第13話 ミスリル契約とクリーン魔法
チャイムが鳴り終わると同時に、窓の外から低いエンジン音が響いてきた。黒塗りの政府車両が校門前に滑り込んでくる。タイヤが砂利を踏む音が教室まで聞こえた。
「おい、また来たぞ!」
神崎が窓に張り付いた。鼻の頭がガラスにべちゃっとついている。
「今度は何だろうな」
廊下がざわめき始める。スマホを構える生徒が増えていく。
「上月先輩のお迎えじゃない?」
「マジで?VIP待遇じゃん」
パシャパシャとシャッター音が連続する。車の窓がスーッと下がり、橘さんの顔が見えた。いつもの真面目な表情。
「上月君、内閣府へ。なるべく早く」
「分かりました」
タブレットを掴んで車に乗り込む。革シートの匂いと、微かなコーヒーの香り。橘さんの表情はいつも通り冷静だが、手元の書類がやけに分厚い。付箋がたくさん貼ってある。
「急ぎの用件ですか」
「ミスリルの活用結果が出た」
橘さんが書類をめくる。紙の擦れる音。
「半導体の金属導電に組み込むと、従来比十倍の演算処理能力が確認された」
「十倍!?」
「そうだ。革命的だ」
十倍。これはもう単純な鉱物の話じゃない。スマホが10倍速くなる。AIが10倍賢くなる。産業構造が根本から変わるレベルだ。
「本格量産となると、年間どれくらい必要ですか?」
「まずは十キロ単位で。将来的には年間百キロ程度」
「百キロ……」
想像以上の規模だ。
「供給体制が課題だ」
十キロなら在庫で何とかなる。でも継続的な供給となると話は別だ。責任の重さが肩にのしかかる。
***
内閣府の会議室。エアコンの効いた部屋に、技術担当たちがテーブルを囲んでいる。みんな真剣な表情だ。コーヒーの香りが漂い、資料をめくる音が響く。
「上月君」
橘さんが単刀直入に切り出した。
「年十キロのミスリルを、何年間供給できるか」
ポケットからメモ用紙を取り出す。ペンを走らせる。在庫と装備分を差し引いて……カリカリという計算の音。
「三十年分なら問題ありません」
会議室が一瞬静まり返った。誰かがコーヒーカップを置く音だけが響く。
「三十年」
技術担当の一人が目を見開いた。
「はい。初回納品として、ミスリルとオリハルコンを各10キロずつお渡しできます。今、車に積んであります」
「10キロずつ!?今すぐに?」
会議室がざわめく。
「ただし、それ以降は技術移転と人材育成が前提です」
橘さんが身を乗り出した。椅子がきしむ。
「アルカディアにミスリル鉱脈があると?」
「あります。オリハルコンの脈も、探査術式で反応を確認しました」
技術担当の一人が勢いよく立ち上がった。椅子が後ろに滑る。
「それが事実なら、半導体技術は十年先を飛び越える!日本が技術大国として復活する!」
興奮が部屋中に伝染していく。
「ただ、私一人が採掘を続けるわけにはいきません。鉱物採掘者と冶金経験者に『魔導採掘』と『魔法精錬』の運用を教えます」
会議室がざわついた。
「魔法を教える?」
「可能なのか?」
「適性があれば可能です」
橘さんが手を上げて場を鎮めた。
「適任者をリストアップしよう。明るい未来が見えてきた」
***
会議後、廊下で橘さんが振り返った。靴音が止まる。
「それから上月君。念のための話だが、君の学園に『転入生』として調査員が潜り込んだ可能性がある」
タブレットに表示された顔写真。普通の高校生にしか見えない。明るい笑顔の写真。
「目的は不明だ。でも一応、認識しておいてくれ」
「分かりました」
橘さんが一瞬ためらってから、声を落とした。少し照れたような表情。
「少し、個人的な質問をしてもいいか」
「どうぞ」
「私にも魔法の適性はあるだろうか?」
控えめな声に純粋な好奇心が滲んでいる。子供みたいな期待の眼差し。思わず笑顔になった。
「調べてみましょうか」
手のひらに魔力を集中させる。温かい光が指先から流れ出す。青白い光が橘さんを優しく包み込み、空中に文字が浮かび上がった。きらきらと輝く文字。
『生活魔法:B』
『事務処理魔法:A』
「おお!」
橘さんの目が輝いた。
「十分適性があります。しかも事務処理魔法がAランクです」
橘さんの顔がぱっと明るくなった。まるで合格発表を見た受験生みたいだ。
「事務処理魔法か……官僚にぴったりだな」
嬉しそうに笑う。
「まず初級の『クリーン』を教えます」
左手に魔力を集中させる。掌が温かくなる。淡い光が泉のように湧き出て、橘さんへと流れ込んでいく。
「温かい……お風呂みたいだ」
「服と体の汚れをまとめて除去できます。試してみてください」
橘さんが目を閉じて集中する。額に汗が滲む。
「クリーン!」
ポワッと光が広がった。
橘さんがスーツの袖を見て目を丸くした。
「本当だ!コーヒーの染みが消えている!」
何度も袖を確認する。子供みたいにはしゃいでいる。
「これは……国家機密級の便利さだ」
「そうですか?」
「洗濯の概念が変わる。クリーニング業界が激変する。残業で泊まり込んでも清潔でいられる」
大げさだが、橘さんの目は真剣そのものだった。でも、すごく嬉しそう。
***
内閣府を出ると、スマホがブルブルと振動した。グループチャットにメッセージが溢れている。通知音が鳴り止まない。
『悠斗、大丈夫?政府の車来てたけど』(神崎)
『心配だよー』(神崎)
『返事してー』(神崎)
『スタンプ連打すんな』(神崎)
神崎の連投に思わず笑ってしまう。
『また大きな話ですか?』(田中先輩)
『データ共有お願いします!』(美月)
『お腹すいてない?何か作ろうか?』(あかり)
『映像撮っときました!かっこよかった!』(川崎)
そして最後に――
『無理しないでね』(理沙)
『みんなで待ってる』(理沙)
温かい気持ちが胸に広がる。スマホを握る手に力が入る。
『大丈夫。明日、部室で説明する』
送信するとすぐに既読がついた。一瞬で全員既読。
『了解っス!』(神崎)
『お待ちしてます』(田中先輩)
『録画準備しとく!』(川崎)
『お菓子持ってくね!チョコチップクッキー作った!』(あかり)
『データ整理手伝います』(美月)
『気をつけて帰ってね』(理沙)
この温かさがあれば、どんな重圧も乗り越えられる。仲間がいる。それが何より心強い。
***
その夜、アルカディアの鍛冶設備で作業を始めた。炉に火を入れる。ゴォォと音を立てて炎が立ち上る。熱気が顔を撫でる。ミスリルのインゴットを並べる。銀色に輝く金属が、炎の光を反射してオレンジ色に染まる。
橘さんから見せられた顔写真が頭をよぎる。目的不明の転入生。味方か敵か分からない。それでも、部員たちの安全は最優先だ。
金床の上でミスリルを打つ。
カーン!キィィン!
甲高い音が工房に響く。火花が散る。汗が額から滴る。一人一人の顔を思い浮かべながら、守護のアクセサリーを作っていく。
理沙には守護の術式を刻んだペンダント。銀色の羽根のデザイン。
神崎には身体能力をわずかに高める腕輪。稲妻の模様入り。
川崎には集中力を高めるピアス。レンズをモチーフに。
美月には危険察知の髪飾り。月と星のデザイン。
田中先輩には思考を整理するイヤリング。桜の花びら型。
あかりにはお守りのブローチ。スプーンとフォークの可愛いデザイン。
ハンマーを振るたびに、みんなの笑顔が浮かぶ。守りたい。この平和な日常を。
夜通し作業を続けた。朝日が工房の窓から差し込む頃、ようやく完成した。
***
翌日の昼休み、完成したアクセサリーを配った。部室のテーブルに並べる。キラキラと輝いている。
「これ、どうしたの?」
理沙が首を傾げる。ペンダントを手に取って、光に透かして見る。
「開拓部発足の記念品だよ。お守りだから、必ず身につけて」
「わあ、きれい!羽根のデザインだ!ありがとう!」
理沙が嬉しそうにペンダントを着ける。
「俺にもあんのか!サンキュー!」
神崎は早速腕輪をつけて力こぶを作っている。
「すげー!なんか力が湧いてくる気がする!」
「気のせいだろ」
俺は笑ってごまかした。本当は効果があるけど。
「私のは月と星!素敵です」
美月が髪飾りを着ける。
「センスいいじゃん!」
川崎がピアスを着けながら言う。
「これでもっといい写真が撮れそう!」
「わぁ!スプーンとフォークだ!可愛い!」
あかりがブローチを胸に着ける。
みんなの喜ぶ顔を見ていると、本当の理由を言えないのが少しもどかしい。でも、これで安心だ。何があっても守れる。
放課後、担任が教室に入ってきた。
「今日から新しい仲間が増える」
教室がざわめく。期待と好奇心に満ちた空気。ドアが開き、男女の生徒が入ってきた。
「アメリカからの帰国子女、結城カイトだ。バスケが得意なんで、よろしく!」
爽やかな笑顔のスポーツマンタイプ。身長も高くて、すぐにモテそうだ。
「イギリスから来ました、霧島レイナです。よろしくお願いします」
物静かで知的な美少女。品のある佇まい。
間違いない。橘さんに見せられた写真の二人だ。目的は不明。『勇者の目』が捉えたのは、尋常ならざる実力。ただ、今のところ敵意は感じない。
神崎が小声で囁いた。
「なんか、あの二人すげー強そうじゃね?」
「……新しい仲間が増えて良かったな」
俺は笑顔で答えた。
「そうだな!部活勧誘しようぜ!」
神崎が早速立ち上がる。
守護のアクセサリーを作っておいて良かった。味方か敵か、まだ分からない。でも、きっと良い方向に向かうはず。
新しい出会いが、どんな物語を紡ぐのか。
警戒しつつも、俺は二人に笑顔で手を振った。
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