第5話:雇うに値する者

 調理試験を終えた俺は、再び案内されて応接室へ戻っていた。

 そこは静かで、まるで先ほどの緊張感が嘘のように穏やかだ。


 エルミナは席に着くなり、ティーカップを手に取りながら一息ついた。


「まずは……お疲れさまでした、セイル・アルベリク」


 名前を呼ばれた瞬間、思わず背筋が伸びる。


「改めて申し上げますが、あなたの料理の腕――私が求めていた以上のものでした」


「……ありがとうございます」


 エルミナはティーカップを置き、視線をこちらに向けた。


「あなたは卒業と同時に、平民籍となるのですよね?」


「はい。私の家は裕福ではありません。卒業後は貴族籍を失い、家に戻ることもできません。

 ですので……ダメ元で、お手紙を出してみたんです」


「……なるほど」


 エルミナはわずかに頷き、机の上の書類に視線を落とした。


「あなたの調理は、料理長とも一致した見解として“雇うに値する”と判断されました。

 正式な採用手続きは卒業後となりますが、あなたの就職先として――私の領地での受け入れを確約しますわ」


「あなたの料理には、“通常なら使われない食材”が複数含まれていました。

 毒性があるとされ、避けられてきたもの――それを適切に処理し、美味に仕立てたこと、

 その判断と実行力を“技術”として評価しますわ」


「だからこそ、あなたには“私専属の試作担当”として、新しい食材や調理法の開発に携わっていただきます。

 日々の貴族食には関与せず、あなたの料理は私個人の管理下で評価・採用する方針です」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「……本当に、ありがとうございます」


 エルミナはわずかに微笑み、続けた。


「なお、あなたの背後に不審な支援者がいないか――という調査だけは、正式雇用の前に行わせていただきます。

 ご理解くださいな。これは“私の判断を他に通すための儀礼”です」


「当然です。問題ありません」


「また――通常の毒見係では、あなたの料理には対応できない場面もあるでしょう。

 素材や調理法によっては、“常識の範囲外”になる可能性がありますから」


 エルミナはテーブルの脇に目をやり、控えていたクラース料理長に軽く視線を送る。


「専属の毒見係を新たに用意しましょう。

 今後は“開発と試食”を私とその者だけで進めていきます」


 その言葉は、完全なる信頼を意味していた。


「……本当に、感謝します。自分の力が、誰かの役に立つのなら」


「ふふ。頼もしいですわね」


 つまりこれは、“公の場では扱えない、私的な枠”を設けたということ。

 隔離された立場ではあるが、それでも“必要とされている”。

 この世界で、確かに。


 そんなやり取りの最中、控えていた侍女が一歩前に出る。


「では、お名前の登録だけ、しておきましょうか? “仮内定者”ということで」


 冗談めかしたその言葉に、応接室の空気がわずかに和らいだ。


 俺は、ようやくこの世界での“第一歩”を踏み出せた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る