エピローグ:秘密のない朝に

春が終わり、夏がゆっくりと顔を見せ始めた頃。

怜の新連載は最終回を迎え、SNSも書店も大いに盛り上がっていた。


「最終巻、初版から重版決定ですって」


「マジで?」


拓也がそう伝えると、怜は照れ隠しのようにコーヒーを啜った。


「……あんまり騒がれるの、慣れてないんだけどな」


「でもさ。これだけのことやりきったんだ。もっと誇っていいよ」


「……じゃあ、君が褒めて」


「怜は……最高の作家で、最高の恋人です」


「……うん、それでいい」


素直に照れて、けれど嬉しそうに笑う怜。

それを見て、拓也も自然に笑みをこぼした。


 


それからの日々は、静かで、穏やかだった。


怜は少しだけ外出するようになった。

大きな帽子もマスクも、必要ない場所では外すようになった。


「顔見せて歩くなんて、ほんと久しぶり」


「今は怜が“怜”として生きてるって感じがするよ」


そんな拓也の言葉に、怜はそっと手を握ってきた。


「……俺、君と出会って、本当に変われた」


 


ある日曜日。

怜がキッチンで朝食を作りながら、ふと呟いた。


「……そろそろ、同棲とか、考える?」


「えっ」


「え、じゃない。ずっと一緒にいたいって思ってるんだけど」


拓也は箸を置き、真剣な顔で怜を見る。


「じゃあさ、次の原稿が終わったら、引っ越そう。一緒に」


「うん。それまでに……君の好きな目玉焼きの焼き加減、完璧にするから」


「そこ?」


「そこ重要。君が笑ってくれること、これからは全部覚えたいから」


 


カーテンの隙間から陽が差し込む朝。


もう“秘密”なんてない。

隠す必要も、怯える必要もない。


二人でいれば、ちゃんと明日が見える。


好きな人と、同じ屋根の下で目覚める。

そんな当たり前の奇跡が、今は何よりも愛おしかった。


 


「おはよう、怜」


「おはよう、拓也。今日も……君の隣が一番落ち着くよ」


ふたりは笑い合い、静かな朝を迎える。


 


――秘密のない朝に、愛はそっと、息をする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る