第3話 カバネの地へ
陰気な女中に案内してもらい、やって来たのは家の当主の間だ。当主であるサノオは、ハクさんの文に目を通していた。そんな彼の側には二人の女が侍っている。顔などから判断するとサノオの家族なのだろうか?
「……文を拝見した。たしかにこれは三女の文だ。良いだろう……君の話を聞くとしよう」
サノオの表情からは、渋々という感じの気持ちが見てとれる。ハクさんはこの家では強いたげられているのと同時に、恐れられてもいるのだろう。だがその均衡はちょっとしたことでも崩れてしまうかもしれない。この家族は非常に危ういバランスで成り立っている。というのが、部外者の俺から見た印象だ。正直、ヒヤヒヤする。
「サノオさんには、あやかしについて聞きたいことがあります」
「でしょうな」
「ですが先に、そちらの、おふたかたについて尋ねても良いですかい?」
「ん、ああ。紹介が遅れましたな。この二人は私の娘たち。カエデとモミジです」
名前を呼ばれた二人は袖で口許を押さえながら静かに笑う。なんだか、嫌な感じだ。それにしても、彼女たちは当主の娘か。ということは。
「……ハクさんの姉妹。ということですね」
俺がその名前を出した途端。二人の娘は露骨に嫌そうな顔をした。ハクさんの名前を聞くのも嫌だという感じ。彼女たちはハクさんのことを忌み嫌っているのかもしれない。事情はある程度分かっているつもりだが、ハクさんのことを不憫に思う。
「あのような鬼子と同じ扱いをされるなど不愉快でたまりません。そもそも、腹違いだというのに」
「私たちの温情で家に置いてもらっているだけの、あやかし付きが家族などと、冗談でも言ってもらいたくはありませんわ」
「まあまあ、二人とも。お客人にはあれが家族に見えても不思議ではないのだよ」
ハクさんへの不満な態度をあらわにする姉妹と、それを笑って納めようとする父。これはかなり……歪んでいるな。まあ、部外者の俺が彼らに、家族への態度を改めろだなんて言うことはないが、正直引く。さっさと、彼らが知るあやかしについての話を伺うとしよう。
「シラカミと言ったか。君があやかしについて知りたいこと。なんでも聞いてくれたまえ」
「はい、それでは……」
まずはハクさんと、この家族との、互いの話を俺の中で擦り合わせる。どちらかが、俺に対して嘘をついている。ということも、ありえるからだ。
「まず、ハクさんが、あやかしに取り憑かれたのは彼女が六つの時、間違いありませんか?」
「ああ、間違いない。あれは彼女が六つの時のことだった」
「では、彼女の母が亡くなったのは、ハクさんが、あやかしに取り憑かれたのと同時期。間違いありませんね?」
「……ああ、そうだ」
サノオの表情が曇った。まあ、彼にとっては妻が、亡くなった時のことを聞いているんだ。腹違いという話を聞くに、おそらく二人目の妻だろうが。良い気はしないだろう。こっちも失礼を覚悟で聞いている。悪い気はするが、もう少し深掘りさせてもらうぞ。
「彼女は、衰弱して亡くなったものと聞いています。その頃は、瀉血の治療をおこなっていたと聞いています」
「君は……私の妻が瀉血による処置を受けていたせいで衰弱したと……そう言いたいのかね?」
サノオが不愉快そうに聞いてくる。ここで相手を過度に怒らせるのは良くないな。なんとか、言葉で誤魔化さなければならない。
「滅相もありません。俺は医療に特別詳しいわけではありませんが、そんな俺でも瀉血は海外の進んだ医療だと聞いています。ただハクさんは、その医術が母君の亡くなった原因だと考えている。俺はその件について、彼女の味方だというわけではありません。俺の仕事はあやかしを剥がすことで、そのためにまずは情報を並べて、正しく整理しなければならないんです」
……まあ、こんなところだろう。おべっかを並べているみたいで好きではないが、必要ならこうも話すさ。俺の言葉に当主は……いくぶんか、機嫌を治したようだ。「そうでしたか」と言って、続ける。
「確かに、妻は衰弱して亡くなった。しかし、それは彼女の体力が、病によって、徐々に失われていたからなのだ。医術のせいじゃない」
「……そうでしょうね」
「分かってもらえたのなら、良い。それで、他にも聞きたいことがあるのではないかな?」
話は続けられるようで良かった。であれば、色々と聞かせてもらおう。
「俺よりも以前にも、あやかし剥がしが、ここへと訪れていたとか。それは間違いありませんか?」
「ああ、間違いない。確か、君で四人目だ」
「では、俺以前の三人が何か資料などを、残してはいないでしょうか? そういうものがあれば、俺はとても助かります」
「それは、残念ながら……無い」
当主は首を振った。む、前の者たちが残した資料とかは無いのか。結構、期待していたんだがな。
「資料は残っていないが、あやかし剥がしたちが調べていた場所なら分かる。彼らは皆、同じ場所を調べていた」
「同じ場所? それはどこです?」
「ここから北へ向かった場所にカバネという土地がある。かつては村があったのだが、今は廃村が残っているだけだ」
「廃村……ですか」
「だが、あやかし剥がしたちが、調べていたということは、何かがあるということではないだろうか? そこを訪ねて、調べれば発見があるかもしれない」
「なるほど……」
他に手がかりもない。そこに足を運ぶのは選択肢の一つだな。
その後も、いくつか質問をしてみたが、目ぼしい情報が増えることはなかった。やはりカバネという土地を調べてみるしかないか。ちょっと、嫌な予感もするが、虎穴に入らずんば、なんとやらだ。
「お話、ありがとうございました。まずはカバネという土地へ向かってみようと思います」
「ああ、頑張ってくれ」
そう言う当主の顔は無表情で、労いの気持ちなんか伝わってこない。かと思えば、わざとらしい薄ら笑いを浮かべる。不気味な男だ。
当主との話し合いが終わってから、俺は部屋を後にした。そうして早速、カバネの地へ向かうために屋敷を出る。門を通るときに、門番のリキドウジが嫌みったらしく鼻を鳴らす。つまらないことをするね。それで彼の気が晴れるなら、別に良いさ。わざわざ相手をしてやる必要もない。
屋敷から出て、少し離れたところで、一匹の玉虫が俺の肩に止まった。こいつは、ハクさんの部屋に居たものだろうか? 不思議に思っていると、玉虫からハクさんの声がした。
「シラカミさん。聞こえていますか?」
「ハクさんですか? これは、使役術か。驚いたな。このような術を使えるとは……これも、あやかしの影響でしょうか?」
「いえ、これは練習して、最近身に付けたのです。ずっと部屋に居ても、常に調べものを進められるというわけでもありませんからね。いつも何かはしていたいもので、玉虫に念を送り続けているうちに、こうして操作する術を身に付けたと、そういうわけですよ。しかも、こうやって玉虫を介して近くの者に念話も送れます」
簡単に言うものだな。使役術とは、山伏や陰陽師が使う術の中でも、相当に高度な術だというのに、それを何かしていたい、という気持ちだけで身に付けたとは。彼女は、そういう術にかけては天才なのかもしれない。素直に驚かされた。
「しかし、何故。玉虫を俺に飛ばしてきたんですか?」
「私の視点からでも、何か気付けることはあるかもしれません。私も、できることはしたい。常に何かはしていたいから、私の分身を、この玉虫をつれていってください」
ハクさんの強い思いは、しっかりと伝わってくる。それに、ほんの少しの付き合いだけど、彼女が非常に優秀なことも分かった。玉虫を、連れていく程度なら問題も起きないだろう。それなら、俺からの返事は決まっている。
「分かりました。カバネの地へ玉虫の同行を、許可します」
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