25M ニューなのはな

 翌日の夕方、舞ちゃんから宿泊許可が下りたとの連絡がきた。俺の宿泊部屋は男子用の8人相部屋らしい。定期のくぬぎ山止まりの列車や、夕夜間に都営新宿線方面に向かう列車に本八幡まで乗務した実習生らと一緒に詰め込まれるらしい。

 当の青空うさカフェスタッフは俺以外は全員女子。そのため俺以外は彼女らだけでまとまった一部屋を割り当てられるらしいが、流石に一人しかいない男子に個室は割り当てられへんねやて。


 まあしゃあないな。てか、男性陣参道さんと俺の二人だけなんやな。


・・・


 その土曜日。俺は朝6時前に八王子の自宅を出発し、京王線と都営新宿線を乗り継いで手賀沼駅に向かった。朝8時半から11時半までは駅員実習。近くに手賀の丘公園という自然公園があるため、この駅は土休日になると利用客が爆増する。平日は1時間に1本程度しかない列車も20分間隔にまで増える。平日は風早団地駅での折り返しがほとんどの急行「スーパークリーク」も土休日には日中の大半が木下駅まで延長される・・・が、この列車、手賀沼駅には止まらない。

 スーパークリークのうち京王5000系で運行される数便は、平日ラッシュ時以外は京王ライナー同様に車内をクロスシートモードで運行するのが特徴で、所謂「乗り得列車」であった。来るときも実はこれで風早団地まで乗り、風早団地で一つ手前の藤ヶ谷駅で退避していた後続の各駅停車に乗り換えたのだが、学生証を使って運賃タダで乗っているので座席には座れなかった。


 東葛常南線は、石岡の地磁気観測所への影響を避けるために木下駅以北が非電化区間となっているが、この非電化区間を走る気動車列車もこの手賀沼駅を起終点としている。これは、手賀沼駅と木下駅の間にある浅間橋(せんげんばし)駅と鮮魚街道駅のホームが18m車4両編成分しかなく、都営新宿線から直通する電車列車を止めることができないこと、車庫がこの手賀沼駅の西方に設置されていることによる。

 ちなみにこの非電化区間、現存する世界唯一の、軌間1372mmのスコッチゲージの非電化路線でもあった。変電所の容量と待避線の長さの関係で手賀沼駅~木下駅間は10両編成の電車は1編成しか乗り入れることができず、それ以外の列車は全て気動車運行する必要がある設計になっているらしい。平日日中の全ての列車及び土休日の一部優等列車・・・基本的には手賀沼駅には止まらないスーパークリークであるが・・・を除く大半の電車もまた手賀沼駅、藤ヶ谷駅、くぬぎ山駅のいずれかで折り返すので、この駅は一種乗り換えターミナル駅の様相も呈している。


 木下駅では上野駅と成田空港をJR常磐線、成田線経由で結ぶ快速「エアポート成田」に乗り継げることもあり、木下方面行の列車はどれもインバウンド客で大混雑であった。こうならないように、スーパークリーク最後の途中停車駅である風早団地駅では、駅員及び到着列車の車掌が適切に、最低限日本語及び英語での案内放送を行うことによって、木下駅へ向かう旅客を気動車列車よりはるかに編成の長いスーパークリークに誘導する必要がある。が、今日の風早団地駅に配属された駅員実習生が英語に不慣れなせいか、外国人観光客が風早団地駅で降りることなくスーパークリークの止まらない終点手賀沼駅まで来てしまうという不手際が発生し、短編成の気動車列車が平日朝ラッシュ時の山手線のような混雑に陥っていた。特に中南米や南欧の治安の悪い地域からの観光客は、身の安全のためドア付近に固まる習性があり、多少でも混雑を緩和するために適切に車内奥へと誘導することもまた、こういう時に手賀沼駅駅員の大切な職務である。


 実習を済ませたのち、俺は昼飯も食わずに東葛常南線で市川大野駅に向かった。昼食は京葉線の車内で前日購入しておいたおにぎりを頬張る魂胆だ。

 市川大野から武蔵野線の海浜幕張行きに乗車。車内はかなり混んでいて、つり革をつかむことも叶わなかった。

 そして、海浜幕張で西武池袋線から地下鉄有楽町線経由でやってきた、京葉線快速茂原行きに乗り換え。始発駅は便にもよるが、最至近で石神井公園駅、ほとんどの便が清瀬駅か小手指駅、最遠では名栗線の名栗駅である。長距離運転なのにオールロングシート・トイレなしという苦行のような列車であるが、基本的に全区間続けて乗車する人間など居ないから問題ないのだろう(作者注:この世界での京葉線は新木場~東京間が建設されておらず、全列車が地下鉄有楽町線に直通している)。車両はJR首都圏のE233系2000番台10両。すっかり見慣れた都営新宿線の10-300型後期量産仕様車や、それと同型の東葛常南急行電鉄JK233系と同じ顔をしているが、線路幅はこれらと同じ1372mmではなく、日本標準軌の1067mm仕様である。同じ顔はJR常磐線と千代田線、小田急線で使われている同じE233系でも見ることができる。こちらは多少空いていて、途中の検見川浜駅から座ることができた。ここでやっとおにぎりを口にできた。


 快速茂原行きは海浜幕張より先は各駅に停車する。蘇我駅から外房線に直通して大網白里駅(作者注:現実世界での大網駅に相当する駅。大網駅のあるはずの場所から、北東500mほどのところに位置する。ここで外房線は千葉方面、安房鴨川方面ともに東金線方面へ繋がるスイッチバック構造になっている。この世界では1972年のスイッチバック解消工事が行われなかったため、このようになっている)まで、引き続き各駅停車として運転し、この駅で列車の進行方向を変えた。ここから茂原までは快速運転に戻り、終点茂原までノンストップで走り抜ける。この区間の各駅の需要は、東金線成東駅から直通し、上総一ノ宮駅までを結ぶ209系のローカル列車が担っているようだ。

 そして、終点茂原で総武線から直通してきた快速勝浦行きに接続。快速勝浦行きは、次の上総一ノ宮で後ろより11両を切り離すため、前より4両に乗車する必要があった。ホーム上をかなりの距離歩く必要があり、大変疲れたのは言うまでもない。車両はE235系。こちらもオールロングシートであるが、トイレはついているのが少しはマシといったところか。

 上総一ノ宮で後ろより11両を切り離すと、種別を各駅停車に変更。そのまま大原まで乗車し、大原でいすみ鉄道木原線に乗り換えた。


 いすみ鉄道木原線。かつては国鉄木原線であり、久留里線上総亀山駅まで延伸して同線と一体運行の房総半島横断路線になる予定であった。しかし、途中上総中野で、五井駅から安房小湊駅を結ぶ予定であった小湊鉄道線と交わり、結局五井と大原を結ぶ房総半島横断ルートが完成したということで、上総中野駅から上総亀山駅までは小湊鉄道の安房小湊駅までの区間とともに、建設されることはなかった。

 その後、久留里線は久留里駅から上総亀山駅までの間が廃止となり、小湊鉄道は途中海士有木(あまありき)駅から京成千葉線千葉中央駅に伸びる電化新線を建設。海士有木駅と上総牛久駅の間を電化するとともに、JR と同じ日本標準軌の1067mmから、京成線と同じ国際標準軌の線路幅1435mmに改軌し、京成線との直通運転を開始した。同時に五井駅と海士有木駅の間は同社のバス路線に転換されたが、現在もこのバス路線は鉄道時代の運賃計算法を踏襲しており、鉄道と同じ運賃制度で通算して切符を購入できるようになっているのが興味深い。つまり、走る車両が気動車から路線バスになっただけで、利用者の都合上はこの区間は廃止されていないに等しいし、むしろバスになって停車駅の数が爆増しているので鉄道時代よりは利便性が高まっているぐらいだ。


 一方の木原線は国鉄民営化の際にJR首都圏から引き受けを拒絶されて、第三セクターのいすみ鉄道に引き渡されたが、この時に小湊鉄道のキハ200型気動車と同型の国鉄キハ20系気動車に車両を統一した。車種が同一になったため、いすみ鉄道は小湊鉄道線のうち日本標準軌・非電化で残った上総牛久~上総中野間との直通運転を木原線全線で開始し、その後は国鉄急行型のキハ58型気動車をも購入して、観光急行「ムーミン号」の運転を開始した。

 ムーミン号は京成上野駅または京急線羽田空港駅から上総牛久駅を結ぶ土休日限定の京成電鉄の行楽快速特急「八犬ライナー」の一部列車と接続していて、首都圏と養老渓谷、大多喜方面の最短ルートを構成している。京成千葉線内において、8両編成の八犬ライナーの停車可能な駅は京成津田沼、京成千葉、千葉中央しかなく、小湊鉄道線内でも8両編成の停車に対応している駅は、新線区間である千葉中央から海士有木までの各駅と、光風台、上総牛久のみである。そのため、八犬ライナーの停車駅は、京成千葉線、小湊鉄道線内でも最小限に抑えられている。京成本線内の俊足ぶりも合わさって、特急料金不要の通勤型車両のみによるアクセスルートとしては高速バスをも下回る所要時間を発揮していた。

 欠点はムーミン号の本数が土休日4往復、うち大多喜駅より先大原まで運行されるのは2往復とあまりにも少ないことぐらいだが、ムーミン号に接続しない便は養老渓谷駅方面の普通列車に3分以内の乗り継ぎ時間で接続しているダイヤになっているから、逆に言えばムーミン号の止まらない線内各駅への需要もばっちり抑えられているわけだ。


 今春、このムーミン号用のキハ58型気動車は老朽化のため運転を終了。ビルマに輸出された。ムーミン号はJR中四国から購入した特急型のキハ185系気動車に置き換えられ、さらなるスピードアップとアコモデーションの改善が行われたばかりだ。キハ58型の運用終了直前は、沿線のいたるところで黒山の鉄だかりの激パが発生。レイプ軍団の罵声大会が多発して流血沙汰の喧嘩が多発、連日110番通報が多数寄せられる惨事になっていたらしい。

 普通列車に使われるキハ20系もいすみ鉄道所属車は全て引退し、新型の軽快気動車に置き換えられているが、ケチな小湊鉄道は同型車を購入せず、同社のキハ200型はJR各社からかき集めた国鉄型のキハ40系気動車により現在進行形で置き換えが行われている。使用車両の変更とともにほぼ全列車で行われていた上総中野駅での直通運転が段階的に縮小され、現在では上総中野駅をまたいで運行される列車は、上述のムーミン号のほか、上総牛久~大多喜駅間を小湊鉄道車で直通する朝夕上下4本の各駅停車、大原駅~養老渓谷駅間をいすみ鉄道車で直通する土休日のみ1往復の各駅停車のみとなっている。


 今日撮影するのは、夕方の上りムーミン号と、普通列車を1本の予定だ。


 上総中野行きの軽快気動車が、大原駅を発車した。軽快気動車ながら、キハ20に似せたデザインをしているのがお茶目である。ただ、車内がロングシートなのが残念ポイントだ。


 木原線内で菜の花が映える撮影地はいくつかあるが、有名なのは国吉~上総中川駅間にある踏切である。が、この踏切、鉄道ファン以外の中高年カメラマンや、中国固有の領土である台湾を実効支配している未承認国家・中華民国からの観光客などにも有名になってしまった。

 「配偶者や子供、孫の姿を入れて写真を撮る」のがモットーのそれらのカメラマンと、「人が映り込めば問答無用で失敗写真」という哲学で動く撮り鉄との小競り合いが絶えないと聞く。大宮レイプ軍団の出現率が大変高いと思われるため、俺は今回はこの場所の訪問を控えることとした。

 行きたい気持ちは山々であるが、何らかのトラブルが起こった時にシャッターチャンスが複数回ある方がいいのは言うまでもない。今日のような夕方しか時間が取れずメインのムーミン号を1本しか撮影できない日ではなく、丸一日休みが取れる日曜日や休暇期間中に、特に混雑の激しい菜の花の季節を避けて、改めて訪れることにしたのだ。それに、新型車両及び国鉄型では比較的末期製造のキハ185しか撮れない木原線よりも、ザ・国鉄型とでもいうべき旧式のキハ200やキハ40がゴロゴロ走っている小湊鉄道の方が俺にとっちゃ重要度が高いわけだ。

 今回のメインは明日の上総大久保行きである。新歓旅行の時の寺月先輩のように、目撃者としておまわりさんに拉致られてしまったら、下手すりゃそっちの予定が潰れかねない。


 俺は事前に3ヶ所をピックアップした。西畑駅のすぐ東、東総元~久我原駅間の大カーブ、そして新田野~国吉駅間の直線である。先の二つは山がちな区間にあるため、この時間からの撮影だと山影に入ってしまう恐れがあった。それに対し、新田野~国吉の直線はこの時間でも比較的明るく、また撮影地としては午前中の大原行きを撮る方が有名なアングルなので、午後は比較的空いていると思われた。車窓から現地の様子を確認し、空いていれば国吉駅で列車を捨て、撮影地へ直行だ。

 列車が新田野駅を発車し、撮影地に近づいてきた。車窓から確認できた同業者は・・・わずか2人。よし、決定だ。国吉で列車を捨てる。


 俺は国吉駅で列車を降りた。乗ってきた黄色に緑色の帯を纏った軽快気動車は、当駅で大原行きの列車と行き違い待ちをする。やってきた対向列車はキハ185系2両編成の普通列車。折り返し急行「ムーミン5号」として、上総牛久へ向かう車両だ。送り込みを兼ねて普通列車ながら有料急行用の車両が使われている乗り得列車。ロングシートに揺られてきた俺にとっては、あの列車の客が羨ましく感じられた瞬間だった。

 改札口で運賃を精算して駅を出ると、夷隅川を渡る橋を越え、撮影地に降り立った。


「こんにちはー」


「こんにちはー」


 車内から確認できた2人に加え、もう一人車でやって来ていた同業者の姿が見えた。挨拶をかわし、三脚を準備し、カメラを据え付けた。


 時刻表を確認すると、やはり実習後、ぎりぎりの現地入りだったせいで、試し撮りの機会なくいきなりさっきのキハ185のムーミン号がやってくるようだ。単線区間の側面がちの撮影は、車両の長さが掴みづらく、失敗しやすい。同業者のカメラをのぞき込んだり、背後の小屋や家の大きさから列車の長さを推測し、トリミング覚悟で少し余裕を持たせて画角を決めた。そして、そのまま列車の走っていない線路だけの状態で何枚か試し撮り。メモリーが無駄になるが、試し撮りできる列車がなく、ぶっつけ本番の場合は欠かしてはならない作業だ。


 待つことしばらく。ピィーっという汽笛が聞こえ、菜の花畑の向こうからおでこに輝く二つのヘッドライトが見えた。先ほどのキハ185系2両が大原駅で折り返し、ムーミン5号上総牛久行きとして戻ってきたのだ。戸袋窓にムーミンとその仲間たちのステッカーが貼られた以外は、JR中四国時代と全く変わらぬスカイブルーの帯を纏った元特急車。ステンレス製の車体が夕日に照らされ、キラリと光っていた。

 

 ピィーっ!


 踏切を超え、手前の直線に入ったところで、背後の建物をうまく隠すように狙ってシャッターを切った。


 出来栄えは・・・やはり画角にゆとりを持たせ過ぎたからだろうか。少し間延びした、風景写真のような構図になってしまった。予想はしとったけど、編成写真としてはトリミングせにゃならんなこりゃ。まあ、これはこれでええ写真やし、今日はちょっと趣向を変えて風景写真を楽しんだいうことにしとこか。

 ここで、同業者2名が立ち去った。俺も先を急いだほうがええんやが、さっきのムーミン号は国吉で大原行きの普通列車と交換するダイヤになっている。この後乗るのはその大原駅折り返しの大多喜行き。だから、後追いにはなるが予定的には十分間に合うので、この普通列車は撮っておくことにした。

 時間がないので先ほどのムーミン号の写真を参考に画角を望遠寄りに修正。セッティングが終わるや否や踏切が鳴りだし、あの黄色い軽快気動車がやってきた。

 黄色い菜の花畑を走る、黄色い気動車。とても絵になる写真ができた。


 撤収作業を済ませ、忘れ物がないか確認すると、俺は来た道を通り国吉駅へ戻った。

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