ファンシースター

九里須 大

第0話 プロローグ

 そこにあるのに、届かない。

 それに出会うと、ある者は無性に好奇心や探究心が湧いてしまう。完璧を求める学者たちなどがそうだ。

 何度も挑戦した。

 数学的、天文学的。実際に宇宙そらへ飛んだこともあった。

 そして、何度も挫折した。

 二つの太陽は、夜明けと共に現れ、夕暮れに沈む。だがアレは、昼夜関係なくそこに存在する。


 アダマ・カレトス。


 空に浮かぶ、あの星の名前。

 記されていたのは、この世界で最も古いとされる書物。紙の製造技術が無かったはずの時代に存在した歴史書だ。それが本物で真実ならば、人類は一度滅び、この地で再び誕生した。


 イヴァナ・ノアンナ。


 人類が新たに誕生した、この星の名前。

 いつか導く者が現れて、我々はアダマ・カレトスへ戻るだろう。と、その書物の作者は告げている。


 ただの空想だと思う者は多い。

 研究を続ける学者たちは、進展が無くても、それが自身の責務だと信じて、每日寝る間を惜しんで奮闘している。

 しかしそれは、ごく一部の者たちだけだ。

 ここに集まる学生たちには関係ない。

 彼らは卒業課題のことで頭がいっぱいで、クラス対抗レースの勝利のため、最終チェックをしている。



 レース開始1時間前。

 あるピットのひとりが、ようやく異変に気がついた。


「アロンがいないぞ」

 クラス長の少年。

 彼の声を聞いて、みんなが辺りを見回し始めた。

 誰か見てないか。いつからいない。お前、一緒じゃなかったのか。

 言葉が飛び交う。

 結論。

 メインライダーのアロンは、学校を出発するとき、いや、そもそも集合時間に来ていない。

 最悪の事態だ。

 アロンは遅刻の常習犯だ。

「あれだけ念押ししたのに・・・・」

 クラス長は外に飛び出し振り返る。見上げた視線の先は観覧席。

 学生や一般客であふれかえっている。なかには、このイベントを名目に、酒盛りで盛り上がっている連中もいる。

 クラス長は目当ての人物を探す。

 ・・・・いた。

 最上階。

 仲の良い友達と座っている。大声で名前を読んで手を振るが、果たして気づいてくれるのか。


「ねえ、クラス長が手を振ってるよ。あなたを呼んでるんじゃない?」

 となりの友達。

「え?」

 となりの彼女も下を見る。

 嫌な予感がした。

 立ち上がり、急いで通路の階段を降りる。


「アロンがいない。多分寝坊だ」

 クラス長。

「ええ〜。こんな大事な時にぃ〜」

 怒る彼女。

 不謹慎だと思いつつ、彼女の怒り顔に胸がざわつくクラス長。


 長くて艶のある黒髪。端正な顔立ち。同級生とは思えない妖艶さ。これで性格が良いのだから、文句のつけようが無い。

 ソフィー・オツカ。

 この第7辺境区で一番の美少女だ。


「アイツ、携帯端末持ってないからさ、起こしてくれないか?」

「分かった。迷惑かけてゴメンね。すぐに呼ぶから・・・・」

 階段通路を駆け上がる。


 ああ。俺も彼女に叩き起こされたい・・・・


 頬を何度も叩く。

 いかんいかん。


 クラス長が妄想から帰還した。


 予想はしていたが、名前を呼ばれた。

「やっぱり、僕ですよねぇ」

 サブライダーの青年。

「レースが終わるまでには必ず来る、と信じて走ってくれ」

 クラス長。

「アロン用のチューニングだから、僕にはピーキー過ぎてムリなんですけどぉ~」

 今にも泣きそうなサブライダーの青年。


 場内アナウンスが流れる。

 レース開始前のテスト走行の案内だ。決められた時間だけ、全長約8キロのコースを走ることが出来る。これでマシンの出来具合の確認と、最終調整を行う。


「おやおや、おや?」

 ピットの外から声がした。

 今一番会いたくない奴。

 学校イチの優等生で、アロンをライバル視している男。

 Aクラスのライダー、ケインズ・マキュリ。

 通称ケイ。


「アロンが見当たらないようだけど、何かあったのかなぁ」

 クラス全員が無視をする。

「さては、僕に負けるのが嫌で、逃げてしまったか。ま、仕方ないよな」


 お前、アロンに勝てると思っているのか?


 クラス全員が思ったが、口には出さない。今必要なのは、サブライダーのためにマシンを調整すること。


「アロンがいないんじゃぁ、このレースは楽勝だな。軽く流して楽しむとするか。じゃ、みんなも楽しんでね」

 ウインクして立ち去るケイ。

 性格は最悪だが、顔立ちが良いのでポーズが決まっている。


 泣きそうな顔でマシンに乗るサブライダーの青年。

 気持ちは分かるが、他に選択肢がない。

 Gクラスの皆に出来るのは、彼の安全を願うことだけだった。




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