第15話 渡る世間に鬼はない

「……しかしシズクよ。その鬼二人、見せてよかったのかな? わしはおしゃべりかもしれぬぞ?」


「これでも人を見る目には自信があります。死に分かれた女房に誓って」


 サンジュ殿には、親分オヤジに近い気性を感じる。

 それに前の街での、ニカの姉ちゃんの例もある。

 だからこっちの世界でも、渡る世間に鬼はない……って諺、通じるだろうさ。

 俺の響は短命だったからよ。

 こっちのヒビキは風邪一つひかせたくねぇ。

 暖炉の温もりをヒビキに分けてくれるってんなら、ありがたくちょうだいするぜ。


「ほほっ、長生きはしてみるもんじゃの。この鉄火場(※注)に鬼が三人も集うとは、賭場を開いてから初めてのことじゃ」(※注・賭博場の異称)


「鬼が……三人? 賭場?」


「ツノのない鬼だが、会ってみるかね?」


「ぜひに紹介したい……って顔してますぜ、サンジュ殿。勉強のため、会わせていただきます」


「うむ。ガッズ、客人を案内しなさい」


 サンジュ殿が豆タンクへと顔を向けて、顎で移動を指示。

 豆タンクが肩ごと前に提げる不器用な会釈をしてから、近寄ってくる──。


「来な。おまえ、博打ばくちはやるのか?」


「少しは。けど、場を仕切る側が多かったな」


「オレと同じか。博打好きはおとなしく見学できねぇ奴が多いが、その点おまえは大丈夫そうだ」


 言いながら豆タンクが、部屋の隅のドアを開ける。

 引き戸の向こうに現れたのは、下りの階段。

 木製の踏み板が続く階段の先には、蝋燭の明かりが点在。

 地下……か。

 俺とご同業と思しき親分さんの家に、地下の賭博場。

 あんまいい気はしねぇが、娘が暖を取らせてもらってる以上、断わるわけにはいかねぇな。


「行くぞ。足元に気をつけろ」


「……通気は大丈夫なんだろうな?」


「燭台が点いてんだろ?」


「ああ、そうだな。こりゃ失敬」


 火のあるところに酸素あり、だよな。

 学のねぇとこ見せちまった、へへっ。

 さて、階段を下りた先は……と。

 一階と同じくらいの広さの部屋、周囲は石材を敷き詰めた無骨な壁。

 四方の壁と中央の天井に、燭台が一つずつ。

 炎の明かりで照らされた部屋は、全体がだいだいに滲んでいる。

 中央には正方形のテーブル、そこに椅子が二つ。

 向き合って着席する者二人、直立の者一人……。


一対一サシの勝負に、立会人が一人……か」


「さすが察しがいい。まずは遠くで見ていろ」


「鬼っていうのは?」


「いまにわかる」


 立会人は豆タンクと同じで強面、背はずっと高いが。

 あれはサンジュ殿の部下……いかつい顔だが、鬼とは違うな。

 プレー中の一人は、スーツに身を包んだオールバックの口髭男。

 スマートな体つきに、胸元と手首にはこれ見よがしな貴金属。

 日本あっちで言うところの、実業家か成金か……。

 そしてお相手は…………えっ?

 ガキ……子どもっ?

 ヒビキよりちょい上……十二歳くらいか?

 藍色の長い前髪で、目元が隠れてて……足全体をブランケットで覆ってる。

 ここからじゃ性別まではわからねぇな。


「……アンタんとこの賭場は、ガキが出入りしてるのかい?」


「ガキ連れに言われたくねぇな。それにあの子をただの子どもだって思ったら、大間違いだぞ?」


「それじゃあ、鬼ってのは……」


「あの子……エメロンさ。親分の、たった一人の孫でもある」


 一人っきりの孫……。

 じゃあいまヒビキが寝てる籠の持ち主は、あの子……か?


 ──カラカラ……カランッ!


 座席者二人を挟んで置かれている、直径ニ十センチほどの木製ボウル。

 その中から、複数のなにかが転がっている音がする。

 あれがここで行われているギャンブル──。


「……勝負は?」


「ピンポイント。知ってるか?」


「あ、ああ……」


「ま、賭場の経験者なら知らなきゃモグリだわな」


 ピンポイント……ルールを齧ったことならある。

 こっちの世界オリジナルのゲーム。

 三つのサイコロをボウルの中で振り、出目でめを予想する。

 向こうの世界で言う、チンチロ、ポーカー……そしてルーレットを足して三で割ったようなギャンブル──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る