“設計”した人間がいた」

「殺すための部屋……か」

「ええ。この部屋には、“設計思想”がある。殺意が、設計図に乗ってた」


 沈黙が降りた。


 そして、クロエが静かに付け加える。

「声は、消せなかった。でも、部屋なら消せると思ったんでしょうね」

 明は、小さく頷いた。

「声は、残っていた。部屋の中に、ずっと」


 彼らは同時に視線を交わし、そして再び端末に向き直る。

「次は……この部屋を“作れた人物”を洗い出す番ね」

「設計、施工、動機。すべてを持っていた人間だ」


 密室は語っていた。

 声の残響として。

 構造の異常として。


 そして今――設計という名の“意図”として、彼らの前に立ちはだかっていた。

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