第三章 帝国の野望
第40話 ライルの葛藤
敵対NPCトラジェディを倒し、本来滅ぶはずだった夜と炎の一族は救われた。
原作では、開始時点ですでに死に、ダンジョンのボス【リッチ】となってレオナルドに倒されるはずだった夜と炎の一族の族長の娘マリアは、この戦いに生き延び、この世界での死の運命を回避したと思う。
もっとも、この世界は生活するだけで、魔物や影の軍勢といった脅威がいるから、まだ油断は禁物だ。
とはいえ、そんな危険も今や魔力お化けと化したマリアの前では、物の数ではないはずだ。
だけど、まだ安心はできない。
原作にはいないマリアを救い、逆に原作に登場するはずのトラジェディを倒した。
つまり、この時点で原作から離れてしまっているということだ。
ましてや、今は原作開始から5年も前。
原作開始までの時間が長ければ、それだけNPCの離脱が与える影響はデカい。
タイムスリップで過去の出来事を変えると、現在に大きな影響を与えるバタフライエフェクトと同じだ。
トラジェディは原作におけるサブイベントの中のボスに過ぎないから、レオナルドの旅の結末に大きな影響を与えることはないと思いたいけど、もしトラジェディが夜と炎の一族の根切以上に大きなことをやっていたとしたら、原作に与える影響は計り知れない。
そしてもう一つ、【世界の意思】と呼ばれる存在が俺を狙っているという事実。
【世界の意思】は原作にも登場したこの世界の真理、あるいは管理者とでもいうべき存在だ。
原作で世界の意思と敵対することはないが、世界の意志の使徒と呼ばれる存在とならば戦うことはある。
それを知っているから俺はトラジェディを乗っ取った【世界の意思】に勝てたが、相手はいわばこの世界そのものだ。
いつ、なにが、どうやって俺を殺しにくるかわからない。
ただ【世界の意思】は俺がトラジェディにとどめを刺そうとした、いわば原作への致命的な変化が訪れようとしたときに現れた。
【世界の意思】が何を目的にしているのかはわからないけど、原作通りに進めようとすれば、【世界の意思】から襲われる心配は減る……と思う。
つまり、今俺がするべきことは、原作から離れつつあるこの世界を、元のゲーム通りに戻すこと。
でもそのまえに――
「とにかく、この状況をなんとかしないとな」
「ひとりごと?」
俺の呟きを拾ったのは、夜と炎の一族の族長の娘マリア。
昼は黒く、夜は白く輝く髪を背中まで伸ばしたマリアは、凛々しい目つきをした12歳の少女だ。
ちなみに、俺はこの間13歳になったので、マリアは俺の一つ下だ。
もっとも、彼女に年上である俺を敬う気持ちは恐らくない。
今も俺の隣で凛々しく冷たい目で俺を見ている。
「なにか悩みでもあるのかしら」
「この状況で悩みがないと思う?」
「……まあ、当然よね」
マリアは額に手を当てて小さく息を吐いた。
「生き残った大人は17人で男性0、女性17。そして残りは全員子供で、43人中20人が10歳以下。しかも男は5人だけ。村どころか自分の世話も満足にできない人が大半じゃ、ため息も止まらないわ」
「挙句、この村は辺境でどこかに助けを求めるのは無理と来た」
「あったとしても元山賊の村にまともに取引してくれる村があるとも思えないしね」
またしても2人そろってため息を吐く。
夜と炎の一族の生き残りは総勢60名。
俺とマリアを含めたら62名だ。
しかも男女比は1:9。
……きつくね?
一夫多妻制待ったなしだよ。
原作の乖離を最小限にするのももちろんだが、毎日の生活もなんとかしないといけない。
生きるのも大変だけど、だからといって原作のことを後回しにすることもだめだ。
もし後回しにすれば、待っているのは破滅だ。
今じゃなく未来に、どうしようもない破滅がある。
大襲来、世界大戦、生存戦争。
原作通りに進めば、この大陸はめちゃくちゃになるのだから、安心できる材料はいくらあっても足りない。
まあ、何をするにしてもまずは、目下の日常生活だ。
「食料の調達どうする? もう冬だ。獣たちのほとんどは冬眠に入ってる。見つけるのは大変だよ」
「そうね。どうしましょう。村では大人が捕まえて来てくれたんだけど、もう狩りができる人はいないし、お母さんたちは逃げられないように足に怪我をさせられたから、外には出せないし」
森の幸もこの時期はかなり少なくなってきている。
秋の残りでわずかにキノコが残っているが、もう食べどきは過ぎてるだろうし。
「やっぱりちょっと無理して冬眠中の動物探すしかないか」
「頼めるかしら。私も手伝うから」
「いや、マリアは村に残っていてくれ」
「え?」
マリアが驚いた顔でこっちを見る。
「動物探すの大変なんでしょ? 1人よりは2人の方がよくない?」
「その間、誰が村を守るんだよ。魔物と影の軍勢は冬でもおかまいましだ。今村が襲われたら全滅するかもしれないんだよ?」
「んん……なかなか危険ね」
そうです、危険なんです。
どっちか欠けたら全員死にます。
「私たちの村なら、地下とかに大事なものは隠しておくんだけど……」
「ん?」
マリアの一言で思い出した。
そうだ、ワールドリングでは廃墟はダンジョン扱いで、ダンジョンには決まって地下がある。
その地下にはいつも宝箱とか大事なものあった。
夜と炎の廃墟は地下にボスがいて、そのボスが宝を持ってるって設定だった。
その地下と宝だけど……
「ん? なに?」
今隣に立ってるマリアが原作における夜と炎の廃墟のボスだ。
現世に対する恨みでリッチ化したマリアと彼女が今持っている夜と炎のタリスマンがボスドロップという設定だった。
実は夜と炎のタリスマン、レジェンダリー級の超レアアイテムだ。
魔法属性攻撃と炎属性攻撃を大幅アップさせるのだが、その伸び幅がえげつない。
各属性まさかの30%上昇で、二つの属性を併せ持つ魔法なら化け物クラスに強くなる。
そしてその二つの属性を併せ持っているのがマリアが使う秘技【夜と炎の構え】だ。
正直に言おう。
……クソ羨ましい。
って違う。そうじゃない。
肝心なのは夜と炎の一族の村に行けば、もしかしたら備蓄があるかもしれないということだ。
「食料の目途が立ったら、帰ろうよ」
「帰る? どこに?」
「夜と炎の一族の村に。マリアのお父さんが眠る場所に」
こんな辛い思い出しかない場所よりも、彼女たちの思い出が残る村を再建するほうがよっぽど生きがいがある。
そういうと、マリアは少しだけ驚いた顔をした。
「……そうね、帰りたいわね」
クスリと笑う。
「まあ、それは冬を無事に乗り越えてから考えましょうか。私は村のみんなをまとめるから、あなたは食料をお願いね」
「簡単に言うね。60人分の食料なんて運ぶのだって一苦労だ」
「難しい?」
「やってみせるさ」
マリアに向かってサムズアップすると、意味を知らないマリアは片眉をあげた。
「なに? それ」
「任せろって意味のジェスチャーだ。肯定のサインだよ」
「そうなんだ」
マリアは真似して俺に親指を立ててみせた。
「じゃあ任せるから、こっちも任せてね」
「ああ、頑張ろう」
なんだかんだ楽しそうに笑うマリアは可愛く見えた。
ちなみにサムズアップだが、南米とかだと肛門に突っ込んでやるぞって意味になるらしい。
この世界でそんな下品な意味にならないことを祈る。
豪気なマリアが肛門に指突っ込むなんて、考えるだけで恐ろしい。
絶対に血が出る。
あ、そうだ。
マリアに頼みたいことが一つあった。
「マリア、一族の生き残り、名前にしてまとめておいて欲しいんだ」
「? 別にいいけど、なんで?」
「今できること、これからしなきゃいけないことをまとめたいんだ」
「それが、みんなの名前をまとめること?」
疑問に思うのは仕方ないかもしれないが、ゲーム知識を彼女に教えることはできない。
俺は笑ってごまかした。
「整理したいだけさ。みんなにとって俺はよそ者だから、少しでも一員に思ってもらいたいんだ」
「あなたは恩人よ。もし誰かがあなたを追い出そうとしたら、そのときは私が許さない」
「ありがたいけど、恐ろしいな。これ以上人が死ぬのは御免だよ」
多くの人が死に過ぎた。
たとえ辛くてもこれ以上誰も死なないほうへ。
俺は世界を救う弟に代わって、原作では死ぬ運命にある人を救う。
原作と乖離するかもしれないけど、死ぬ運命にある人も救って原作通りに世界をレオに救わせる。
――ここは強くなければ死ぬ世界だ。
たとえ戦いが終わっても、一度たりとも気は抜けない。
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