第2話 便利屋 レナ ②
「そんな……」
息が詰まりそうになる。なぜこんな状況に追い込まれてしまったのか、全身の震えが止まらない。
ナイフを見ることさえ恐ろしかった。
「人を殺すなんて、できるはずがない……」
声は震え、喉の奥がぎゅっと締めつけられる。
──助けて。
「!?」
まただ。さっきと同じ。
「今のは声……?」
聞こえたのではない。頭の中に直接流れ込んできた感覚だった。
「一体……?」
ふと、奥の扉に目が行く。
そうだ、今は考えている暇なんてない。この状況を何とかしなければ。
もうこうなったら、部屋の中にいる誰かと協力して出る方法を探すしかない。
なけなしの勇気を振り絞り、扉をゆっくりと開ける。
そこにいたのは、腰まで届く金色の髪を波のように揺らす少女だった。
やわらかなウェーブがランプの光を受けて、ほのかに輝いている。
瞳は深い緑。森の奥に差し込む光のように澄んでいて、思わず見とれてしまうほど。
そして、肌は驚くほど白く、ランプの灯りに透けそうなほど繊細だった。
まるで現実に存在しない幻想を見ているかのようで、私は言葉を失ったまま立ち尽くす。
「誰ですか?」
呆けている私に、少女は警戒の色を隠さない。
「いや、あの、えっと……私もよく分からないというか……」
「その手に持っている紙は、何ですか?」
少女が指さしたのは、私が左手に持っていた紙──
“地下室にいる人物を殺せ”と書かれていた便箋。
そこで、私はようやく現実を認識する。
あの男は、この子を殺せと言っていたのか。
「いや、これは……」
「見せてください」
少女の右手がすっと紙へと伸びる。私は慌てて手を引いたが、遅かった。
彼女は内容を一読し、目を大きく見開いた。
「ち、違うの、これは――!」
言い訳を探すが、うまく声にならない。
彼女のまっすぐな視線が突き刺さるようで、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
彼女は静かに私を見つめた。怒りでも恐怖でもない。ただ……諦めのようなものがそこにあった。
「……そうですか」
感情を無理に殺したその言葉は、かえって私の心に深く刺さった。
「待って、私は――殺す気なんてないの、本当なの!」
私はナイフの入った鞄を地面に置き、手を広げて見せる。
「信じて。私はここに来たくて来たんじゃない。騙されたの。“清掃の仕事”だって言われて、それで……ここに閉じ込められて」
少女は黙ったまま、私をじっと見ていた。
しばらくの沈黙のあと、ぽつりと呟く。
「……すみません。私のせいで巻き込まれてしまったのですね」
彼女は唇を噛みしめ、苦悶の表情を浮かべる。罪悪感に苛まれているのだろうか。
「いや! どう考えても、悪いのはこんなことをさせてる人たちだよ。……一緒に脱出する方法を考えよ?」
「……良いのですか?」
「良いも何も、他に選びようがないでしょ」
私は力なく笑いながら答える。自分でも驚くほど声は震えていた。
でも、それでも――誰かを傷つけて生き延びるなんて、そんなやり方は選びたくなかった。
「私はレナ。あなたは?」
「……シャルと呼んでください」
「シャル、ね。よろしく」
◆
部屋を一通り調べてみたけれど、どうやら出口はあの閉ざされた鉄の扉だけのようだった。
そして、その扉はどう見ても、人力では開けられそうにない。
「そうだ、魔法を使えばなんとかなるんじゃ――シャル、魔法使えたりしない?」
「無理です。この地下全体に魔法を封じる結界が張られています」
私は慌てて魔法の発動を試みるが、何の変化も起きなかった。
完全に手詰まりだった。私はその場にへたり込んだ。
冷たい石の床が、じわじわと体の熱を奪っていく。
「……外から開けさせる方法があれば、いいのですが」
シャルの言葉に、私は考える。
たとえば、食事の持ち込みがあるなら、その時に扉は開くだろう。
その瞬間を狙って相手を無力化できれば……いや、きっと力負けする。
なら、鞄に入っていたナイフなら――
……だめだ。相手が誰であれ、人を殺すなんて……
「ん?」
そのとき、目に留まったのは、部屋の隅に置かれた簡素なベッドだった。
もしかしたら、うまくいくかもしれない。
「ねえ、シャル。協力してくれる?」
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