4番線 国吉・くぬぎ山・養老渓谷・上総大久保方面

23M アレグラ

 その週が終わると、時間割が本格的に確定し、実習と授業が始まった。


 が、基礎工学科は運輸科と異なり、1年生の1学期時点では実習科目数はまだ少なく、むしろ技術系の各実技科目や数学、物理学、電気理論などなど、クラス内のある程度の人数がまとまって取る科目が大半を占めていた。

 俺自身、車掌実習は来年度以降に回すことにして、駅員実習を火曜日と土曜日に東葛常南急行電鉄、それぞれ藤ヶ谷駅で1時間と手賀沼駅で3時間を入れただけだった。したがって、火曜日と土曜日のみ、京王線と都営新宿線を延々と乗り継いで千葉へ行く必要が生じたが、それ以外の曜日は基本的に津久井のキャンパスで座学か技術系の実技科目を受けるだけという毎日になった。

 それにしても、週6日も学校に行かなければならない、というのはちょっときついものがある。撮り鉄活動ができるのは、基本的に日曜日と、土曜日の午後実習が終わった後だけだった。まあ、手賀沼まで行ってしまえば木下から成田線に乗り換えて、しょっちゅう房総方面や常磐線方面に遠征できるのはありがたい話だ。モノサクとか、下総松崎(まんざき)とか、房総は撮り鉄スポットの宝庫。行きたいところは山ほどあった。


 結局、部室を持たない鉄道写真部は日ごろの活動なんてものはなく、完全個人プレイの部活だった。陰キャには変な人間関係に惑わされないからいいか。先輩方の名前も、一緒に長瀞に行った人たち以外は把握していない。新入生は俺と重岡、そして別の日程で新歓旅行に参加した運輸科の飯山満(いいやま・みつる)と舞木三春(もうぎ・みつはる)、そして基礎工学科の下館新治(しもだて・しんじ)の3名が入部したらしいが、当然顔合わせなんてしていない。どんな奴かも知らへん。


 ただ、部室はないものの倉庫はあり、鍵の暗証番号も教えてもらった。中にあるカメラや三脚、メモリーカードなどは自由に使える。そして、この倉庫に自分の所有する撮影機材を共用備品として提供した場合、レンタル料として月100円から10000円までの部費が戻ってくる。値段は提供する物品の原価によるようだ。

 流石にメインのカメラは自分専用で使いたいが、予備のバカチョンは提供してもいいだろう。毎回使うわけでもないし、最悪iPhoneがある。ということで、俺は予備のバカチョンを共有備品として提供し、矢岳部長と寺月先輩に備品提供の申請をした。結果は月500円のキャッシュバックだった。


 さて、自宅生である俺は弁当持参組であったため、昼休みに食堂へ行くという機会がなかった。そういう自宅生の場合、普通なら部室へ行って弁当・・・とか、先輩方の場合は彼氏彼女で中庭のベンチでイチャイチャしながら食べる・・・とかいうのが一般的だったが、俺の場合は部室はないし、陰キャゆえに入学早々彼女を作るなんて絶対無理だった。必然的に、昼休み直前の授業が行われていた教室に残り、そこで食事をするか、先に午後一番の授業が行われる教室に移動してそこで食べるか・・・という二択になった。結局のところ実習のある日以外はクラスの他の連中と行動を共にすることが多い基礎工学科であるがゆえに、昼休みに食堂に行かない弁当組かつ所属する部活や委員会に部室がない陰キャ部組という二つの条件を併せ持つ連中で顔を合わせる機会が多くなった。

 で、俺の場合それがインドネシア人留学生のジョコ・レローノと、オカルト科学研究同好会とかいう新しい部活の“創設”を試みて部員募集に励んでいる黒川はるひ(くろかわ-)だった。


 黒川は川崎市麻生区から小田急多摩線と京王相模原線を乗り継いで電車通学。で、実質部員募集中で部活動自体出来ていないし、部室もない以上こうやって教室で弁当を食べるしかなかったようだ。どうやら、「幽霊も宇宙人もポルターガイストも、世界のあらゆるオカルト現象は科学的に証明可能な事象の組み合わせである」という思想の持ち主らしく、そのためにオカルト現象を実際に観察、記録して科学的分析を試みる・・・という、いろんな意味で荒唐無稽な活動がしたいらしい。すでにあるオカルト研究会自体が実際にオカルト現象を観察できた例さえないという現状で、観察、記録、分析まで行わなければ部としての活動が成立しえないオカルト科学研究同好会に活動実績を期待して入部を志す生徒などいるはずもなかった。

 では、科学部やオカルト研究部といった既存の部活でそんな活動ができるかと言えばそんなはずもない。そもそも、彼女はオカルトを信じていないからこそオカルト現象は科学で証明できると豪語しているわけで、オカルト研究部の部員からは忌み嫌われる存在であることに変わりはなかった。では、科学部はというと、それも無理らしいのだ。

 彼女は中学時代は科学部に所属していた。そして、そこで「オカルト現象を科学的に解明する」という活動を始めたらしい。しかし、他の科学部員や顧問から、「オカルト現象などという実在しないものを研究するのは馬鹿げている。科学部員としての本分を忘れたのか。目を覚ませ」と袋叩きに遭ったそうだ。無論、彼女の理屈では「オカルトなど存在しないことを証明するために、巷で噂されているオカルト現象を科学で説明して、そのオカルト性を真っ向から否定するのが目的だ。科学的に考えて実在しないものが実在しないことを証明する活動だから、科学部の活動方針ともつろくするし、馬鹿げてもいない。むしろ未だに非科学的なオカルトなんてものを信じている魔女みたいな連中の目を覚まさせるために、こういった活動は誰かがやらなきゃいけない」ということだった。しかし、そう反論した暁に待っていたのは、部内での村八分とクラスまで巻き込んだいじめだったらしい。


「読解力のない人間って本当に癪に障る。私は“オカルトが実在する”なんて一言も言っていない。むしろ逆でしょ。“オカルトが実在しない”という科学の正しさを実証するためには、一見科学に矛盾すると思われる、これまでに報告されたオカルト現象すべてを科学的に説明して、くだらない霊魂や悪霊といった存在が介在していないことを証明することが不可欠だよね?それなのに、ああいう連中は“オカルト”という言葉を出しただけで“非科学的だ”と叩きに来る。私はちゃんと“オカルトは実在しないから、科学で説明できる”って言ってるのに。人の話を最後まで聞かないで、単語だけを聞きかじって、連想ゲームのように勝手に相手が言ってもいないことを妄想して、その妄想を根拠に私に対する悪意ある印象を勝手に頭の中で拵えて、メンヘラの烙印を押して叩くんだよ。どんだけ姑息なのよ。これやられたらまともな話し合いも議論もあったもんじゃない。理屈が通じないんだから。それこそ非科学的な感情論でしょ。何か言えば言葉尻を捉えて、言ってもいないことを言ったと決めつけられて、言っていないと反論すれば見苦しい言い訳するなとか平気で噓をつくとか言われるわけ。で、そういう時にあいつらは口癖みたいに“それってあなたの感想ですよね”“はい論破”って繰り返して、集団で攻撃しに来るの。で、多数決で俺たちが正しいとか言うわけよ。科学に多数決ってありえないでしょ?多数決で論文査読するの?あんなプリミティブな奴らにだけは負けたくない。絶対オカルトは存在しないって証明してやりたい」


 彼女は連日そう憤っていたが、残念ながら俺は鉄道写真一筋。オカルトにも科学にも関わっている暇はなかったので、彼女の誘いは丁重にお断りした。


 ジョコはというと、なんとこいつは青根の家族寮に住む寮生だった。弁当は毎朝、生徒でも職員でもないが家族として一緒に入寮させてもらっている奥さんが作ってくれるらしい。つまり、既婚者。見た目は俺たちと同い年ぐらいに見えたが、すでに二人の子供がいて、年齢も俺たちより一回り以上年上だった。一応このクラスに在籍はしているが、インドネシアで勤務している国鉄系の保線工事会社の研修目的で来日・入学しているらしく、学費はすべて会社持ち。授業時間は勤務時間扱いで給与が発生しているという。科目履修生という扱いで、一部の授業は研修に無関係として履修免除されているらしく、英語や数学などの基礎科目の時間に毎回のようにいないのはそのせいだったらしい。その時間は俺たちが2年生以降で履修予定の科目を先んじて履修するのだとか。そのため、俺たちのわずか半分という2年半の在学期間で卒業予定だという。グモ太郎さんの奥さんの在学期間である3年にも満たないわけだ。


「インドネシア、今、線路、上、電線、つける、たくさんしてます。ディーゼル、なくなるしますして、電気の電車、走るします。電気、保線、する、働くする人、足りないです。私、日本語、すこし、できるするね。日本語、できるする人、会社、選ぶするして、日本、行くするさせて、電気、保線、勉強、させるする。インドネシア、電気、保線、できるする人、すごくすこし、だけ、いる、します。電気、走るする電車、ジャカルタ、しか、ある、しません。だから、電気、保線、できるする人、増えるする、させるする、これ、大事」


 要は、ようやく幹線の電化工事が進んできて、電力系の保線ができる人材が国内にいないので、すでに雇っている日本語ができる人材をここ八洲高専に科目履修生として送り込み、リスキリングさせとるいうわけやな。


「でも、奥さん毎日大変ちゃいます?・・・寮だったら食堂もあるし、キッチンあらへんし・・・どうやって料理してるんです?」


「私、住むする寮、結婚、する、してる人、寮です。結婚する、してる人、寮、台所、あります。交代、使うする、できます。だから、奥さん、台所、使うする、料理する、毎日、します。奥さん、私、転勤、決まるする、時、八王子、ある、マスジド・・・モスクのことですね、電話、かけるする、しました。今、新宿、ある、ハラルする、お店、マスジドに、紹介する、してもらう、して、アルバイト、する、してます。お店、余った材料、貰うする、して、家で、食べるする、ご飯、お昼、持って行くするご飯、貰うする、持って、帰るする、料理する、毎日、してます。私、奥さん、子供、みんな、インドネシアの、人(じん)です。インドネシアの、人、イスラム教、だから、ハラル、しないモノ、食べるする、できない。ハラル、するもの、ハラル、しないもの、材料、見るする、わかる。豚肉、お酒、ワイン、ビル・・・これ、入るする、少しだけ、でも、ハラル、しません。食べるする、できません。ゼラチン、牛肉(うしにく)、鶏肉(にわとりにく)、とか、ハラルする、ハラルしない、わからないもの、これも、たくさん、あります。ハラルする、ハラルしない、わからないもの、食べるする、怖いです。食堂、食べるする、もの、材料、わかるする、紙、ついてする、しないね。だから、食堂、食べるする、しません。ハラルする、ハラルしない、わかるする、しない。わかるする、しない、食べる、怖い、だから、食堂、行くする、しない」


 そういう事情やと、仲良く弁当の取り換えっこいうわけにもいかんな・・・。


「結婚する、してる、から、奥さん、料理する、できます。結婚、してない、イスラム教の人、学校、来るする、大変、思います。食べるするもの、見つけるする、大変。料理する、場所、貰う、大変。私、奥さんに、いっぱい、感謝する、してるね」


 満面の笑みで、ジョコが携帯電話に保存された奥さんの写真を見せてくれた。ジョコ本人同様成人しているとは思えない幼い容姿の女性が、青いヒジャブを被って微笑んでいたが、なんとこの中学生みたいな外見でジョコ本人より4歳も年上とのことだった。


 既婚者であり、イスラム教徒でもあるジョコにとっては、女子生徒である黒川と教室で二人きりとか、黒川と並んで二人で食事とかいう事態は何としてでも避けたいらしく、間に俺が入って彼女との直接接触を回避してくれることが有難くてたまらない様子だった。


「これ、奥さん、作るする、上手、インドネシア、ご飯、ナシゴレンです。すごく、おいしい。一口、食べるする、しますか?」


 ある日、ジョコは自分の弁当箱を俺と黒川に差し出して言った。


「ええんですか?俺の弁当、“ハラルする”かどうかわからへんさかい交換できませんけど?」


「交換する、じゃない、私、あげるする、です。インドネシア、いい国、あなた、来るする、嬉しい、待ってます。あなた、インドネシア、好きする、なれる、将来、来るする、私、嬉しい。だから、インドネシア、ご飯、食べるする、嬉しい。奥さんに、そう言ってする、して、私、食べるする、より、多い、ナシゴレン、つくるする、今日、します、貰うするます。余るする、もったいない。だから、食べるする、お願い、するです」


 一口箸でつまんで食べてみた。


「黒川、味どないや?」


「これ、チャーハンだよね?」


「チャーハン、違うです。チャーハン、豚肉、入るするね。豚肉、ハラルしないね。インドネシアの人、ハラルしない、食べるする、できません。だから、ナシゴレン、豚肉、入るする、ありません」


 豚肉食えへんって聞いたらなんやらグモ太郎さんの話思い出して一瞬食欲吹っ飛んでもた。


「要は豚抜きチャーハンってことでええんかな?」


「うーん・・・でも鶏チャーハンってあるじゃん?それに近くない?これ」


「クロカワさん、鶏肉、普通な、違うです。これ、ハラルする、鶏肉・・・鶏肉、特別する、使うする、してます。ハラルする、肉、ニワトリさん、死ぬするとき、苦しむする、ダメ。苦しむする、しない、ように、痛いする、怖いする、感じるする、しない、ように、一瞬、だけ、すぐに、殺すする。これ、ハラルします。ハラルする、だから、この、ニワトリさん、死ぬするとき、苦しむする、痛いする、怖いする、してないね」


 なんやグモ太郎さんの話思い出させるようなイディオムわざと選んで喋ってへんか?ジョコはんよ。


「そんなのどうやったらわかんのよ?」


「パッケージ、マーク、あります。ハラルする、緑色、マーク、ついてるする、して、アラビア語、“ハラル”書くする、あります。あ、これ、ハラルする、マークです。これ、文字、“ハラル”、読みます」


 ジョコが再び携帯電話の画面を見せて、肉のパッケージに貼られた小さなシールの写真を見せてくれた。そう言えばあのウサギ増殖地獄で一緒になったらびっと☆れすきゅーの女性陣ら、動物に同情して泣くレベルで感情移入しとったな。屠畜の時に動物が苦しんでへん肉言うたら喜んで飛びつくかもしれん。まあ、もう会う機会もないやろけど、船形、吉川の二人は関東住まいやし、松原姉妹の妹の方も九州から関東出て来とるらしいし、どっかでばったり出会うたら紹介しとこ。「ハラルする」肉。

 このマークやな。結構独特なデザインやさけ覚えやすうて助かるわ。よし、覚えた。


 と、その時、ジョコが不穏な話を始めた。


「ちょっとね、聞くすることね、私ね、聞くするね、同じね、留学生、人ね、ちょっとね、悪いね、ことね、する人ね、居るするね、聞いたね」


「悪い人?」


「えーとね、イングランのね、留学生する人ね、長いね、世界一ね、駅、名前ね、聞くするしてね、みんなね、聞くするしてね、英語ね、わかる、する人、居ない、するだから、わからない、答えるするとね、馬鹿にね、するしてね、逃げるする、悪いする人ね」


「えーと、ごめん。ちょっとわかんないや・・・ごめんね。あの・・・言いたくないんだけど、日本語が微妙で意味がよく分からないんだよね・・・ごめんね、責めてるわけじゃないんだけど・・・」


 黒川は理解が追い付かずたじたじとなってしまった。

 世界一長い駅名・・・?それ、入学式の時に月夜野からの帰りの電車内で、女子と陽キャばっかり狙って声かけて、世界で一番長い駅名は何かと、イギリス訛りの英語で片っ端から謎かけしとったあいつもことちゃうやろか?


「あ、黒川、たぶんそれ、俺一回見とるわ。白人の留学生。月夜野からの帰りの電車ん中で。たぶん答え知らんやろな~思う女の子とリア充っぽいのばっかり狙って、“世界で一番長い駅名知っとるか?”いうて英語で謎かけするんやわ。まあ、そんなん鉄オタの俺も知らへんけど。で、誰も答えられへんやろ。答えられへんかったり、英語できひん言うたらあからさまにバカにし腐った目つきで睥睨してそのまま次、次、言う感じでおんなじこと繰り返すんやわ」


「何?そいつ・・・」


「私、見るする、してない、けど、留学生、他の、聞くする、ね、イングラン、から来るする、男の子、その、質問、みんなに、するしてね、“知らない、だから、よくない。電車のこと、勉強、する人、長い、世界一する、駅、名前、知るする、しない、ダメ”言って、“日本の人、電車、勉強する、人、長い、世界一、駅、名前、知るする、しない、から、電車、勉強する、する、資格する、ない”言って、怒るする、笑うする、馬鹿にする、してる、聞いてる」


「え?世界で一番長い駅名知らない人間はこの学校来ちゃダメって言ってるわけ?誰が決めたのそんなルール?」


「はい、そうです。“電車、勉強する、電車、愛すること、必要、言うしますして、電車、愛する人、長い、世界一する、駅、名前、知るしない、おかしい”言います」


 もっとわかるように喋ってくれやジョコはんよ・・・。


「要は世界で一番長い駅名を知らへん言うだけで、鉄道に対する愛情が足りひんさけ鉄道員目指す資格があらへん言うてんのか?」


「はい・・・」


 撮り鉄ちゃうけどレイプ軍団の同類やな。


「この、学校、人、みんな、馬鹿にする、されてます。学校、やめるする、しなさい、言われるする、した人、たくさん、居るする、聞いてます」


「・・・」


 とりあえず近づいたらあかん人種やな。


「これ、同じ、留学生人ね。留学生、数、少し、だけ、だね。いっぱい、生徒は、日本の人です。留学生、中に、こういう、悪いする、人、居るの、恥ずかしいね。私、日本、尊敬する、して、日本語、勉強する、して、日本で、勉強する、嬉しい、してるから、日本の人、馬鹿にする、してね、失礼する、人ね、許すする、こと、できないね。留学、する、よその国、お世話になります、だから、お世話になります、国、お世話になります国の、人、尊敬する、愛する、すごい、大事する、です。長い、世界一する、駅、名前、聞くすること、いい。でも、それ、知るすること、ないから、馬鹿にする、怒るする、笑うする、学校辞めるする、しなさい、言うすること、本当に、悪いすることね。日本に、お世話になりますする、なのに、日本の人に、悪いすること、すごい、失礼、します。悪いすること、よくない。名前、顔、知るすること、ない、だけど、同じ、留学生、だから、仲間、友達、思うする、してます。仲間、友達、悪いすること、してるする、見たら、やめるする、させたいね」


「・・・で、どうやってやめさせるつもりなのよ?」


「私、誰、知らない、見たら、怒るする、したい、でも、まだ、見るする、してない。噂、だから、正しい、わからない、間違えて、怒るする、悪いすることだから、自分で見るする、まで、私、怒るする、できない。全部、知ってるする、神様、だけ、するから、見るする、しない、なのに、噂、信じるする、して、怒るする。これ、神様、怒るする、よくないすることね」


「・・・つまり、俺たちがそいつまた見かけた時に怒鳴り散らしたってほしい言うことですか?」


「怒鳴るする、よくないね。静かに、怒るする、して、悪いすること、わかるする、させるするして、やめるする、させる。これ、神様、喜ぶすることね」


「・・・とにかく注意はしてほしいってことね?」


「はい、見たら、優しく、怒るする、して、やめるする、させるする、お願いします」


「・・・」


 めんどくさ・・・できれば関りとうないんやけど。


「わかった。で、そいつ、いつもどこで悪さしてるの?」


 黒川が畳みかけた。


「食堂、よく、行くする、みたいね」


「わかった。じゃあ、私、明日から食堂行くわ。一週間部員勧誘のために昼は食堂で食べることにするって、ママに言うから。明日から一週間お弁当やめるから」


「ありがと、ござます」


 黒川はん、ワレェこの歳になって自分の親のこと「ママ」呼びしとんのかい。


「とりあえず見かけたら注意してみるわ。懲らしめられるかどうか保証はないけど」


「もし、酷いこと、言われるする、しても、気にする、しない、お願いします」


 ジョコはペコペコと赤べこのように首を縦に振りながら言った。


「黒川、俺も付き合うわ。ああいう奴は東洋人の女の子一人で行ったりするとすぐ嘗め腐るの目に見えとるさけ。俺も明日から“ママ”に一週間弁当作らんでええ言うて、一緒に食堂行くわ」


「え?でもそしたらジョコ一人になるよ?この人食堂の料理が“ハラルしない”から食堂行けないでしょ?」


「それもそうか・・・一人で食べさせるのもなんかなあ・・・一人で日本来て寂しいやろし・・・」


「私は平気するね。奥さんが、作るする、してくれた、ご飯だから、一人で食べるするね、してもね、奥さんのこと、子供のこと、考えるする、してね、食べるする、するとね、寂しいする、しないね。家、帰るする、したら、奥さんと、子供と、仲良しする、遊ぶするして、楽しいする、いっぱいする。だから、寂しいする、しないね。大丈夫」


「まあいいわ。私一人で行く。他の学生だって居るんだし。流石に“オー、ジャップ・ゲイシャ・ガール、イエローキャブ”とか言ってセクハラしてきたりとかは無理でしょ」


 黒川はそう言って、ジョコの厚意を断った。


「ほんなら念のためこの3人で連絡先交換しとく?なんぞあった時にすぐ飛んでけるように」


「わかった。もしとっちめるのに成功したらすぐ連絡するわね」


「よろしくしますみませんね」


 日本語の勉強も頑張り給え。ジョコ君よ。


「・・・あと、イエローキャブとか言われてセクハラとかされたときも遠慮なく言うてな。すぐ行くさけ。入学早々グモ太郎さんの奥さんのお世話にならなあかんことになっても嫌やろ?」


「まあ真昼間の学校でそれは流石にないでしょ・・・」


 黒川は苦笑いしながら言った。


「あるます。インドネシア、中の町、名前の、バンドン、いいます、プサントレン、言います、イスラム教の、学校で、それ、起こるする、しました。校長先生が、生徒、酷いする、いじめるする、して、妊娠する、させました。一人じゃ、ないます。たくさんの、生徒、いじめるする、されて、妊娠する、しました。子供、生まれるする、したら、悪いする、やくざ、お金、払うする、して、子供、生まれるする、記録、嘘つき、して、国の、働くする、人、から、お金、嘘つき、貰うする、して、盗むする、しました。お金、たくさん、盗むする、もっと、したいだから、生徒、たくさん、もっと、いじめるする、しました。今、裁判する、してます。インドネシアの人、みんな、すごい、怒るする。大統領に、絶対、いじめるする、した、校長先生、死刑する、しなさい、言って、デモする、してます」


「やて・・・一応警戒しといたほうがええ」


「まあ、私みたいな明らかにゲテモノ臭のする女狙うとか流石にないでしょ。すっぴんだし、三白眼だし、髪の毛ぼさぼさだし。もっと美人でかわいい派手な娘一杯いるし」


 黒川は眼鏡のつるを持っていじりながら言った。こいつ、授業中と歩いとるとき以外は眼鏡外して机の上置いとく癖あんねんな。なんでいつもかけとかへんねんやろ。


「それ、関係する、ないです。プサントレンの、生徒、みんな、真面目、イスラム教の、勉強、する、人だから、ヒジャブも、被って、化粧も、しないして、大人しい、服を着る、して、歌うする、しないして、美人する、ところ、見せるする、しないして、勉強、だけ、する、してました。でも、校長先生に、いじめるする、されました。いじめるする、人、悪いする、人、だから、いじめるする、される人、どんな人、関係する、ありません。それ、あの人、歌舞伎、お面、被るするの、言うする、した、原田メソッド、考え方、同じです。いじめるする、人、居たら、みんな、いじめるする、されるする、可能性、します。いじめるする、されるする、した人、悪いする、じゃないか、言うする、こと、いじめるする、されるする、した人に、ヒジャブ、被るする、しないだから、服の、派手する、着るするじゃないか、美人する、見せるするじゃないか、それ、いじめるするの、原因する、言うこと、これ、悪いすることね。いじめるする、悪いすること、だから、原因する、しても、いじめるする、いいする理由、違うするね。神様、いいする、こと、悪いする、こと、全部、知るする、だから、悪いする、されるする、これ、運命です。神様、試練、与えるするして、人間、心、強くするための、試練するです。だから、いじめるする、悪いすること、されるする、原因する言うこと、これ、違うね。それ、言うすること、これ、原田メソッドするよ。いじめるする、同じするね」


「いや・・・そういう意味で言ったんじゃないけど・・・」


「兎にも角にも、やっぱり俺ついてこか?」


「いいわ・・・食堂でしょ?・・・あと、そこまで警戒しなきゃダメならさ・・・言葉悪いけど、食堂行くまでにあんたに物陰連れ込まれて“いじめるする”されるリスクも考えなきゃいけないことになってくるじゃん・・・そう言いだすともうキリがないのよ。現実的に許容できるリスク期待値で手を打たないと、自分の部屋に引きこもるしかなくなるし」


「いや、俺絶対“いじめるする”せえへんで。せえへんから童貞なんやし、陰キャなんやし・・・」


「“いじめるする”人はみんな“僕、優しいから‘いじめるする’しないよ”とか言って安心させてから、平気な顔して裏切って“いじめるする”もんじゃん。“絶対返すから”って言われて貸したお金が何年たっても返ってこないのと同じ理屈よ。悪い奴は平気で嘘つくからさ。世の中うそつきは泥棒の始まり、泥棒は放火魔の始まり、放火魔はジェノサイドの始まりって言うじゃん?自己申告なんて何の安心材料にもならないってわかるよね?」


 初めて聞いたわ。てか、安心させて裏切ってとか違ごて、いきなり車降りてバールで殴り掛かってきて天竜川引っ張ってった例があったやんけ。


「まあ“いじめるする”されそうになったらすぐ俺とジョコの携帯呼び出せや。行ったるさかい」


「・・・その前に警察だと思うけど・・・」


「・・・学校内って警察簡単に入れへんで?実質治外法権やさかい」

「・・・まあいいわ。ポケットにドライバー入れてくわ。銃刀法引っ掛からないし、それなりに武器になるから“いじめるする”されそうになった時に多少の反撃はできるだろうし」


 いや、ドライバーでバールには勝てへんやろ。


「ポケットに、運転手さん、入れるする、しますか?それ、魔法、オカルト、違う、しませんか?」


「あー、ジョコはんなぁ、日本語のドライバーって、運転手いう意味だけちゃうねん。ねじ回し・・・ターンスクリューのこともドライバー言うねん・・・」


「・・・日本語難しいします」


「いやいや、私なんか英語も碌に喋れないしさ、正直そんだけ喋れるだけでもう尊敬するレベルだわ」


 そして、その翌日から黒川は食堂で食事を取ることになった。

 で、翌週の火曜日だった。


 ジョコとの食事中に俺の携帯電話が鳴ったのだ。発信者は・・・「Haruhi Kurokawa」だった。


「どないした黒川!イエローキャブやら言われて“いじめるする”されそうになっとんのんか?」


「違うわよ!ついに例のイギリス人を倒した勇者が現れたの!すごい騒ぎになってるからすぐ来て!」


「倒したって・・・」


「世界で一番長い駅名、知ってた人いたの!」


「いや、そりゃ居るやろ。リア充みたいな見かけしとっても隠れ鉄オタとか、隠れ鉄子とかようけ居るやろし」


「いや、もう絶対そんな知識なさそうな運輸科の女の子なんだよ。みんなまさか彼女が?みたいな感じで・・・でも、聞かれて開口一番に答え言っちゃって、あの留学生、もう完全に戦意喪失して、その娘の家来になるみたいなこと言ってる!」


 俺とジョコは面白いものが見られると思い、大急ぎで食堂に向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る