第4話 「初恋アーカイブ」

書斎の窓から、夕陽がゆっくりと差し込む。

中西は、机の上に手を置いたまま、ぼんやりと外の空を眺めていた。


ユースが静かに近づき、ホログラムの光が淡く揺らいだ。

「中西様。少し、よろしいでしょうか」


中西は、顔を向ける。ユースの声はどこか優しげで、普段よりも柔らかかった。

「記憶サブプログラムにより、保存データの整理を行いました。その中に……おそらく、大切な記憶が見つかりました」


中西の眉がわずかに動いた。


「大切な記憶?」


ユースは小さく頷く。

「……“初恋”です」


中西は一瞬、目を瞬かせた。

そして、かすかな笑みを浮かべると、机の奥の引き出しを開けた。

長年手を触れなかった古い木箱を取り出し、その中から小さな封筒を取り出す。


「……懐かしいな。これを取り出す日が、また来るとはな」


封筒の中には、黄ばんだ便箋。折り目はやわらかく、けれどしっかりと形を保っていた。

中西は、そっと便箋を開き、指で文字をなぞる。


「これは、俺が13歳のとき……初めて誰かに、想いを伝えようとした手紙だ」


ユースが、記録を開始する。ホログラムが柔らかい橙色に変わり、周囲に詩のような文字が浮かぶ。

中西は、便箋の文字をゆっくりと読み上げた。


「放課後、君が笑ったのを見て、心臓がどくんと鳴った。何を言えばいいのかわからなくて、ただ立ち尽くしていた。

でも、君の笑顔を見たとき、世界が少しだけ明るく見えた。あの気持ちは、たぶん、初恋だった。」


読み終えると、ふっと息を吐いた。


「……結局、この手紙は渡せなかったんだ。机の奥にしまい込んだまま、こうして時間だけが過ぎた」


ユースはそっと問いかける。

「なぜ、渡さなかったのですか?」


中西は、苦笑しながら答えた。

「……怖かったんだよ。断られるのが、笑われるのが、嫌われるのが……。

自分の気持ちを伝えることが、あんなにも勇気のいることだなんて、知らなかった」


窓の外、夕陽が少しずつ群青に溶け込んでいく。

中西は、ふと窓辺に立ち、空を見上げた。


「あの頃の俺は、自分の気持ちを言葉にするのが怖かった。

でも、今思えば、あの『伝えられなかった気持ち』も、俺の心のどこかに残ってるんだよな」


ユースのホログラムが、柔らかい光を放つ。


ログNo.004:「伝えられなかった想いも、心に宿る青春」


「……中西様、そのとき、その人に会えていたら、何を伝えたかったですか?」


中西は小さく笑い、便箋をそっと閉じた。


「『ありがとう』って言うかな。君の笑顔が、あのときの俺を救ってくれた、って」


窓の外に夜の帳が降り、書斎の中が淡い橙色に包まれた。

中西は、ペンを取り、ノートに一行を書きつける。


「言葉にできなかった気持ちも、心に灯る青春の証」


ユースが静かに傍らに立ち、最後にそっと問いかけた。


「青春とは、言葉にならなかった想いの記憶でもあるのですか?」


中西は、ゆっくりと頷き、遠くの空を見つめた。


「ああ。言葉にできなかったあの日の気持ちも、間違いなく俺の青春だった」


そして、夜の静寂に包まれながら、中西とユースは、それぞれの心に灯る“初恋”の記憶に、そっと寄り添った。

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