3
人は死ぬんだ。棺の中に寝かされた真っ白な顔のばあちゃんを見て現実として初めて死を肌と空気で感じた。
当たり前の事。死とは誰にでも平等に訪れるもの。でも、ばあちゃんに訪れた死は、果たして平等な死だったと言えるだろうか。
通夜や火葬といった一通りの行事が事務的に進められていった。
涙を流す母さん、そんな母さんを労わる父さん。
じいちゃんはずっと厳しい表情をしていた。いつもの笑顔はなかった。でも悲しむでもなく、亡くなったばあちゃんをしっかりと見送るんだと気を張っているような、そんなふうに見えた。
そんなじいちゃんの表情は、皆でじいちゃんの家で晩御飯を食べている時にようやく少しほぐれた。
「ありがとうな。皆に見送ってもらえた事は、ばあさんにとっても幸せだったはずだ」
母さんも父さんも静かに頷いたが、僕は反応出来なかった。
失礼な話だが、年齢的に亡くなる事自体は不思議ではない。ただ、ばあちゃんの亡くなり方があまりにも不自然だった事がどうしても引っかかって色々と考えてしまった。
ご飯を食べた後、一人縁側で座っていたじいちゃんの横に座った。今日もこの家に一泊する。あの襖はもちろん開けない。
「ねえ、じいちゃん」
「なんだ?」
「ばあちゃん、どうしてふすまの中に入ってたの?」
口にするべきじゃないとも思ったけど、やっぱり我慢出来なかった。この疑問を人にぶつけずに自分の中で処理するなんて無理だった。
『襖の中で、座ったまま亡くなってたんだ』
母さんとじいちゃんが喋っていたのを偶然僕は聞いてしまった。
襖。この家にいくつか襖はあるが、どの襖の中かは聞かずとも僕は確信していた。じいちゃんはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと話し始めた。
「お前たちが帰った日からだ。ばあさん、ふらっと襖の中に入るようになってな。何をしてるのか聞いても答えん。しかも、日に日に入ってる時間が長くなっていった。認知症でも始まってしもうたかと思って、病院にでも連れていかんといけねぇかなって思ってた矢先、襖から出てこないから見に行ったら……」
言いながらじいちゃんは目を伏せた。
「じゃあ、何でかはじいちゃんにも分からないんだ」
「ああ。一体急にどうしちまったのか。ただ……いや……」
何かを言いかけたじいちゃんはそこで言葉を止めた。まるで言うつもりなかった事を口走りにそうになったといった感じだった。だがもう手遅れだ。そんなふうに言われたら気になるに決まっている。
「何? じいちゃん、何か知ってるの?」
じいちゃんは迷ってるようだった。何度か僕と虚空を視線が行き来した後、やがて口にした。
「ばあさんが亡くなる前日、よく分からない事を言ってたんだ」
「何?」
「”まるは まるじゃない。なかに わたしがいる”って」
「……どういう意味?」
「分からん。分からんよ、全く」
意味不明な言葉。それがばあちゃんの最期の言葉。何とか読み取ってあげたいと思うが、僕もじいちゃんも全く検討もつかなかった。
「ばあさん、何かを待っていたのかもしれん」
「え?」
「いや、なんとくな。そんなふうにも見えたんだ。さ、そろそろ寝るか」
じいちゃんは立ち上がり家の中に戻ろうとした。これ以上は何も分からなそうだったので、僕もじいちゃんの後に続いて立ち上がった。
「なあ、太一」
「ん?」
「お前は何か分かるか? ばあさんがあの中で死んだ理由」
言いながらじいちゃんはあの襖を指差した。
「ううん、分からない」
「そうだよな。悪い、変な事聞いて」
嘘はついてない。僕にだって分からない。でも僕はじいちゃんと違って、自分が見たものを喋らなかった。これも嘘をついた事になるのだろうか。
”まるは まるじゃない。なかに わたしがいる”
ぐるぐるとばあちゃんの言葉が頭の中で回り続け、全くその日は眠れなかった。
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