第21話 「上京ファーストナイト」
夜の帳がゆっくりと落ち、書斎の窓から覗く街の灯りが静かに揺れていた。
中西は、手元に置かれた一枚の古い写真に指を滑らせた。写真の中には、まだ少年の面影を残した自分が、大学の入学式のスーツに身を包み、不安げな表情で立っていた。
ユースがそっと光を揺らし、静かに声をかける。
「中西様。教育支援プログラムの一環として、大学入学初夜の記憶を再現しますか?」
中西は微笑を浮かべ、少し遠い目をして頷いた。
「ああ。あの夜は、俺の中で特別だからな。頼む」
ユースがホログラムを展開すると、書斎の空間は一瞬で、古びたワンルームアパートの一室へと変わった。
カーテンは安物で薄く、隙間から滲む街の光が床に長い影を落とす。段ボール箱がいくつも積まれ、机の上にはコンビニの袋と、使いかけのボールペン。静寂が、耳に痛いほどの存在感を持っていた。
その中に、18歳の中西が座り込んでいた。
小さなベッドに腰掛け、手を組んで俯き、何度も深呼吸を繰り返す。
「……こんな静けさ、初めてだな」
声を出してみるが、誰も応えてくれない。両親の声も、地元の友人たちの笑い声も、この部屋には届かない。スマートフォンを取り出し、画面を点ける。連絡先に並ぶ名前を眺め、けれど通話ボタンには指が届かない。
「……迷惑かな」
ユースが淡い光を揺らし、静かにデータ解析を始める。
「感情エコー解析中……中西様、孤独指数85%。心拍数上昇、呼吸やや乱れ、声の震えを検出」
中西は苦笑いを浮かべた。
「数字で言われると、なんだか心まで解析される気分だな」
ユースが問いを投げる。
「孤独は、若さの証ですか?」
中西はゆっくりと顔を上げ、ホログラムの中に再現された若き自分を見つめた。
「……ああ、そうかもしれないな。若いからこそ、初めての一人の夜に耐えきれない。誰かと繋がりたくて、でも繋がれなくて、心がざわざわして……。その感覚は、歳を重ねた今とは違う、特別な痛みだった」
その頃の中西が、小さなノートを開き、震える手で「明日は少し外に出てみる」と書きつける。ペン先が紙に引っかかる音だけが、部屋に響いた。
ユースがログを保存する。
ログNo.021:「孤独は若い証。空白は可能性」
中西は今の自分のノートを開き、そっとペンを走らせた。
「あの夜の孤独に震えた自分が、今の自分を支えている」
ユースが問いかける。
「中西様、今でも孤独を感じることはありますか?」
中西は窓の外を見つめ、街の灯りを遠くに眺めながら、静かに答えた。
「ああ。孤独は、歳を重ねても消えない。だけど、あの夜を思い出すたびに、自分を見失わないようにって思えるんだ」
窓の外で、夜風が揺れるカーテンをそっと撫で、街の遠くから電車の音がかすかに届いた。
中西とユースは、夜の静けさの中に寄り添い、あの初めての夜に響いた孤独と、そこに宿る可能性の音を静かに聞いていた。
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