第6話 惑星開発部の創部

 理沙とアルカディアから戻った翌日。日曜日の夜。

 自室の机に向かって、書類を作成している。

『部活動設立申請書』

 理沙とLINEで相談しながら、必要事項を埋めていく。

『部活名どうする?』理沙からのメッセージ。

『惑星開拓部』と返信。

『そのまんまwww』

『シンプルでいいだろ』

『でも分かりやすい!いいね!』

 彼女のスタンプが連続で送られてくる。楽しそうだ。

 活動内容の欄に書き込む。

 「アルカディアの環境調査、開発計画の立案、地球との比較研究」

 学術的な側面を強調する。これなら学校も承認しやすいはずだ。

 問題は部員数。最低5人必要という規定がある。

『部員集まるかな』理沙が心配している。

『兼部可にすれば』

『天才!』

 褒められて、少し照れる。


***


 月曜日の放課後。

 職員室の前で理沙と合流する。彼女も申請書のコピーを持っている。

「緊張する?」

「ちょっとね」

 理沙が深呼吸をする。

「でも、ワクワクの方が大きい」

 ノックをして、中に入る。

 担任の佐藤先生が書類の山に埋もれていた。

「上月と綾瀬か。何か用か?」

「部活を作りたいんです」

 申請書を差し出す。佐藤先生が受け取って、タイトルを見た瞬間、眼鏡がずり落ちた。

「惑星開拓部?」

「はい」

「……本気か?」

「大真面目です」

 佐藤先生が書類を読み進める。表情がどんどん複雑になっていく。

「アルカディアって、君の星のことか」

「そうです」

「活動場所が『地球外』って……」

 佐藤先生が額を押さえる。

「前例がない」

「だからこそ意味があるんです」

 理沙が前に出る。

「私たちの学校が、日本初、いえ世界初の試みをするんです」

 佐藤先生の表情が少し和らぐ。

「君も参加するのか、綾瀬」

「はい!副部長として」

「部員は?」

「今のところ二人ですが、仮入部期間を設けて募集します」

「兼部も可能にします」

 俺が補足する。

「天文部や科学部の生徒なら興味を持つはずです」

 佐藤先生がため息をつく。

「生徒会と理事長の承認が必要だ」

「今から行きます」

「……熱意だけは認める」

 佐藤先生が書類にハンコを押す。

「担任の推薦はつけておく」

「ありがとうございます!」

 理沙が飛び跳ねそうになるのを必死に抑えている。


***


 生徒会室。

 ドアをノックする。

「失礼します」

 中には生徒会長の高橋、副会長の田中、書記の鈴木がいた。

「あ、勇者様だ」

 高橋が茶化す。三年生で、いつも余裕がある。

「その呼び方やめてください」

「で、何の用?」

 理沙が申請書を差し出す。

「新しい部活を作りたくて」

 高橋が書類を受け取る。タイトルを見た瞬間――

「惑星開拓部!?」

 声が裏返った。

「マジですか!?」

「マジです」

 理沙が胸を張る。

「待て待て、惑星って――」

「俺のアルカディアです」

「ああ、あのガチャの」

 副会長の田中が身を乗り出す。ショートカットの髪が揺れる。

「面白そう!」

「でも危険じゃない?」

 書記の鈴木が心配そうに聞く。

「安全確認は済んでます」

「政府の許可は?」

「内閣情報調査室の橘さんから許可を得ています」

 嘘じゃない。理沙の同行は許可されている。

 高橋が考え込む。

「部員二人は少なすぎる」

「兼部可にします」

「活動資金は?」

「当面は自費で」

「部室は?」

「空き教室があれば」

 質問が続く。でも、一つ一つ答えていく。

 理沙も頑張って説明している。

「研究成果は学校のPRにもなります」

「確かに、話題性は抜群だな」

 高橋が認める。

「よし、生徒会としては承認する」

「やった!」

 理沙が小さくガッツポーズ。

「ただし、理事長の最終承認が必要だ」

「今から行きます」

「行動力だけは認める」

 高橋が苦笑する。


***


 理事長室。

 松田理事長は70代。でも目は若々しい。

「ほう、惑星開拓部ね」

 書類を眺めながら、にやりと笑う。

「面白い」

 即答だった。

「え?」

「君たちのような若者が、新しいことに挑戦する。素晴らしいじゃないか」

 理事長が立ち上がる。

「昔、私も冒険がしたかった」

 窓の外を見る。

「でも、時代が許さなかった。今の君たちが羨ましい」

 振り返る。

「条件を付ける」

 緊張する。

「月一回、活動報告書を提出すること」

「はい」

「安全管理を徹底すること」

「もちろんです」

「そして――」

 理事長が微笑む。

「楽しむこと」

 意外な条件だった。

「部活は楽しくなければ意味がない」

 理事長がハンコを取り出す。

「承認」

 ドンと押される赤い印。

「ありがとうございます!」

 理沙と顔を見合わせる。やった、本当にできた。

「部室は東棟の3階、元美術準備室を使いなさい」

「広い部屋を?」

「資料や機材を置くんだろう?」

 理事長の配慮が嬉しい。

「頑張れ、惑星開拓部」


***


 部室の鍵を受け取って、東棟へ向かう。

 夕陽が廊下をオレンジ色に染めている。

「信じられない」

 理沙が鍵を見つめている。

「本当に部活作っちゃった」

「まだ始まりだ」

 部室のドアの前に立つ。

 『美術準備室』のプレートがまだ残っている。

 鍵を差し込んで、回す。

 ガチャリ。

 ドアを開けると、埃っぽい空気が流れ出てきた。

「うわ、汚い」

 理沙が顔をしかめる。

「掃除から始めないと」

 でも、広い。窓も大きくて明るい。

「ここが俺たちの基地か」

「秘密基地みたい!」

 理沙が部屋の中を歩き回る。

「ここに机置いて、あそこに本棚、こっちに機材」

 もう頭の中でレイアウトを考えている。

「ホワイトボードも欲しいね」

「地図も貼ろう。アルカディアの」

「まだ地図ないでしょ」

「じゃあ作る」

 二人で笑う。

 窓から外を見る。グラウンドで野球部が練習している。普通の放課後の風景。

 でも、俺たちにはもう一つの世界がある。

「明日、ポスター作ろう」

 理沙が提案する。

「部員募集の」

「キャッチコピーは?」

「『君も惑星オーナーになろう!』」

「それ俺だけだから」

「じゃあ『放課後は宇宙で』」

「いいね、SF感ある」

 机の上に座って、足をぶらぶらさせながら話す。

 楽しい。

 純粋に楽しい。

「悠斗」

「ん?」

「私、この部活入れてよかった」

「まだ活動してないけど」

「でも、なんかワクワクする」

 理沙の笑顔が夕陽に照らされて、キラキラしている。

「これから、どんな人が入ってくるかな」

「変わり者ばかりかも」

「それも楽しそう」

 惑星開拓部。

 たった二人で始まる、壮大な部活動。

 でも、きっと素敵な仲間が集まる。

 そんな予感がする。

 

 ポケットの中で、小さなミスリルの欠片が温かく脈打っている。

 まるで、新しい始まりを祝福してくれているみたいに。


***


 夜8時。家に帰ってから、橘から電話があった。

「明日の朝、内閣府に来てもらえますか」

「定期報告ですか」

「それと、見せたいものがあります」

 

 翌朝7時。内閣府の地下会議室。

 橘が待っていた。机の上には、俺が提出した写真が並べられている。

「報告を頼む」

 写真を一枚ずつ説明する。鉱脈の場所、成長する泉、ログハウス、そして動物の足跡。

「これは……興味深い」

 橘が鉱脈の写真を手に取る。

「本当にミスリルとオリハルコンが?」

「はい。すでに精錬済みのものを持参しました」

 重たいケースを机の上に置く。ガチャンと金属音。

「これは……」

 橘が慎重にケースを開ける。中には銀色に輝くミスリルのインゴットと、虹色に光るオリハルコンのインゴット。

「各10キログラムずつです。初回納品分として」

 橘の目が大きく見開かれる。

「10キロ……ずつ……」

 声が震えている。

「これが本物なら、日本の技術は飛躍的に進歩する」

「本物です。分析してもらえれば分かります」

 橘が慎重にインゴットに触れる。

「信じられない……こんな量を」

「定期的に供給できます。ただし、技術開発と人材育成への協力が条件です」

 橘が顔を上げる。

「もちろんだ。全面的に協力する」

 

 そして、橘が別のファイルを取り出した。

「実は、各国から要求が来ています」

 胸が緊張する。

「要求?」

「アメリカ、ロシア、中国。国際管理を名目に、アルカディアを分割統治したいと」

 カッと頭に血が上る。

「ふざけるな!」

 声が大きくなる。

「俺の星を勝手に分割だと?」

「落ち着いてください」

 橘が冷静に言う。

「現在は上月悠斗個人の所有物であり、いかなる国家も管轄権を持たないと回答している」

 橘の目が真剣だ。

「ただ、個人所有という前例のない状況に、各国は納得していない」

「女神からもらったものだ」

「彼らは女神を信じていない」

 橘の言葉が重い。

「だからこそ、君には早く実効支配を確立してもらう必要がある」

「実効支配?」

「開拓し、居住し、管理する。それが君の所有権を証明する唯一の方法だ」

「分かりました」

「それと、これを」

 橘が書類を差し出す。

『アルカディア開発特別予算』

「予算?」

「月額10万円。活動資金として使ってくれ」

 思わぬ援助だった。

「ただし、領収書は必要だ」

「当然です」

 橘が立ち上がる。

「君は一人じゃない。忘れないでくれ」

 

 会議室を出て、学校へ向かう。

 国際的な圧力か。でも、負けない。

 アルカディアは俺の星だ。

 そして今は、理沙との星でもある。

 惑星開拓部として、この星の価値を証明してみせる。

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