第15話 ミスリルの贈り物と波紋

【第15話 ミスリルの贈り物と波紋】


 朝早く、スマホの着信音で目が覚めた。橘さんからだ。画面の時計は朝の5時半。何か重要なことが起きたらしい。

「はい」

『すぐ来い。面白いことになった』

 電話が切れた。慌てて支度を整える。


***


 翌朝、衆議院。野党議員が怒鳴っていた。

「未成年が戦略物資を海外にばら撒くなど前代未聞だ!」

 橘さんが冷静に答える。

「個人による合法的贈与であり、輸出管理法にも抵触しません」

「しかし!外交問題に発展したらどうする!」

「その心配はありません。むしろ友好国との関係は強化されています」

 昨夜の『トリプル安』以降、野党の勢いも弱まっていた。みんな経済への神の介入を恐れている。不当な圧力は、もう通用しない。


***


 官邸の会議室。橘さんが机の上に封筒を二つ並べて待っていた。英国大使館と豪州大使館の紋章が金色に輝いている。朝日が紋章を照らして、まるで宝石みたいにキラキラしている。

「これは?」

「読んでみろ」

 封筒を開ける。上質な紙の手触り。インクの匂いが鼻をくすぐる。流麗な筆記体の感謝状だった。

 ――貴殿より賜りましたミスリル・インゴット、我が国科学庁にて厳重に保管のうえ共同研究に活用いたします。

 

 そう、数日前のことだった。


 『みんなで世界を良くしようよ!』

 理沙の提案から始まった。部室で全員が賛成して、ミスリル・インゴット各1kgを英国と豪州に贈ることにしたのだ。

 

 橘さんの眉間に深いしわが刻まれた。でも、目は笑っている。

「説明してもらおうか」

「個人の好意です。贈与税も払います」

「それで済むと?」

「条約にも抵触しません」

 橘さんの指がスマホを素早く操作する。カタカタと音が響く。

「必要な許可は全部通した」

「え?」

「もう通しておいた」

 速すぎる。まるで予想していたかのようだ。

「知ってたんですか」

「……まあな」

 橘さんが少し照れたように咳払いをする。

 

 タブレットを見せられる。画面には大きな見出し。

『米政府、ミスリル供与に沈黙』

『速報:米IT財閥、議会工作を開始か』

「アメリカが黙っていない」

「でしょうね」

「なぜ米中露を除外した?」

「彼らは俺の惑星を狙ってるから」

 橘さんの目が鋭くなった。でも、すぐに表情が緩む。

「17歳にしては大胆だな」

「部員みんなで決めたことです」

「いい仲間を持ったな」

 橘さんの言葉が温かい。


***


 その日の昼、部室に集まった仲間たちに状況を説明した。窓から差し込む光が、みんなの顔を明るく照らしている。

「えー!俺たちが贈ったミスリルがそんな大事になってるっスか!?」

 神崎が目を丸くした。口をあんぐりと開けている。

「でも、友好国との関係が深まるなら良いことよね!」

 理沙が両手を合わせて喜んでいる。

「データ的には正しい判断です。英豪との技術協力は日本にもメリットがあります」

 田中先輩がタブレットで何かを計算している。指が素早く動く。

「国際貢献になるんですね」

 美月が優しく微笑んだ。

「それより、今日のおやつ何にする?お祝いのケーキとか!」

 あかりがいつも通り前向きだ。

「おい、もっと深刻に考えろよ!」

 神崎がツッコミを入れる。

「でも、悠斗が決めたんでしょ?なら私たちは応援するだけよ」

 理沙がきっぱりと言い切る。

「そうそう!惑星開拓部は一蓮托生!」

 川崎がカメラを構えながら言う。

「この歴史的瞬間も記録しなきゃ!」

 

 みんなの温かい言葉に胸が熱くなった。目頭も熱い。こういう仲間がいるから、どんな困難も乗り越えられる。


***


 夕方、桐陽学園のメディア室。テレビカメラの前に立つ。ライトがまぶしい。緊張で手のひらが汗ばむ。

「声明を発表します」

 深呼吸。肺いっぱいに空気を吸い込む。ゆっくりと話し始めた。

「ミスリル・インゴットを英国・豪州へ友好のしるしとして贈呈しました」

 カメラのシャッター音がパシャパシャと響く。

「これは惑星開拓部全員の意思です。世界をもっと良くしたいという、純粋な気持ちからです」

 記者たちがざわめき始めた。ペンを走らせる音。

「国際協調を大切にし、平和的な技術発展を願っています」

 

 言い終わった瞬間、質問が飛んできた。

「なぜ米国を除外したのか!」

「それは……」

 

 その時だった。窓の外が突然明るくなった。純白の光の柱が校庭に降り注ぐ。まるで天から階段が降りてきたみたい。

『勇気ある若き開拓者よ』

 女神の声が頭の中に優しく響いた。温かいお風呂に浸かっているような感覚。

『汝の正義を認めよう。欲深き者たちには――』

 

 次の瞬間、記者たちのスマホが一斉に鳴り始めた。

『速報:米中露トリプル安 通貨・株式・国債が同時暴落』

 三カ国の金融市場が同時に崩壊していく。

 記者たちが騒然となった。

「これは君がやったのか!」

「いいえ。でも、神は経済の摂理も司るということです」

 正義が認められた瞬間だった。


***


 翌日の放課後、アルカディア。部員たちと一緒に丘の上にいた。赤い大地に夕陽が美しい。

「あ、リムだ!」

 理沙が指差す先に、銀色の生物たちがいた。今日は7体も来ている。子供のリムも3体いる。

 

 ポケットから絵カードを取り出す。今日は新しいカードも作ってきた。"ありがとう"の文字と握手の絵。

『ありがとう……?なに……?』

 頭の中に可愛い声が響く。子供のリムだろう。

「感謝の気持ちだよ。友達になってくれて、ありがとう」

『ともだち……うれしい……』

 

 リムの一体が、今日は3メートルまで近づいてきた。銀色の毛並みが風に揺れる。近くで見ると、本当に美しい。虹色にきらめいている。

 

「おーい、リムー!」

 神崎が大きく手を振る。

「これ見て!」

 神崎が地面に絵を描き始めた。棒人間とリムが手をつないでいる絵。

『て……つなぐ……?』

「そう!いつか一緒に遊ぼうぜ!」

 

 美月がノートにせっせと記録を取っている。

「リムの言語理解能力、確実に向上してますね」

「すごいよね」

 川崎がカメラで撮影している。

「この映像、歴史的資料になるよ」

 

「ねぇ、リムにクッキー食べさせてもいいかな?」

 あかりが手作りクッキーの入った缶を持ち上げる。

「砂糖は大丈夫かな?」

「少しずつ試してみよう」

 

 クッキーを一枚、地面に置く。甘い香りが風に乗って漂う。

 子供のリムが恐る恐る近づいてきた。鼻をひくひくさせている。

 そして――

 パクッ。

 一口で食べた。

『あまい!おいしい!もっと!』

 興奮した念話が響く。

「やったー!気に入ってくれた!」

 あかりが飛び跳ねて喜ぶ。

 

 田中先輩が優しく微笑む。

「これも立派な文化交流ですね」

「経済効果も期待できます」

「先輩、そこは計算しなくていいから!」

 みんなで笑った。笑い声が赤い大地に響く。


***


 夕陽が地平線に沈んでいく。空がオレンジから紫へと変わっていく。アルカディアの二つの月が昇り始めた。

「今日も楽しかったね」

 理沙が満足そうに伸びをする。

「ミスリルの件も、きっとうまくいくよ」

「ああ、みんながいるから大丈夫だ」

 

 リムたちも丘の上で、こちらを見ている。夕陽に照らされた銀色の体が、神秘的に輝いている。

『また……あした……』

 小さな念話が聞こえた。

「うん、また明日!」

 みんなで手を振る。

 

 政治の世界では複雑な駆け引きが続いているかもしれない。でも、ここアルカディアでは、純粋な友情が育まれている。

 

「さあ、そろそろ基地に戻ろうか」

「今日の夕飯は特製カレーだよ!」

 あかりの言葉にみんなが歓声を上げた。

「やった!アルカディアカレー!」

「今日は甘口も作ったから、リムにも分けてあげられるよ」

「マジで!?やるじゃん!」

 

 みんなでわいわいと話しながら基地へ向かう。足取りは軽い。

 

 俺たちが選んだ道は、きっと正しい。

 仲間がいる限り、どんな困難も乗り越えられる。

 ミスリルは、世界を繋ぐ架け橋になる。

 

 そう信じて、俺たちは前に進んでいく。

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