第11話 雨と白シャツと草餅

 野外で火を使う調理。

 地面に深さ十センチほどの穴を掘り、縁に石を並べる。

 杉の落ち葉を穴に敷き詰め、あとは枯れ枝、そして炎の芯になる炭を一本。

 使い倒して底がボコボコの鍋を、石で作った五徳ごとくの上へと置く。

 水筒から鍋へ水を注いで……マッチで杉の葉っぱへと着火。

 炎がわっ……と上って、炭がたちまち真っ赤に。

 お湯が沸くまで、集めてた枝を石の隙間からくべてく。

 俺一人の朝メシなら、歩きながら乾き物を噛みゃ済むんだがな。

 小さな子には、朝からあったかいもの食べさせたいじゃねぇか、なあ菜緒。

 杉の葉っぱは油が豊富で火力が強い……って教えてくれたのも、おまえだったな。

 おまえとの出会いは雨の日の、どっかの家の軒先──。


『……もお、突然降りだすんだからぁ!』


 俺みたいな強面の先客がいる軒先へと、独り言を口にしながら飛び込んできた、小柄で化粧っけの薄い女。

 夜の街が近いエリアでは珍しい真っ黒な髪を、うなじで束ねて垂らして。

 丸い頭から尾っぽのようにトレーナーへと垂れる濡れ髪、まるでオタマジャクシだったな。

 俺はまあ仕事柄、派手な女との付き合いが多かったから、菜緒の第一印象は「地味」。

 背中に派手派手な鬼女を背負しょってる……っていうのもあってさ。


『困っちゃいましたね、ふふっ』


 頭一個以上大きい俺の顔を見上げて、その地味な顔で笑ってきたよな。

 俺は愛想笑いで「ああ、そうだな」って返したっけ……確か。

 濡れて帰るなんてどうってことない俺だったが、この日はたまたま、一着しか持ってない白のポロシャツを着てた。

 白だと雨に濡れたら、背中の般若がこんにちは……だ。

 素人衆に見せて回れるもんじゃねぇ。

 だから俺ぁ濡れても透けない暗い色の服ばっかり揃えてたんだが、この日はたまたま、一着しかない白いシャツを着てた。

 きょうのラッキーカラーってやつだったんだな、白が。


『草餅……食べます? 餡子入ってないですけど』


 いつの間にか、菜緒は買い物籠から取り出した草餅を食べてた。

 口をもぐもぐさせながら、無警戒で餅をくるむ包装紙を差し出してくる。

 その様子が妙におかしくって、俺はつい手を伸ばした──。


「餡子なしの草餅ってあんのかよ……。邪道だろ?」


『えーっ! 餡子入りが邪道ですよぉ! ヨモギのほのかな香りと味を楽しむのがいいんじゃないですかぁ!』


 そう言っておまえは、距離を詰めて草餅をもう一個差し出したな。

 それでまぁなんか、菜緒のペースに嵌っちまって……。

 簡単な自己紹介までさせられた。


『シズクさんの漢字って……雨冠あめかんむりに下、ですか?』


「ああ……もぐもぐ」


『わたしたちもいま、雨の下ですね。そして蓬は、草冠くさかんむりう……ふふっ。ご縁を感じちゃいます』


「雨がやんだら他人にしときな。俺ぁ話したとおりのヤクザもんさ。雫って名前も……。いつ死んでもおかしくない身だ」


『せっかく親御さんがつけてくださった名前、そんなふうに……言わないでください』


「親と呼べるのは、組の親分オヤジ一人。子どもの俺に暴力振るってた酒乱ジジイと、そんな俺を捨てて逃げた女ならいたがな」


『まあ、そうでしたか……。わたし、ますますご縁を感じてしまいます』


「はあ?」


 突然の雨と、白いポロシャツと、草餅──。

 人ってのは、なにが縁になるのかわからねぇなあ。


 ──ボコボコボコボコッ!


 ……っと、思い出に耽ってたらいつの間にか茹ってた。

 味つけの塩……子どももいるし、隠し味でちょい砂糖も入れるか。

 干し海藻と干しきのこをお湯で戻して、メインディッシュの干し魚を……。


「……おじちゃん?」


「おっ、ヒビキ。起きたか」


 ははっ、干し茸の匂いにつられて目覚めたか。

 これ、向こうの世界の松茸に似た味と香りなのに、向こうのモヤシみたいな値段で売ってるから大助かりだ。

 それで一時期食べまくって、すっかり飽きた……ってのもあるんだが。


「ごはん……。お肉……ある?」


「ははっ、ヒビキは肉食系だな。残念だが、朝食は魚だよ。海藻と相性がいいのは海魚だからな」


「魚のお肉も……好き」


 魚のお肉……。

 まあ魚も動物、その肉を食ってると言えるな。

 オーガの感覚だと、魚も肉か……なるほど。


「だけどその茸は……嫌い」


「いいっ!? もう出汁取っちまったよ! それに子どものうちはいろんな物食わねぇと、大きくなれないぞっ!?」


 そうだぞ、菜緒……ふふっ。


『あーっ! また無断で鍋に椎茸入れたぁ! 椎茸はお具材全部に味移っちゃうから、わたしの分取り分けてから入れてって、言ってるのにぃ!』


「そんな偏食だから、ちっこいまま大人になっちまったんだよ。子ども欲しいんなら、まずそのガキみたいな偏食卒業しやがれってんだ」


 ……なあ、菜緒。

 おまえと響をうしなってからは、家族はもう作らねぇ……って決めてたけどよ。

 こういう疑似の親子なら……大目に見てくれるだろ、な?

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