第12話 魔改造計画始動
朝ごはんを食べながら、結衣さんから僕の『特訓』メニューもとい、改造計画を聞かされた。
「結衣、もう少し現実見たら?」
「無理そうです」
僕と茉衣さんは結衣さんから僕の改造計画を聞かされ、現実離れした改造計画に妄想の類で終わりそうな雰囲気がした。
僕の改造計画の内容を簡潔にまとめて上げると、
一つ、髪型の改善
一つ、不健康の改善
一つ、服装の改善
一つ、言葉使いの改善
一つ、モヤシの改善
一つ、自身の無さの改善
一つ、陰キャの脱却
始めの項目の方は僕の努力次第なところもあるが、後半に至っては改造ではなく僕に生まれ変われと言っているようなもので、特に陰キャ脱却だが、僕から陰キャを取れば何が残るのだろうか。
「千里の道も一歩からだよ。それにここはすぐにできることだし、普段から気を付ければいいことだよ」
結衣さんは初めの項目の3つは『すぐにできること』、後半の4つは『これから毎日頑張ること』と書き記した。
これから毎日ということは、これから毎日結衣さんのお眼鏡にかなうように改造されていくということであり、僕は魂が抜けてもぬけの殻となり、茉衣さんは最後の方の項目を手で隠した。
「ここまでなら頑張ればいけそうだけど?」
「とりあえずは、そこまででいいかな。じゃあ茉衣も手伝ってね」
「は?!私も手伝うの?」
「だって特訓のメニューを一緒に考えたんだから、最後まで責任もってしないとでしょ?」
結衣さんも初めから全てを同時進行で進めようとしていたのではなく、茉衣さんに口を出させることが目的だったようで、結衣さんの手口に嵌められた茉衣さんは僕を睨みつけてきた。
ここで『僕は特訓のメニューに関わってないのでやりません』とでも言えたらどれほど気が楽だっただろうか。
結衣さんは、僕の転生計画を茉衣さんに嫌嫌ながらも付き合わせ、各項目ごとに具体的な日時や活動計画を練り始め、計画を立てた日付が3月29日であるというにもかかわらず、冒頭の項目の実施日が同日となっていた。
善は急げとばかりに結衣さんはアプリからメンズ対応可能な美容院を予約し、茉衣さんは嫌々ながらもモヤシを改善するためのトレーニングメニューをカツカツとシャーペンの先から音を出しながら草案を出した。
僕は出端を挫くことになりかねるが、一つ言っておかなければならない重大なことを伝えるために、額から汗をにじませながら口を開いた。
「あの。実は僕、今手持ちのお金が...おばさんに母さんからの手切れ金を預かってもらっているので、髪と服のお金が...なくて」
「ジンちゃん、今何円持ってるの?」
「今は、2千400円です」
「少な!仕方ない、茉衣に行った手前私も責任を持つしかない」
「結衣さん、それはダメじゃないですか?いくら従姉とはいえ、お金の貸し借りは...」
この時、僕の頭には名案が浮かんでしまった。
そう、結衣さんと茉衣さんがいくら怖くても致し方ない事情さえあれば、断れるということに。
金銭問題は『お金の切れ目は縁の切れ目』というありがたい教えがあるぐらい問題なわけで、お金を理由に貴重な休日を外に出かけることなく過ごせるようになるということだ。
そして、同じ理由から、メニューの紙に小さく『デート』と書かれている服を買いに結衣さんと出かけることがなくなるわけだ。
「あ、お母さん?今、この後にジンちゃんの髪と服を買いに行きたいんだけど、ジンちゃんお金なくて。うん、そう、分かった。ありがとう」
「ママ何て言ってた?」
「ジンちゃんの身の回りの物を揃えるお金はお母さんが出してくれるって。いったん私が払って、後でレシート見せてその分のお金貰うことになった」
「確かに、コレと同じ家に住んでるって友達に言えないからね」
「茉衣、ジンちゃんをコレって呼ばないで。今は見た目はアレでも、これから生まれ変わるんだから」
結衣さんと茉衣さんの鋭利な言葉は僕の心に深くグサグサト突き刺さり、結衣さんが昨日僕を女装させた理由が薄っすらと理解できた。
今の鬱陶しい髪と不健康で濃い隈が出来ている僕の顔は真っ先に改善する対象だったらしい。
そして、今までおばさんも口には出していなかったが『すっきりと切って貰ってきて』と電話の最後に聞こえてきたおばさんの声が全てを物語っていた。
「ジンちゃん良かったね!これでジンちゃんは何も気にしなくていいからね」
「...はぃ」
こうして僕のささやかな抵抗は呆気なく、おばさんの財力の前に無力化され、生き生きとした結衣さんの言葉の圧によって弾圧された。
僕の生活習慣は30分単位のスケジュール表に書き込まれ、起床はもちろん就寝と運動も毎日に決まった時間にするように決められた。
段々と自由がなくなっていくこれからの生活に、憂鬱になりかけている僕とは正反対に、結衣さんは水を得た魚のように楽しそうに生き生きしていた。
「あ、茉衣、時間時間!」
「結衣がこんな事させるから!」
「後は一人で考えるから、茉衣ありがと」
「部活に遅れたら結衣のせいだから!」
茉衣さんは慌てて部活の支度を行い、ものの数分で玄関から出ると自転車に跨り部活に行ってしまった。
「ジンちゃんも髪切りに行かないとだし、準備してね」
「結衣さんも来るんですか...」
「誰がお金払うの?ジンちゃんお金持ってないし、お金の貸し借りは嫌なんだよね?」
先ほど家から出たくないあまり、言ったことがブーメランとして帰ってきて、全く悪気のないはずの結衣さんの言葉が僕には嫌味に聞こえた。
結衣さんと僕は平日ということもあって車の通りが少ない道を横に並び歩いていた。
僕は少し色が禿げた黒一色で染めた服を着て、結衣さんは寒くないのか膝下ぐらいの丈のスカートを履き、白く適度に締まった細い足を外気に晒し、上着をしっかりと着込み長い黒髪を靡かせていた。
「結衣さん、どのくらい歩くんですか?」
「多分あと1時間くらいかな」
「ぇ?1時間も...」
「だって、自転車二台しかないけど、一台は茉衣が乗って行っちゃったから。それに私スカートで走れないし」
「だったら僕一人で行ったほうが早かったと思いますけど」
「家で一人なのって結構寂しいんだよ?ジンちゃんはすぐ隣に友達の家があったから知らないと思うけど」
スマホで時計を見てみると、まだ家を出てから10分ほどしか経っておらず、会話はなかなか続かず気まずい雰囲気が流れ、何か気を紛らわせるような会話をあと1時間も続けないといけないことに、引越しの日に結衣さんとアパレルショップに向かった時の既視感があった。
「ジンちゃんは私に聞いておきたいこととかない?どんなことでもいいよ」
「...どんな、ことでもですか?」
「エッチなことは答えないからね!聞いていいのは、例えば、どうして『特訓』をすることにしたか、とか聞きたくない?」
「聞きませんよ!それで、なんでですか?」
「ジンちゃんは今のままでの十分いいけど、見た目にも気を遣うべきって思ったの。見た目にも気を遣うようになったら、ジンちゃんは自信を持てるのかなって」
「...」
「それから、ジンちゃんの彼女としてジンちゃんをみんなに自慢できるようになりたいってのもあるね。他の子に言い寄られて目移りしたら嫌だけど、それでも、『ジンちゃんは私の彼氏なんだぞ!』『ジンちゃんは私の弟なんだぞ!』てみんなにジンちゃんを自慢したいからね」
結衣さんは僕の少し前を歩き、風に髪を靡かせながら聞いていて恥ずかしくなることを堂々と宣言し、僕を見ることなく僅かに歩みを早めた。
つまりは、今の僕は人様にお見せできないほどの見てくれなのだろう。
僕で言って悲しくなるが、はっきり言うと見た目は悪い自覚はあったが、結衣さんや茉衣さんとの間にこれほどまでのずれがあり、今の僕は他人に紹介できないぐらい恥ずかしい存在ということに小さくないショックを受けた。
「...そう、ですか」
僕が黙ってしまったことで沈黙が訪れ気まずい雰囲気が支配し、置いていかれないように後ろに続き、信号をあまり見かけない田舎道を黙々と歩いた。
田舎道を抜け、町と言えるには十分なほど田畑がなくなり、家と家が密集する大通りに出て暫く歩いた場所に、結衣さんが予約した美容院があった。
美容院に入ると平日故か僕以外に客はおらず、入り口に入ってすぐのカウンターには同い年ぐらいの男子がスマホをいじりながら退屈そうに暇を持て余していた。
「あれ、滑川君じゃない?なんでいるの?」
「ん?あ、水瀬さん、久しぶり。この店、親父が切り盛りしていて、今の時間帯は暇だからってアルバイトで店番をやらされてる」
「そっか、ちょっと予約した時間より早いけど、暇ならすぐにしてくれそうだね」
「今、親父に連絡入れたからすぐ来ると思う。ところで、水瀬さんの隣の人だれ?水瀬さんに弟いなかったよね?」
「一昨日から弟になったジンちゃん。従姉で私の彼氏」
「は?水瀬さんってこんなのがタイプだったの?どうりで、クラスのイケメンが玉砕するわけだ」
結衣さんは少し脱色している髪の毛が特徴の滑川君に僕のことを一切隠さずに紹介すると、滑川君は僕の冴えない顔をマジマジト見て、カウンターから手を伸ばし僕の鬱陶しい前髪を持ち上げた。
「ぅわ!ひでぇ隈、なん徹目だ?いくらテストのためでも中学生が徹夜なんてするもんじゃないぞ」
滑川君は初対面の僕に臆することなく言いたい放題で、背丈が結衣さん程で男子の平均よりも少し小さい僕を中学生と思い込み、そんなありがたいアドバイスを貰った。
「滑川君も今はまだ中学生でしょ、なんで中学生じゃないふうに話してるの」
「あと三日もすれば高校生なんだからいいだろ。誤差だよ、誤差」
「それじゃあ、ジンちゃんも高校生だよ。私と同じ誕生日で同じ高校だから」
「ってことは、ジンも高見高校なのか、クラス一緒になったらよろしく。ん?まてよ、もしかして、高見高校を受かるためにガリベンしてたのか?」
「これは、その...趣味で」
「なるほど、ゲームに嵌って毎晩徹夜してた口か」
「...はい、そんなところです」
滑川君はようやく僕の前髪から手を離し、僕たちを中に案内するために立ち上がると、その背丈を追っていた僕の目線はぐんぐんと登っていき、滑川君の身長は180センチを超えていそうな感じがした。
そんな話よりも、僕は滑川君の話で一つ気になっている話があった。
「滑川く、さん」
「なんだ?」
「結衣さんって中学校の時に、クラスのイケメンたちを玉砕した話って本当の話なんですか?」
「お~。流石、我らが中学が誇るマドンナと付き合っているだけあるな、気になるか?」
「...すこし」
「水瀬さんは同中も他校も学年関係なく男子から告られていたな。選り取り見取りだったのに、誰も選ばなかったから、一部じゃ百合気なんじゃないかって噂されてたほどだ。それから気をつけろよ、告ってきた男子の中には水瀬さんと同じ高校に行きたくて高見高校を受験したって話をちらほら聞いたぞ。後ろから刺されたら、犯人はそいつ等だからな」
「...滑川さんは、その一人、だったりしますか?」
「俺は別だ。確かに水瀬さんは可愛いとは思うが、俺はコウもう少しな。男ならわかるだろ!」
結衣さんを待合室に残し、作業場へと案内されている途中に滑川君にこっそりと尋ねると、結衣さんと一刻も早く別れたい理由がもう一つできると同時に、滑川君は瓢箪のようなものを空中で描き、言葉で最後まで言わない所を見ると恥ずかしがりやな一面を持っていた。
「そうそう、水瀬さんに胸の話はあんまりしないほうがいいぞ。中2の時にクラスの男子で誰がエロいかっていう話が女子にバレた時に、胸の話で一番泣いて怒っていたのが水瀬さんだったからな」
「き、気を付けます」
滑川君は親切に結衣さんの地雷となることを教えてくれたが、盛大に地雷を踏んでしまい帰りの車内は生きた心地がしなかったことが記憶に新しく、無理な話だがもう一日前に教えて欲しかった内容だった。
「ジンちゃん、この髪型はどう?ジンちゃん似合そうだけど」
「ジ、ジンはまずはこの台の上で寝ていてくれ。まず、髪を洗うところから始めて、もう直ぐ親父が来るはずだからな」
「...ありがと、滑川さん」
「二人ともどうしたの?」
「別に何でもない。今から髪を洗うところだから水瀬さんには悪いけど、もう少し待合室で待ってもらえる?」
「それもそうだね、滑川君のお父さんが来てから髪型の話をするべきだよね」
滑川君のファインプレーで違和感なく結衣さんを待合室に戻すことができ、僕の心臓はバクバクと異様に早く脈打ち生きた心地がしなかった。
結衣さんが同じ空間にいるときに結衣さんの話はやめようと心に決めた。
「ジン、すまん。勢いで俺が髪を洗うことになった」
「あ、いや、ありがと。滑川さんがあそこで話してなかったら、多分バレていたと思う」
「髪の毛を洗うやり方は分かるんだが、初めてするから下手だと思う。服が濡れたらすまん」
「気にしなくていいよ。あそこでバレてたら、帰りがまた地獄になるところだったから」
「またって、もうやらかしていたのか?」
「うん。昨日、成り行きで胸の話になって地雷を盛大に踏んでしまった」
「...そっか、大変だったな」
僕と滑川君は同じ危機を乗り越えたことで、ほんのわずかな時間で友情が芽生え、気が付けば旧友のように仲が良くなっていた。
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