8話 厄災顕現
厄災魔獣とは、この世界において『終焉』を象徴する自然災害の一つである。
その巨体が移動するだけでも都市が消滅し、小国は滅ぶ。
厄災魔獣バーモットは厄災魔獣の中でも比較的温厚な性格である。
人類史にて観測された中では、積極的に人里を襲った記録は存在しない。
……今日この日までは。
《若の敵討と行こうか》
†
今日はツイてない。
昔は良かった。
魔族を狩ったり、魔物を狩っていればチヤホヤされた。
王都でも顔が効いた。
そんな俺が今ではこんな辺鄙な場所で雑魚狩り依頼に縋り、日銭を稼いでいる。
それもこれも国がお子ちゃま魔王に敗戦したからだ。
どこもかしこも魔王が怖くて依頼をよこさなくなった。
傭兵稼業も商売あがったりである。
俺の相棒が鈍っちまうぜ。
今日は気晴らしに拠点の一つである『魔族狩りの隠れ里』へやってきていた。
ここなら今でも同じような奴らが沢山居座っている。
もはやまともな人間なんてここにいる連中くらいだ。
皆魔王に頭をやられちまった。
今日も楽しそうにみんなが遊んでいる。
標的は俺が少し前に売り払った魔族のガキらしい。
珍しい『変身魔法』を使う魔族だったから覚えている。
しかも、びっくりする事にコイツの親父は人間だった。
魔族と人間のハーフ。
それが実在した事に心底気分が悪くなったものだ。
そんな人類の汚点を綺麗に処理したわけだが……あれは楽しかった。
普段は魔物討伐傭兵なんて泥臭い仕事をこそこそやっている。
そんな折に依頼された『人類の裏切り者』処理だ。
世のため、人のため、やる価値のある立派な仕事だ。
小さい頃に憧れ勇者になった気分だった。
だからあのガキにも感謝している。
あれから国境の散歩が習慣化した。
今も趣味と実益をかねて魔族を狩っている。
流石にただ魔族を駆除しても満足できねぇ。
いろんな魔法が見れて面白くはあるがな。
また、あんな仕事来ねぇかな?
今ならいくら払ってでもやりたいね。
「おい、里長。俺にも石くれよ。切れ味いいやつ」
「良いが、アレは里の共有財産だ。外部の人間が傷を付けるなら、多めに払ってもらわんとな」
金をせびってきやがった。
ガメツイ爺さんである。
閉鎖的な隠れ里 特有の暗く濁った瞳だ。
コイツにとって、散々通ってやってる俺すらよそ者らしい。
まあそれだけ閉鎖的だから、国の影響を受けずに済んでるわけだが。
「いやいや、あれ持ってきたの俺だぜ。少しくらいサービスしてくれ
『マジックハンド』
はぁ? なんだ、襲撃か?
ナニカに村人達が吹き飛ばされ、怪我人もいくらか出ている。
家屋も半壊しているな。
酷いことしやがる。
巨大な手?が地面を抉り取ったような跡がある。
これは魔族の仕業だな。
魔族ってのは、なんの罪もない村人だろうと見境なく襲ってくる人型の魔物だ。
しかもこの感じかなり特殊な個体だろう。
人助けと行こうじゃないか。
あのケチな里長が謝礼をくれるとは思えないが、人を助けるのに理由なんて必要ないしな。
今日もガッツリ徳を稼ごうじゃないか。
俺は村を飛び出し、襲撃者の後を追った。
あいつの魔力はさっき見えた。
魔法使い初心者の俺でも、この距離なら追跡できるだろう。
まぬけな魔王が垂れ流している魔法講義様々である。
まあ、まだ魔力の探知と簡単な魔法がちょろっと使えるだけだが……
ここで試してみるか?
「楽しくなってきたねぇ」
この選択が俺の人生最大の過ちだった。
†
「なんだこれは?」
男は殺した子供がチリとなって消えて行く様子に動揺する。
この現象はこれまで殺してきた『魔物』とも『魔族』とも異なる。
男はとてつもなく嫌な予感がした。
彼を30年生かし続けた勘が今すぐ逃げろと告げている。
即断即決。
男は全速力でその場を蹴る。
しかし、その判断は既に無意味だった。
《若の敵討と行こうか》
「なんだ!?」
山が崩れ、森が弾け飛び、地面は割れる。
空間を押し広げるかのように、突然巻き起こった風邪が男を数メートル吹き飛ばす。
直後、世界がひっくり返るような轟音が男の身体を貫いた。
「ガハァ」
男はたまらず胸から全てを吐き出す。
先ほど喰らった魔法と合わさり、彼の世界はクルクル回っている。
「厄災……まじゅうだと」
視界の全てを覆う黒い壁。
その全てから強力な魔力を感じる。
とてつもなく巨大な身体を持つ魔物の中の王、厄災魔獣がそこにいた。
『あのガキ、こんな化け物と繋がってやがったのか?』
揺れが収まり、男は這いつくばりながら必死に空気を掻き集める。
しかし、破れた袋に物は詰められない。
男は咳き込み吐血する。
『なんでこうなった?』
彼の人生はあの日狂ってしまった。
3日で人類を手中に収めた『魔王マギ』。
「クソクソクソ、ふざけるなよ!」
男は穴の空いた喉から絶叫する。
それが痛みを訴える言葉なのか、何かを罵る言葉なのか、もはや理解できる生き物は周囲に存在しない。
大地の厄災 バーモット
一部地域では大地の女神と讃えられる厄災魔獣だ。
完全顕現した彼女の体からは、彼女固有の『変神魔法』が常に溢れ出している。
それは大地を自由に操り、命を大地へ回帰させる。
つまり、彼女がこの場に出てきた瞬間、この土地の生物は死滅し、大地は豊穣の季節を迎えたのである。
「ママ、綺麗」
《良いだろこれ、綺麗な花が咲き放題だ。全員アタシのダチだ。あ、村の連中も仇くんも死んじゃってる!久々に全力でおめかししたのに!バカ、よわよわ、腰抜け人間!!》
少女は呆然とした。
そして、それを理解した時、自然と涙が流れた。
もう大丈夫。
「そう、全部終わったんだね。地獄はもうないんだね。ママ、ありがとう。うう、ありがとうママ……」
《べ、別にお礼なんていらないが?若の仇ついでにアンタの仇?も取っただけだよ。泣くのは良いけど、振り落とされるんじゃないよ》
厄災魔獣は惰弱な生命が嫌いである。
そして、同時に大好きである。
しかし、彼女の愛に耐えられる生物は少ない。
生き物が愛に耐えるまで進化する前に、世界が耐えられなかった。
故に彼女は厄災魔獣として、この世界へやってきた。
そんな彼女は最近充実している。
彼女の愛を受け止められる存在が2人もこの世界に存在する。
あの姉弟がいる限り、彼女が世界の破壊者となることはもうない。
そして、今日もう1人守るべき存在が増えた。
《……ちゃんと掴まっておくんだよ。不完全燃焼だけど帰るかね。若の元へ》
「え?ママ。若はもう」
バモは少しモヤモヤしたまま、ボス達の待っている家へ歩みを進めた。
【 バモ? 】
《くべっ!》
「きゃあああ」
厄災の巨体は上空から落ちてきた何かによって地面に叩きつけられる。
落ちてきたナニカとは、『光の槍』だった。
その槍が厄災魔獣を昆虫標本の虫のように彼女の巨体を地面に貼り付けていた。
【 バモ、約束。守れない? 】
その声は空から聞こえてきた。
空が喋っている。
そんなはずはない。ありえない。
空には変わらず "天空紋" だけが浮かんでいる。
そのはずだった。
その "天空紋" が開き、何かがゆっくりと降りてくる。
それは少女の形をしていた。
厄災魔獣バーモットにとって、それはよく知る存在だった。
《げぇええ、ボス。なんで!?》
「ママ?」
地面に貼り付けられたバーモットは逃げようともがくが、彼女に刺さった光の槍はピクリとも動かない。
《わるい、アタシ死んだわ》
「ママぁ!?」
次の瞬間、厄災魔獣バーモットは光の粒子となって消滅した。
その衝撃で子供も気を失ってしまった。
「ん?まま?バモの子?」
魔王は消えたバーモットに寄り添うように気絶している子供を見つけた。
そして、少し悩むような仕草をする。
「連れてく?……連れてく」
魔王は悩みの末、手に持った光の槍を子供に突き刺した。
子供も厄災と同じく光の粒子となり、消えてしまう。
それを見届けた後、魔王は満足そうに帰って行った。
後に残ったのは、都市を丸ごと包める規模の花畑だけだった。
†
厄災魔獣バーモット 『顕現時間30秒』。
魔族と人間双方に被害はなし。
被害規模は中規模の森一つ程度。
人里のない場所に現れたことが幸いした。
現場は早急に駆けつけた『魔王』により、対処された。
厄災魔獣バーモットは過去にも『魔王』によって処理されている。
しかし、今回の再顕現により、再生能力を持つことが判明。
厄災魔獣の中でも最も硬く重い怪物がまだ力を隠していたことが判明し、人類国家は驚愕した。
そんな怪物を唯一対処できる怪物『魔王』。
人々は一層魔王を排除できなくなったのであった。
新しい魔王が生まれてから達成された2度目の奇跡。
一般市民の反応は大変好意的であった。
ただの一般市民にとっては、魔族なんて魔法が少し得意な隣人でしかない。
いつも楽しそうに語りかけてくる『
既にこの世界の魔族と人間の違いは大した物ではなくなっていた。
娯楽の少ないこの世界で、『魔法』を教えてくれる彼女は憧れの存在である。
そして、強くて可愛い隣国の英雄。
若者達の間では彼女のことは、こう呼んでいる。
『
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■ 次回
お姉ちゃんのお説教
■ 『変神魔法』とは
厄災魔獣が元の世界を滅ぼした時、現地の神を経験値として取り込んだ事によって習得した魔法。
神が敷いた世界の法則を変更する魔法。
術者の特性によって効果が異なる。
バーモットの場合、大地に関するあらゆる現象を自由自在に操れる。
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