番外編:しんどいときだけ、特別に甘えていい?

「……拓也」


珍しく掠れた声で、怜が寝室から拓也を呼んだ。


その日の朝、怜は体調が優れないと原稿作業を休み、ベッドで横になっていた。

熱を測れば38度を超えていて、顔はほんのり赤く、唇は少し乾いている。


「大丈夫か?」


ベッドに近づくと、怜がふにゃりと手を伸ばしてくる。

指先がぬるくて、いつもより頼りない。


「だめ。大丈夫じゃない……」


「薬は飲んだよな。おかゆ作ってきたけど、食べられそうか?」


怜は小さくうなずいて、もそもそと上半身を起こす。

拓也がスプーンを差し出すと、口を開けて受け取った。


「……ん。やさしい味。拓也の味」


「褒めてるのか?」


「うん。拓也がそばにいるだけで、なんか元気出る」


そう言って、怜はカップの縁に顔を寄せてくる。

頬がうっすら紅潮していて、熱のせいなのか、甘えたい気分なのか――たぶん、両方だ。


「もう少し寝た方がいい。食べ終わったら、冷えピタ替えてやる」


「……ねえ、拓也」


「ん?」


「こうして甘えられるの、ちょっと嬉しい」


「……あほ。風邪ひいて喜ぶな」


「だって……拓也、やさしいし。いっぱい構ってくれるし……もう少し、こうしててもいい?」


拓也はため息まじりに微笑んで、怜の頭をやさしく撫でた。


「治ったら、また甘えたいって言えよ。病気じゃなくても、俺は構うから」


「ほんと?」


「ああ。俺は、お前の“元気な甘えん坊”も好きだからな」


怜は照れ隠しのように、拓也の胸元に顔をうずめた。


「じゃあ……今は、“病人の甘えん坊”で、許して」


「仕方ないな。……今日だけは特別だ」


拓也のぬくもりに包まれながら、怜は静かに目を閉じた。

少しずつ落ちていく熱といっしょに、不安も寂しさも、全部溶けていった。



具合が悪いときくらい、遠慮せずに甘えて。

君がしんどいなら、全部俺が受け止めるから。


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