第8話 血塗られた鳳凰
一方、日本海側に位置する新型長距離弾道ミサイル「火星(ファソン)」の発射基地に潜入した「八咫烏」第二強襲部隊もまた、壮絶な戦闘の末、壊滅的な損害を被っていた。彼らは、いくつかのミサイル発射台と燃料貯蔵施設を爆破することには成功したが、北朝鮮側の予想以上に迅速かつ大規模な反撃に遭い、ほとんどの隊員が戦死、あるいは捕虜となることを拒んで自決を選んだ。
作戦「八咫烏」は、多大な犠牲を払いながらも、北朝鮮の核・ミサイル開発計画に一定の遅延をもたらすことには成功したと言えた。しかし、その代償はあまりにも大きく、そして作戦の全貌が国際社会に露見すれば、日本は取り返しのつかない破滅的な状況に追い込まれることは必至だった。帝国政府は、この作戦の存在を徹底的に秘匿し、北朝鮮国内で発生した「原因不明の大規模爆発事故」として、国内外に情報をコントロールしようとした。
台湾では、依然として泥沼の戦いが続いていた。帝国軍は、台北や基隆(キールン)といった主要都市を制圧下に置いたものの、台湾中南部の山岳地帯や地方都市では、台湾軍の残存部隊や民兵組織による激しい抵抗が続いていた。
相馬圭吾大尉が指揮する潜水艦「雷鳴」は、台湾海峡で中国海軍の潜水艦と神経をすり減らすような睨み合いを続けていた。何度か、双方のソナーが互いを捉え、魚雷発射寸前の極限状況にまで陥ったが、全面衝突の引き金となることを恐れた双方の司令部の指示により、辛うじて戦闘は回避されていた。
しかし、そんな中、一つの「事故」が発生する。
台湾南西沖で哨戒任務についていた帝国海軍のフリゲート艦「あぶくま」が、所属不明の潜水艦から発射されたと思われる魚雷攻撃を受け、大破炎上したのだ。乗組員の半数以上が死傷。「あぶくま」は沈没こそ免れたものの、戦闘能力を完全に喪失した。
帝国政府は、これを「中国海軍による卑劣な奇襲攻撃」と断定し、激しく非難。国内では、反中感情が一気に高まり、戦争拡大を支持する声が勢いを増した。
しかし、この事件には不可解な点が多かった。中国側は攻撃を全面的に否定。また、魚雷の種類や攻撃パターンなどから、専門家の一部からは「本当に中国軍の犯行なのか?」という疑問の声も上がっていた。
この事件は、実はアメリカの工作によるものではないか、あるいは、日中間の対立を煽ろうとする第三国の陰謀ではないか、といった様々な憶測が飛び交った。
フリーランスジャーナリストの天城航太郎は、台湾の裏社会の独自の情報網を通じて、この「あぶくま」撃沈事件の真相に迫ろうとしていた。彼が入手した断片的な情報の中には、事件発生直前に、現場海域でアメリカ海軍の原子力潜水艦が目撃されていたという、真偽不明の噂も含まれていた。
(もし、これがアメリカの仕業だとしたら…奴らは、日本と中国を本格的に戦争させようとしているのか? そして、その混乱に乗じて、漁夫の利を得ようと…?)
天城の背筋を、冷たいものが走った。この戦争は、もはや日本の帝国主義的な野心だけでは説明がつかない、より巨大で複雑な国際的陰謀の渦に巻き込まれているのかもしれない。そして、その中で最も犠牲になるのは、常に名もなき一般市民なのだ。
南雲譲二は、「八咫烏」作戦の失敗とも言える結果と、多くの部下を失ったという重い報告を、一之瀬宰相に行わなければならなかった。彼の心は、自責の念と、この国の指導者が進む道への、もはや拭い去ることのできない深い絶望感で満たされていた。
「…風間少佐以下、多数の将兵が未帰還です。作戦は、限定的な成果しか上げられませんでした。全ては、私の指揮不行き届きによるものです」
南雲は、一之瀬の執務室で、床に額を擦り付けるようにして謝罪した。
しかし、一之瀬の表情は、意外なほど冷静だった。彼は、窓の外に広がる新帝都の風景を眺めながら、静かに言った。
「顔を上げろ、南雲君。犠牲は尊い。だが、彼らの死は決して無駄ではない。帝国が前進するためには、時に血を流すことも必要だ。問題は、この経験を次にどう活かすかだ。『八咫烏』は、敵に我々の爪の鋭さを示した。そして、『あぶくま』の一件は、国民の戦意を高揚させ、我々に台湾問題解決のための『大義名分』を与えてくれた。全ては、計算通りに進んでいる」
「計算通り…ですと?」
南雲は、信じられないという表情で一之瀬を見上げた。まさか、あの「あぶくま」の事件すらも、宰相の描いた筋書きの一部だったというのか?
一之瀬は、南雲の驚愕を意に介さず、不気味なほど静かな笑みを浮かべた。
「そうだ。そして、次なる一手は、台湾の『完全なる解放』だ。中国が本格的に介入してくる前に、我々は台湾全土を掌握し、そこに親日的な新政権を樹立する。そして、その新政権は、帝国に『永久的な軍事基地の提供』を申し出るだろう。そうなれば、アメリカも手出しはできなくなる。龍の顎(あぎと)を砕き、鳳凰の爪を研ぎ澄ます。それが、帝国の進むべき道だ」
その言葉は、もはや人間のそれとは思えないほど、冷たく、そして恐ろしい響きを伴っていた。南雲は、自分が仕える男の底知れぬ野心と、そのために手段を選ばない非情さに、改めて戦慄を覚えた。この男は、一体どこまで日本を、そして世界を導こうとしているのか。その先にあるのは、本当に「帝国の黎明」なのだろうか。それとも…。
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