魔王の主人公が倒されてしまい何故か魔王に!?
月星夜風
第1話 化け物を見る少年
夕暮れの公園。
風が冷たく、ベンチの鉄が肌に張りつくように冷えていた。
その上に制服姿の少年が横たわっていた。
茶色の髪は少し長めで、左に流れた前髪が暗赤色の瞳を隠している。
スマホを片手に、無表情で画面を見つめているが、何かを見ているわけではない。
ただ、時間が経つのを待っているだけだ。
名前は――
十六歳、高校一年。
共働きの両親はほとんど家におらず、夜の食卓はいつも一人きり。
静かな家。冷めた食事。
それでも、夢時はもう慣れていた。
翌日。
いつものように学校へ行き、いつものように授業を受ける。
そんな平凡な日常の中で、背後から聞こえてくる声だけが現実を刺した。
「……あいつ、また来てる」
「人殺しのくせに、よく学校なんか来れるよな」
黒板の文字が、ぼやける。
夢時はゆっくりと息を吐いた。
言い返す気力もない。
――慣れた。
そう自分に言い聞かせながら。
あの日の事件以来、彼に向けられる視線は変わらない。
人殺し。忌み子。異物。
その全てが、夢時の日常になっていた。
放課後。
誰もいない公園を通り抜けようとしたとき、視界の端で“それ”を見た。
灰色の靄をまとい、輪郭が歪んだ何か。
人には見えない“化け物”。
夢時だけが、それを見ていた。
幼い頃からずっと。
誰に話しても信じてもらえず、やがて口を閉ざした。
逃げることも、怯えることもやめた。
なぜか“それ”は夢時を襲わない――その理由は、今も分からない。
だから今日も、いつものように通り過ぎるつもりだった。
だが、その日だけは違った。
靄が、動いた。
ゆらりと、夢時の方を向き――。
「っ!?」
次の瞬間、夢時は駆け出していた。
息を吸うたびに肺が焼け、鼓動が爆音のように響く。
背後からは、何か重たいものが地面を這う音。
冷たい恐怖が、背筋を這い上がってくる。
家まであと少し。
だが玄関に手をかけた瞬間、鋭い爪が腕を裂いた。
「ぐっ……!」
血が飛び散る。
痛みが現実を引き戻した瞬間、足がすくんだ。
化け物の爪が、再び振り下ろされる。
――もう、だめだ。
夢時は目を強く閉じた。
意味はない。けれど、それしかできなかった。
……静寂。
「……おい」
聞き慣れない声が、耳に届いた。
夢時はゆっくりと目を開く。
そこは見知らぬ部屋だった。
木の香りと、薬草の匂い。
そして、三人の見知らぬ人影。
一人は金髪の少年。
鋭い青い瞳が、夢時を射抜いていた。
白い長袖に茶色のベストを重ね、まるで兵士のような姿。
「おい、起きたぞ!」
「……え、俺……どこだここ……?」
夢時が上体を起こすと、そっと少女が寄り添った。
薄ピンクの髪を短く切り揃え、エメラルドの瞳が不安げに揺れている。
「大丈夫? ここで倒れていたのよ」
「……あ、ああ……」
夢時が戸惑いながら答えると、金髪の少年が一歩前に出た。
「ロゼナ、離れろ。そいつ、怪しい」
「スラン、そんな言い方……」
少女――ロゼナが困ったように眉を寄せた。
その背後から、柔らかな声が響く。
「まあまあ、二人とも落ち着きなさい」
眼鏡をかけた青年が歩み出る。
ブロンドの長髪を後ろで束ね、琥珀色の瞳が穏やかに光っていた。
彼は夢時の前に膝をつき、優しく微笑んだ。
「驚かせてしまいましたね。ここは安全です。
私はルーシス。この場所を管理している者です」
「ルーシス……先生!」
スランが頭を下げる。どうやらこの男は、彼らの師らしい。
夢時は状況が理解できず、ただ周囲を見渡した。
見慣れない家具、古めかしい石壁。
外では風が唸り、どこか遠くで鐘の音が響いている。
――ここは、どこだ。
ルーシスはゆっくりと立ち上がり、夢時に手を差し伸べた。
「立てますか? 傷は、もう癒えていますよ」
言われて気づく。
先ほど裂かれたはずの腕には、傷一つ残っていなかった。
まるで最初から何もなかったかのように。
「……夢でも見てんのか、俺」
夢時が呟くと、ロゼナが微笑んだ。
「怖がらないで。みんな良い人だから」
その笑顔に戸惑いながらも、夢時は彼女の手を取った。
不思議と、その手は温かかった。
やがて案内された先は、教室のような部屋だった。
年齢も種族も違う子どもたちが数人、机に向かっている。
ルーシスは夢時を見て微笑む。
「ここは、“
人と
「妖人……?」
夢時は首を傾げた。
だが次の瞬間、空気が凍りついた。
――ガシャン!
窓ガラスが砕け散り、黒い影が部屋に飛び込む。
それは、夢時が知る“化け物”とよく似ていた。
だが、より人に近く、より邪悪だった。
「
スランが叫び、剣を抜く。
ルーシスの表情が一瞬で変わった。
穏やかな笑みが消え、琥珀の瞳が獣のように光る。
「お前……ローディオか」
「久しいな、ルーシス。まだ“教師ごっこ”をしているのか?」
不敵に笑う妖族の男が、ロゼナに手を伸ばす。
スランが飛び出した。
「ロゼナに触るなッ!」
金属がぶつかる音。
火花。
次の瞬間、夢時の目の前でスランが弾き飛ばされた。
腹から血が溢れ、床に倒れ込む。
「スラン!? おい、スラン!!」
ロゼナの悲鳴。
夢時は、訳も分からぬまま駆け寄った。
震える手でスランの体を抱き上げる。
――その瞬間、また“化け物”が襲いかかってきた。
頭が真っ白になった。
視界が狭まり、呼吸が浅くなる。
死にたくない。死にたくない。
そう思った瞬間、目の前の剣が光を放った。
無我夢中で、それを掴み――振り下ろした。
轟音。
血飛沫。
そして、静寂。
気づけば、夢時は倒れていた。
誰かの声が聞こえる。
「……夢時……!」
目を開けると、ルーシスが心配そうに覗き込んでいた。
その背後――床には、動かなくなった妖族と、子どもたちの亡骸。
「……何で……俺が……」
震える声が漏れる。
ルーシスはそっと肩に手を置いた。
「ここを離れましょう。近くに知り合いが居るので、そこで話しをしましょう」ルーシスは、夢時に、優しく微笑みかけた。
夢時は、頷いたまま向かう事にした。
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