第13話 親の因果が子に報い

「……ほ、一雨来やがった」


 麓街へと降りたと同時に、バケツをひっくり返したような雨。

 下山中にぽつりぽつりと降ってたのが本降りに。

 街中の未舗装路の窪みが、たちまち水たまりになってバチバチと音を立てる。

 時は夕暮れ、夕立であってくれりゃあいいが──。


「ひーっ、こいつはドシャ降りだ。でも山の下りどきはバッチリだったろう、ヒビキぃ?」


「違うよ、おじちゃん」


「……なにが違うんだよ?」


「いまの季節……あの山からこっち、雨の雲が通る。山の上には、雨……来なかった」


「へえ、そうなのかい? さすがはオーガっ子。山のことはよく知ってら」


 そう言やぁ東北のほうは、山のこっちとあっちで天気が変わりやすい……って地方、いくつかあったな。

 ここもそんな地形なんかね。


「……っと。そんなことより、まずは雨宿り。とは言え、初めての街は勝手がわかんねぇ!」


 尾根を渡って下った先は、昨日の街の反対側。

 ヒビキの言うことが本当なら、この雨雲はあの火事の焼け跡には降らないことになる。

 気の毒なことだ。

 んでこっちの街は、建物の並びがなく、ぽつぽつと好き勝手に平屋が建ってる印象。

 隣接している建物がなく、真っ直ぐな通りってものがない。

 珍しいっちゃ珍しいが……日本の田舎の山裾も、こんな具合に家建ってるわな。


「とりあえず、この家の軒先借りるかっ。ふううぅ……この世界にも、軒ってぇやつがあってよかった」


「この……世界?」


「あ、いや……なんでもねぇ。それよりヒビキ、濡れてないか?」


「ツノと髪が少し……」


「そうか。冷えちゃいけねぇから、フード被っときな。そらっ」


 パーカーのフードを頭へ被せ、俺の胸へと顔を埋まらせるように抱き上げる。

 ツノは俺のシャツの内側へと忍ばせる。

 街ん中じゃあ大っぴらには歩かせられねぇし、こうしてくっついてたほうがあったかくていいだろう。

 ところで……今夜のメシと寝床を確保しなきゃな。

 動くのは雨が通り過ぎるの待って、だが……。

 ……………………。

 ……そう言やぁ、菜緒と出会ったのもこんな雨、こんな軒下だったな。

 あのときの菜緒みたいに、この街の娘さんが駆けこんできてくれて、メシ屋だの宿屋だのを教えてくれる……ってなってくれねぇもんかな。

 菜緒はあの日、俺の右手から駆けこんできたっけ……。


 ──ガタガタガタガタッ!


 右手にあった、軒を借りてる家の玄関。

 滑りの悪い引き戸を開けて、現れたるは中年の男。


「おいっ、テメェ! 家の周りでなにしてるっ!?」


 ドスの利いたダミ声。

 角張った顔、丈は低いが硬そうな角ばった体型。

 色褪せたブラウンの短髪に、麻の上下から覗く手足には、古そうな乾いた傷痕。

 俺のお仲間……スジもんだ。

 ケンカ中に髪を掴まれないようにするスポーツ刈、殴られて硬化した肉体と左右非対称の顔。

 菜緒タイプじゃなくって残念だが、こういう挨拶は懐かしくもある。


「ああ……すまねぇ、ちょいと軒を借りてる。初めての土地で不案内だし、このとおり幼い娘も……な。しばし雨宿りさせてくんな」


「……ふんっ。家ん中覗くんじゃねえぞっ!」


 ──ガタガタ……バタンッ!


 スジ者のご退場……いや、ご入場。

 追い払われないだけでも、まぁありがてぇ。

 そういや、子ども連れに無体はしねぇ……ってのが、親分オヤジの身上だったな。


『……いいか、雫。赤ちゃんってのは、体も魂もピカピカの新品。親の罪科なんぞ、細胞一つ持ち合わせちゃいねぇ。仏教にゃあ、親の因果が子に報い……なんて教えがあるそうだが、俺ぁ認めねぇ。俺ぁ絶対ぜってーに認めねぇ。うん』


 この教えが、親父オヤジに惚れた理由わけの一つ。

 そして、菜緒を嫁に迎えた動機の一つ。

 菜緒も俺と同じで、親から虐げられていた。

 俺の般若は自らの意志で彫ったが、菜緒の背中の根性焼きは、義父から無理やりに……。

 だから俺たちの娘には、絶対に親の生い立ちなんか継がせず、真っさらに育てようって誓った。

 けれどそのピッカピカの命は、わずか四日で──。


「……おじちゃん」


「ん、ヒビキ。さっきのオジサン、怖かったか?」


「ううん……。怖さは、おじちゃんと同じくらい……」


「はは……そうかい」


 ……くっそぉ!

 あんな豆タンク(※注)よりも、俺のほうがずっとイケてるだろうがよぉ!(※小柄に似合わず活発なタイプ。戦中、日本軍が有していた装甲車に由来)

 それに……同じくらいってのが気に入らねぇ!

 どう見ても俺のほうが強面こわもてだろうよ!

 いまや異世界住みだとは言え俺も任侠、迫力は譲れねぇぞ、おい!


「眠たい……寝ていい?」


「ああ、いいぜ。晩メシのとき、起こしてやっからな。しかしさすがオーガっ子。あんなゴツいオッサンの威嚇にも、動じないか」


「お母さんのほうが……ずっと……怖い…………すうううぅ……」


 あ……寝た!

 おい、待てぃ!

 さっきの奴と同じくらい……ってのはまだ許せても、ママより怖くないってのは聞き捨てならねえぞ、ヒビキ!

 こっちはとびっきりの鬼女を背負ってるんだぜ……おうっ!?


 ──ガタガタガタガタッ!


「……入れ?」


「は?」


 豆タンク、扉を開けて再度入場。

 あ、いや……家から退場か?


「親分が特別に、おまえらを泊めてやるとさ。ここらのこの時季の雨は、日暮れから朝まで降るからな」


「い……いいのか?」


「俺らの親分は、ことに子どもを大事にする。ツイてたな、子持ちで。嫁の姿は……ないようだが」


「はーっはっはっはっ! そうかそうか! おまえもいい親分の下で働いてるみたいじゃねぇか! なあ、豆タンク!」


「は……? マメタ……?」


 ……修羅場、上等っ!

 この家ン中になにがあるのか知らねぇが、どんな高級宿よりも俺向きのアメニティーが揃ってるって気配……ビンビンするぜっ!

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