第6章:一線の向こう、心の奥へ
「……拓也、今日は帰らないで」
それは、唐突だった。
怜の部屋に資料を届けに来ただけのつもりだった拓也は、その一言に思わず動きを止めた。
「……どうしたの? 何かあった?」
「何もない。……でも、寂しい夜もあるって言ったら、君はいてくれる?」
怜は、いつものふわふわした部屋着のまま、ソファに座りながら拓也を見上げていた。
甘えるような口調の奥に、どこか真剣な響きがあった。
「……いるよ。怜が望むなら」
その返事を聞いた瞬間、怜の表情がふっと緩んだ。
まるで、心の中にこっそり隠していた不安を少しだけ解放したように。
夜は更けていく。
二人は並んでソファに座り、映画を観ながら缶ビールを少しずつ飲んだ。
怜は最初こそ緊張していたが、少しずつ言葉少なになり、やがて拓也の肩に頭を預ける。
「……眠くなってきた?」
「ううん、違う。……もっと、近くにいたいだけ」
そのまま、怜の手が拓也の胸元にそっと伸びてくる。
指先がシャツの布越しに心臓の鼓動をなぞりながら、小さく震えていた。
「拓也……俺、怖いんだ。好きになるほど、壊れそうになる」
「怜は、もう十分強いよ。怖いのは、俺も同じだ」
「でも、君の前だと、弱くなってしまう。……それが、すごく気持ちいいんだ」
そう言って、怜はそっと顔を上げ、拓也の唇に――自分の唇を重ねた。
柔らかく、温かく、震えているキスだった。
拓也は受け入れ、そして確かめるように、腕をまわして引き寄せる。
唇が何度も触れ、呼吸が浅くなり、怜の体温がゆっくりと伝わってくる。
「……触れて。俺のこと、全部知って」
それは甘い懇願のようでいて、どこか赦しにも似ていた。
怜が、心の鍵をすべて委ねるように、拓也の手を自分の胸に添わせる。
シャツのボタンがひとつずつ外され、肌が触れ合っていく。
怜の肌は薄く、繊細で、触れるたびに小さく反応して震えた。
「君にしか、見せられない」
その囁きが、耳元で震える。
拓也の指が首筋を撫でると、怜は身を竦めながら甘く息をもらした。
ベッドに倒れ込むように身を預けながら、怜は拓也を求めて腕を伸ばす。
「お願い……俺を、君だけのものにして」
そして――
夜は深く、長く、甘く、二人を包み込んだ。
心も身体も、すべてを重ね合わせた夜。
秘密を共有するだけでは届かなかった“もっと奥”に、二人はたどり着いた。
朝、拓也が目を覚ますと、隣で眠る怜が、静かに手を握っていた。
指先をからめたそのまま、怜が寝言のように呟く。
「……拓也がいれば、もう……怖くない」
その言葉に、拓也はそっと笑って、怜の髪を撫でた。
「ずっと一緒にいるよ。怜の秘密も、涙も、全部……俺だけのものだ」
世界は静かに回り続ける。
けれど、二人の世界は今、確かに交わった。
誰にも邪魔されない、小さな宇宙の中で――
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