第21話 消えた少女

「二人とも大丈夫か?」


 低く、けれどどこか安堵を含んだ声に顔を上げると、そこには見慣れた姿があった。警察官の制服に袖を通し、煙の残る店先に立つのは――ジャスティンさんだった。


「ジャスティンさん……」


「連絡をもらって飛んできた。怪我はないか?」


 シャルと顔を見合わせて、私は小さく首を振る。


「私たちは無事です。でも……セシルさんが見当たらなくて」


「セシル?」


「王立学園に通っている生徒です」


 ジャスティンさんの表情が硬くなった。私は簡潔に、火災当時のことを伝える。


「火災の直前、セシルさんが店内に居ることは確認してます。ですが、避難した人たちの中に姿が無くて」


「なるほどな……」


 ジャスティンさんが帽子のつばを指でつまみ、深く被り直す。


 そのとき、建物の中からライトさんが姿を見せた。制服ではなく作業着のようなものを着ている。


「警部」


 短く呼びかけて、まっすぐにジャスティンさんのもとへ歩み寄る。


「建物内に逃げ遅れた人は確認されませんでした。ですが――」


「……なにかあったか?」


「はい。目撃情報がありました。煙の中、赤い髪の少女を背負った男が表から出て行くのを見た、とのことです」


「……っ!」


 私は思わず息をのんだ。赤い髪――それは、セシルさんだ。それに、男というのはセシルさんを背負って店から脱出した大柄の男性だ。


 「その、男の人、私も見ました。顔も見ました!」


 「なに? どんな奴だった」


 その時、別の警官が走り寄ってくる。


「警部、報告です。周辺を捜索しましたが、該当の少女も男の姿も見つかっていません。また、王立学園の寮にも戻っていないとの確認が取れました」


「……まさか、連れ去られたということか」


 ジャスティンさんの声に、ほんのわずかに苛立ちが混じっていた。


「かもしれません。もしかしたら……」


「もしこの火事が仕組まれたもので、混乱を利用した計画的な拉致なら、セシル嬢が狙われていたのなら……これはまずい」


 そう、もしそうならこれは未だ解決の糸口がつかめていない、連続貴族誘拐事件だということになる。


◆ ◆ ◆


警察署の応接室は、緊張した空気に包まれていた。


セシルさんが誘拐されたかもしれない――その疑念が、事実味を帯びて広がるなかで、私は机の前に座っていた。向かいにはジャスティンさんとライトさん。部屋の扉が開いたとき、そこに現れたのは――


「全く、お前は何をしていたんだ」


ベルナールさんだった。鋭い足取りで部屋に入ると、真っ直ぐこちらに歩み寄ってきて、開口一番、私を非難する。


「手がかりを見つけられないだけではなく、ついには誘拐まで許すとは。何が“協力”だ。お前に任せたのは失策だった」


私は口を開けずにいた。ただ拳を膝の上で固く握りしめる。


「おい、ベルナール。落ち着け」


ジャスティンさんが低い声で口を挟むが、ベルナールさんは止まらない。


「落ち着け? 落ち着いていられるか。警察の名を騙って捜査に加担していた素性不明の少女が、挙げ句の果てには誘拐現場に居ながら逃がしたのだぞ!」


さすがに言葉がきつすぎる。私が悔しさに唇を噛んだそのときだった。


「それは、言いすぎです」


静かながら、よく通る声。隣に立っていたシャルが、まっすぐベルナールさんを見据えていた。


「なんだ、お前は」


「レナさんの学友で、今回、レナさんと一緒に居合わせた者です」


シャルの声は落ち着いていて、その佇まいはまるで王族そのものだった。けれど、ベルナールさんはその正体に気づかぬまま、眉をひそめた。


「部外者が立ち入るべき場所ではない。誰の許可で――」


「その場に居合わせていたと言っているでしょう」


シャルは言葉を遮った。


「私たちは、火災の発生と同時に避難誘導を行い、セシルさんを助けようとしました。ですが、彼女はすでに気を失っていて、私たちでは運びきれず、手を貸してくれた人物に託しました。その後、混乱に紛れて彼女が連れ去られてしまったのです」


ベルナールさんが何かを言いかけたのを、シャルは一歩踏み出して遮る。


「それに、あの場にあなたは居ませんでしたよね? 現場の状況も、煙の中の混乱も見ていないはずです。なのに、ただ報告だけを見て、誰かを非難するのは、無責任だと思います。何より、レナさんは捜査の協力者であって警察官ではありません。そんな人に責任を負わせるというのですか?」


ピシリと、空気が緊張する音がした気がした。


二人のやり取りを聞いている間、ライトさんは口を開いたり閉じたりしている。多分、シャルが王女であることに気が付いていないであろうベルナールに焦っているのだろう。


「あ、あの……ベルナールさん……こちらの方は、その……」


「ライト」


ジャスティンさんはさらに続ける。


「……とにかく、今は犯人の特定とベルモン嬢の安否確認が最優先だ」


 ベルナールさんは「当然だ」と言い残して部屋から出て行った。



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