第7話 夜襲

 竜ケ崎未咲は中学生の頃、自他とも認める地味系女子だった。

 髪色は黒。元々、綺麗な天然色の茶髪の持ち主だったが、教育指導の教師に間違えられて叱られたことをきっかけに、髪色は黒く染めるようにしていた。

 趣味は読書。それも、何よりもホラーや伝奇を好ましく思っている読書嗜好の持ち主だ。残念なことに、その趣味を理解してくれる友達は居なかった。

 服装も地味。

 制服のスカートは膝の下までがっちり伸ばして。

 私服姿はほどんと、地味な色合いのものばかり。

 誰かを話すよりも、本を読んで空想に浸る。そういうことを好ましく思う地味系文学少女だったのである。


「未咲にはさ、素質があると思うんだよ」


 しかし、そんな未咲にも親友が居た。

 中学一年生の春。

 偶然、好きな映画の話で盛り上がったことをきっかけに、絆を深めた親友が。


「なんの素質かって? それはもちろん、人と仲良くなるための素質だよ」


 親友はいわゆる、陽キャと呼ばれるような人種の女子だった。

 常に周りには誰か友達が居て。

 人と話すことを何よりも楽しそうにしていて。

 だというのに、そんなたくさんの友達よりも、未咲を優先していた。


「だって私、未咲と話している時、すっごく楽だもん。いや、本当にね? どれだけ楽しくてもさ、人と話すのって二割か三割ぐらいは『面倒くさいなぁ』とか『嫌だなぁ』って思うことがあるのに、未咲と話すときにはそれがないの。まるで、どこまでも続く草原の中で、涼しい風に吹かれているみたいに、凄く息がしやすくなるんだ」


 自分には親友がいる。

 クラスの中心的存在が、誰よりも自分を優先してくれる。

 このことに未咲はささやかな優越感と、確かなる絆を感じていた。

 当時、ひねくれものと呼んでも仕方がないほどに他者との交流を望ましく思っていなかった未咲は唯一、その親友だけが外の世界との交流点と呼べる存在だった。


「だから、未咲だけには言うね。あのね、私は実は――」


 故に、未咲は親友の願いを優先した。


「声優になりたいんだ」


 中学三年生の冬。誰も居ない夕暮れの教室の中、告げられた夢を応援した。

 他者から見れば、荒唐無稽にしか思えない夢を、それでも真剣に信じて、本当に実現可能になれるように、相談に乗ったこともある。


「私はこれから夢のために、一心不乱に努力すると思う。生活のほとんどをそれにつぎ込むと思う。それはもう決めたことだから、私は揺るがない。だけど、一つだけ。一つだけ心配なことがあってね?」


 けれども、親友が未咲へ本当に相談したかったことは一つ。


「未咲、私が遠くに行っても、一人きりに戻らないよね? あんな、孤独な姿は私、もう見たくないよ」


 余計なお世話極まりない、未咲の身の上の話だった。

 親友は声優になるため、芸能系の学校がある都会へと引っ越すことになった。

 それ故に、親友と未咲は離れ離れになってしまう。

 未咲がまた一人になってしまう。

 そのことを親友は心配に思ったのだ。


 未咲はきっと、親友が相手でなければ、こんな心配は余計なお世話だと拒絶しただろう。

 好きで一人なのだ。孤独ではなく、孤高なのだと強がっただろう。

 だが、言ってきた相手が親友だったのならば、本当に心配そうにしていたのならば。



「大丈夫だよ。私はきっと、貴方みたいな素敵な女の子になって見せるから」



 未咲は虚勢を張ることを選べる程度に、情が深かったのだ。




 未咲自身も意外なことに、『猫被り』は上手くいった。

 上手く行きすぎた。

 黒く染めた髪は、天然色へと戻して。

 鏡の前で、笑顔の練習をして。

 話しやすい、と言っていた親友の言葉を参考に、『誰とでも常に親友と話しているように対面する』という心構えをして。

 ファッション雑誌をたくさん買って。

 そして、頭の中に確かにある親友の挙動を真似して。

 その結果が、現在の竜ケ崎未咲である。


 微笑みは太陽の如く。

 語る言葉は薫風の如く。

 誰の心にも無理なく入り込み、心地の良い言の葉を重ねて、気づけば人の中心に居る。

 そんな陽キャ一軍女子が誕生してしまったのである。

 ――――そう、丁寧に作った仮面の下で、藻掻き苦しむ少女が。


 苦しくないわけがないのだ。

 何せ、元々は対人コミュニケーションを嫌っていた文学少女に過ぎない。

 どれだけ丁寧に虚偽で作った仮面を被ろうとも、自分自身は誤魔化せない。対人に関するストレスはどんどん溜まっていく。

 残念ながら、未咲は親友のように人と話すことが好きな元来の陽キャではない。

 段々とそのストレスが、ぴしりと音を立てて虚偽の仮面をひび割れさせていくのだ。

 いつか来る破綻の時が、近づいてくるのだ。

 だが、未咲にとってそれは認めがたいことである。自身が破滅するのならばまだいい。ストレスの爆発で周囲に迷惑をかけるのも、まぁ仕方がない。

 けれども、遠く離れた親友を心配させるのだけは嫌だと、苦悩に苦悩を重ねて。



『《生まれ変わりたいと望む貴方に、祝福を与えましょう》』



 それ故に、ひび割れた心の隙を女神につけ入れられた。




 未咲に憑依した魂――竜王の手口は巧妙だった。

 他の転生者とは違い、焦らない。地味に、コツコツと未咲の願いであるストレスからの解放を叶え続けていたのだ。

 あえて権能を使わず、未咲の行動に少し干渉しながら上手く環境を改善し、小さな願いを叶え続け、その度にじわじわと浸食を広げていった。

 少しずつ、少しずつ、自他の境界を混ぜ合わせて。

 周囲から見られても違和感ではない変化に留めながら、確実に未咲の魂を浸食して、たっぷり三か月の時間をかけて、未咲の肉体を掌握したのである。

 だが、完全に掌握したからと言って、本来の人格を封印して、竜王が常に前面に出るような真似はしない。

 何故ならば、そんなことをすればすぐに、周囲に『人が変わった』と違和感を抱かせることになりかねないからだ。演技をすればあるいは、未咲の模倣も可能かもしれないが、それでは日常を過ごすだけで気をすり減らしてしまう。

 従って、普段の日常は未咲の人格を全面に出して。

 肝心な場面だけ主導権を奪い、肉体を動かすというのが竜王のやり方だった。


 ただ、このやり方は隠密性こそ高いのだが、どうにも同類である転生者、ひいては生前の部下を探すには中々に不向きだった。

 派手なことをしないということは、周囲に情報を与えないということ。

 周囲に情報を与えないということはつまり、他の転生者が竜王に気づけるだけの余地が少なくなるということ。

 偶然、運良く生前の部下を見つけても、完全に肉体を掌握しきれていない状態では、何を言っても上手く指示通りに動いてくれない。むしろ、宿主の願いと異なる行動を取ったため、状況が悪化することなどもよくあったのだ。

 そう、竜王は生前に王であったが故に、他者へと命令することは得意なのだが、このような特殊な工作員みたいな真似事をするのは不得手だった。


 しかし、だからこそ、己の影であるジーンと再会した時は嬉しかったのだ。

 数多の汚れ仕事をやり抜き、もっとも忠誠の厚い騎士、ジーン。

 たとえ、一度死を挟んだとしても、ジーンに対する竜王の信頼は揺るぎない。

 ジーンが居るのならばきっと、状況が打開できると信じている。



●●●



「土地を支配するということは、どういうことなのか? 簡単に説明するのならば、それはこの土地の地脈を掌握することだ」


 静真の部屋に、どこから取り出したのか、ホワイトボードを置いて竜王は解説する。


「地脈とは即ち、パワースポット。土地を巡る『魔力』の大動脈のようなものだ。ここを掌握すれば、土地を巡る魔力を支配し、管理者として君臨できる。ここに我らが女神を据えることが出来たのならば、もはや勝利も同然。この土地の情報を書き換え、我らの国土を再現することも難しくはないだろう」


 地脈や魔力、などの解説をホワイトボードに書き込みつつ、さりげなく小さな竜みたいなマスコットキャラクターも空白に書き入れて、わかりやすく、ファンシーな説明にしていた。


「だが、当然ながら土地の要である場所――神社には、守護者である番人が常に二人以上の体制で見張っている。これを正面から突破するのは容易くない」


 キュキュッ、とマジックペンを鳴らして、厳めしいフォントで番人を付け足す。


「この情報は間違いない。何せ、何度も我が神社に通って確認したからな」

「無茶しますね、我が王」

「問題無い。隠密性においては、我らは番人の上を行っている。無論、念には念を入れて、宿主の意識に干渉し、自主的に神社に向かわせるようにはしたが」


 ジーンは呆れたように息を吐き、竜王は誇らしげに胸を張った。

 生前、異なる世界で行われていたようなやり取りを、二人は今、静真の部屋で行っていた。


「番人どもの練度はどいつも高い。その中でも、あの昭輝とか言う炎使いの番人は別格だ。我相手でも一対一で勝負になるだろう。故に、我の考えとしては、奴が居ない時を見計らい、他部下と共に夜闇に紛れて奇襲するのが――」

「ストップです、我が王」

「む、なんだ?」

「まず、こちらの戦力情報の共有をさせてください。僕以外にも部下が合流しているのですか?」

「ああ、言ってなかったな。『牙』の騎士とは合流済みだ。肉体の掌握に時間はかかっているが、一夜ぐらいならばなんとか装纏状態を保てるだろう」

「…………なるほど」


 ジーンは顎に手を当てて、考える素振りを見せる。

 そう、如何にも真面目に作戦を考えています、という顔を作って。


「一つ、案があります。夜襲の成功確率を高めるため、この宿主の繋がりを利用した案が」


 忠誠を向けている王を騙すための作戦を語り始めた。


 ………………。

 …………。

 ……。


「ふっ、流石は『影』の騎士。中々に悪くない案ではないか」

「恐れ入ります」


 説明を終えた後、竜王はご機嫌といった様子でジーンの頭に手を置いた。


「正々堂々の真逆を行く策略。まさしく、貴様こそ我が影よ!」

「ありがたき幸せ」


 そのまま、わしゃわしゃと大型犬でも愛でるかのように頭を撫でる。

 生前にもやっていたかはさておき、ジーンの内側で待機している静真としては、思わず主導権を取り返して、飛び去りたくなるほどの衝撃だったらしい。

 ジーンは頭を撫でられているのを受け入れながら、必死に思考で『《落ち着け! 落ち着け! この童貞が!!》』と共犯者に呼びかけていた。


「では、兵は神速を貴ぶという、この国の言葉を参考に、明日の夜にでも襲撃を行う」

「我が王、そういうのは『牙』の予定を確認してから言うべきでは?」

「問題ない。奴には常に行動できるように待機を命じているからな」

「我が王、問題なくとも一応は連絡しませんと」

「む、そうか? ん、そうだな…………すまんな、精神がどうしても肉体に引っ張られる。生前のようには上手く行かぬらしい」

「それはお互い様です、我が王」


 必死で呼びかけているとも察させない、忠臣感溢れるやり取りを経て、ジーンはどうにかこうにか、竜王の懐へと潜り込む。その信頼を一心に受ける。


「なぁ、我が影よ」

「なんでしょう? 我が王よ」

「……上手く行かぬが、それでも楽しいな、過去の戦の如く」

「ええ、そうですね。本当に、楽しい」


 全ては忠義を貫き通し、竜王を討つために。



●●●



 作戦会議と作戦決行までの間、丸一日ほど時間が空くことになった。

 当然、その間に学校があるので通わなければならない。

 変に未咲との相手に緊張しないように、自分が掌握されていないとバレないように、静真は可能な限りの自然体で過ごした。

 いつもはなんだかんだ、あっという間に過ぎていく学校での一日だが、夜に戦いがあると思うと妙に長く感じ、それだけもどかしい思いが募っていく。

 そして、ジーンという共犯者に対する疑念も。


 竜王と親しく話し合っていた様子を見ていたからこそ、静真は悩む。

 こいつは本当に、裏切る気があるのだろうか? 本当に裏切れるのだろうか? と。


『《裏切るさ。僕は我が王を裏切る。生憎、証明は実際に行動しなければならないが》』


 厄介なことに、静真とジーンは二心同体。

 油断するとすぐに思考が読まれてしまうので、落ち着いて考えをまとめることも出来ない。

 それだけ、他者と自分の体の中で同居しているというのは違和感のあることだった。


『《僕からしたら、違和感があるという時点で既に、転生者として君を乗っ取ることは不可能になったということだから、そこは信じてもらいたいね》』


 ジーンが何かを言っているが、静真はその言葉を素直に信じるほど甘くはない。

 甘くなれない。そこまで前向きになれない。

 いざという時に、肉体の主導権を奪いっぱなしにして、自分の精神を打ち砕くような行いをするかもしれない。警戒は絶対に怠らないぞ、と手綱を締めるかのように、意思を強く持つ。


『《まぁ、こちらとしても、それぐらいの疑いを持ってもらえるのならばちょうどいい。いざという時、我が王を討つ邪魔をしなければ》』

「ああ、邪魔はしないよ。お前が未咲ごと竜王を屠ろうと考えていなければ」

『《……プランBは破却するか》』

「やっぱり、こいつ悪霊だわ」


 学校で過ごす間、静真は異なる魂とテレパス的な思考で会話をしていた。

 その結果、静真はどこまでもジーンとは相容れないと確信するに至り、こんな事態を引き起こしたであろう女神へ疑念を抱く。なんでまた、ここまで相性の悪い魂を自分に入れたんだろうな、とあきれてしまう。


「……んっ?」

『《む?》』


 だが、そんな二人の思考は、放課後の文芸部で思わぬ一致を得ることになった。


「おおう」

『《おっふ》』


 そう、『ちょっと会って話がしたい』という、携帯電話に届いた昭輝からのメッセージを受けて、同時に『やべぇ』と思考が一致することになったのだ。




「わりーな、いきなり呼び出しちまって」

「いえいえ、全然! ぜーんぜん!」


 時間は下校時間が過ぎた夕方。

 場所はいつも通りの定食屋。

 静真はテーブルを挟んで昭輝と向かい合い、少し早めの夕食を食べていた。


「今日はちょっと、少年と話したいことがあってなぁ」

「そ、そうですかー」


 あっけらかんと告げる昭輝に、静真はびくりと肩を震わせた。

 内心では『やっべ? バレたんじゃね? これは作戦がバレた!? というか、昨日の襲撃犯が俺だとバレてんじゃね!?』と心底ビビり散らかしているわけだが、なんとかその動揺は表に出していない。『《ぬぅおおおおおおっ!! 落ち着けぇ! この場合、僕が一番リスクが高い状況なんだぞ!?》』と内部で叫ぶジーンによる、肉体制御の賜物である。


「俺としては『その時』までは語らずに置こうとしたんだが、こういうのは早めの方が良いと優里花からせっつかれたから仕方なくな?」

「な、なんですか? 一体、もったいぶらないでくださいよぉ」


 静真は『國生先輩!? 國生先輩にも俺のやらかしがバレている!?』などと戦々恐々としながら、話の続きを待つ。


「ま、あるいは今更かもしれないが、一応な。俺がお前をスカウトした理由について、少しまともに話しておこう」

「……ええと、スカウトした理由、ですか?」


 そして、昭輝の言葉に静真は安堵と疑念を抱いた。

 どうやら昨日の襲撃のことを疑っているわけでは無い。けれども、自分をスカウトした理由を語ろうとするのは何故なのか? 本当に今更だ。今更だが、よくよく考えてみれば、採用条件とかはさっぱり知らなかったなぁ、などと混乱めいた思考を散らかせて。


「実は俺に、秘められし闘争の才能があったとか?」

「いや、お前に戦いの才能は無い。一般人の範疇だ」


 冗談めいた言葉を投げかけて、思いっきりデッドボールで返された。

 憧れていた人物に才能が無いと告げられたのは、地味にメンタルに来るダメージだった。


「さ、才能無いんですか!? え、マジで!?」

「無いぞ。まぁ、あの優里花からしごきを受けて逃げ出さないあたり、根性はあるだろうが」

「いや、いやいやいや! 昭輝さん!? 才能無いんだったら、駄目じゃないですか! 強くなる見込みがないヒーロー志望とか害悪では!?」

「確かに、番人になるための人材としてだけ見れば、よろしくないな」

「ごふっ」


 静真は落ち着くために冷や水を飲もうとした瞬間、思わぬ肯定を受けたためにせき込む。


「ごふごふげほっ」


 何度もせき込み、ぷるぷると肩を震わせながら、昭輝へ再度問いかける。


「じゃあ、何故に俺を?」

「才能があるからだ」

「…………は?」

「戦闘者としてでもなく、番人としてでもなく、お前には『ヒーローとしての才能』があるからさ、少年」


 静真の思考は更に困惑を極めた。

 才能がないのに、才能がある。

 一体、どういうことだ、と。


「少年、ヒーローの条件って知っているか?」


 昭輝はそんな静真の姿に苦笑しつつ、問題を出して見せる。


「う、うーん……悪を倒せるぐらいに強いこと、ですか?」

「違う」

「優しいこと?」

「違う」

「勇気?」

「違う」

「…………あの、全然わからないんですが?」


 不正解を続ける静真は、もう勘弁してくれと言わんばかりに答え合わせを望む。


「なら、正解発表だ」


 昭輝は苦笑交じりに意地悪く、けれどもどこか噛みしめるように答えた。


「ヒーローの条件、それは『困っている奴を助けること』だ。強さも、優しさも、勇気も、全その後に付く」

「いや、まぁ、その、それを言ったら元も子も無いというか。助けるために強さとか優しさが、行動するために勇気が必要なのでは?」

「ああ、それも一理ある。だが、俺が考えるヒーローの第一条件は――――タイミングだ」

「タイミング、ですか?」

「おう、だってそうだろ? どれだけ力を持っていようが、優しかろうが、勇気があろうが、間に合わなければ全部意味がないんだからな」


 昭輝の答えは無情だ。

 無情極まりなく、現実的で。


「少年……いや、静真。お前はタイミングが良い。この町で既に、何度も転生者を見つけ、俺たち番人に通報するだけの遭遇運がある。お前にとっては厄介な代物だろうが、誰かが助けてほしい時、その現場に出くわす運を持っていることこそ、ヒーローの条件であり、才能だと俺は考えているんだ」


 そしてある意味、浪漫溢れる理想的なものだった。

 何せ、昭輝はこう言っているのだ。

 誰かの危機に『駆け付けた者』こそ、ヒーローなのだと。


「……なんか、運が全てみたいな言い方をされると釈然としないんですが」

「ははっ、悪い、悪い! だけどな?」


 そんな身も蓋もない答えを告げる昭輝に、静真は渋い顔を向けて。


「俺は本当にそう思っているんだよ。どれだけ強くても、優しくても、勇気が溢れていようが、『その場』に居なければ意味がないって」


 その姿を見た瞬間、何も言えなくなってしまった。

 どうしようもない『何か』に打ちのめされながら、それでも笑顔を浮かべている、一人の大人の姿を。



●●●



 昭輝との接触はあったものの、問題なく夜まで時間は進んだ。

 時刻は午前二時の丑三つ時。

 場所は天見町に存在する神社――月輪(つきのわ)神社。良縁を繋ぎ、悪縁を断つとされている神が祀られた神社だ。


「待たせたな」

「いえ」


 その神社へと続く石段の前に、二人が姿を現す。


「貴方様を待つことは慣れていますので」


 一人は、静真の肉体に憑依したジーン。

 運動しやすい私服姿で、騎士の如く傅いている。


「くくっ、皮肉を言うな、この不敬者め」


 一人は、未咲の肉体に憑依した竜王。

 これから戦いに挑むというのに、その服装は舞踏会にも出るかのように可憐なドレスだ。


「ところで、我が王。その姿は何かの冗談で?」

「ふん。我は派手な服の方が気合が入るのだ。わかるだろう?」

「わかりますが、生前からそんな感じでしたが……まぁ、どうせ、戦いになったら関係ありませんからね」

「その通り。我らの戦いに服装は意味ない。故に、好きな服を着るのが一番だ」


 くくく、と愉快そうに竜王は笑った後、すっと表情を引き締めた。


「では、作戦の確認と行こう」

「了解しました。まず、第一目標は神の討伐。その後、土地を女神に支配させること」

「うむ。そのためにはまず、二十四時間体制で常に二人の番人がローテーションで回っている現状が厄介だ。故に、こうする」


 引き締めた表情のまま、竜王は手元の携帯電話を操作し――――数秒後、住宅街に凄まじいほどの衝撃音が響き渡った。


「我が配下、『牙』の騎士を囮として配置した。大規模破壊をさせてもよかったが、未だ奴は完全に肉体を掌握していない。宿主の抵抗感が少ない形で、可能な限り怪我人が出ないよう、物的破壊に留めた囮活動をさせる」


 次いで、ジーンが携帯電話を操作する。


「次に、僕が宿主の知り合いの番人――國生優里花と稲川昭輝へ、『転生者を見つけた』というメッセージを送り、誘導する」

「二人の内どちらかが、神社に配置されていた番人ならば御の字。そうでなくとも、いざ、攻略を開始した際、この町の番人の内、一人は最低限に囮に食いつかせられると思えば、やって得しかない行動だ」

「願わくば、最強の番人である稲川昭輝が動いてほしいものですがね…………っと」


 携帯電話を操作しながら言葉を交わす二人が、ほぼ同時に空を見上げる。

 そこには、暗い空の中、物凄い勢いでジェット噴射――水をジェット噴射した勢いで飛ぶ、人型の『何か』の姿が。

 それは、神社の中から飛び出し、破壊活動の中心である町の方へと飛んでいく。


「当たりですね」

「これで残る番人は一人か、悪くない」


 転生者たちは悪役の如く笑い、声を揃えて次の言葉を唱えた。


「「魂罪装纏」」


 変身がためのキーワードを唱え、姿を変えた。

 ジーンは夜闇に溶け込むような、黒いシルエットの怪人へ。

 竜王はその名の如く――――王威が溢れる、『冠』を被った竜人へと。


『《くははは、悪くない。この姿はやはり、心が沸き立つ》』


 鱗は黄金。

 頭部は竜。

 背中に生えた二枚一対の翼は、さながらマントの如く。

 王者としての風格が漂う、黄金色の竜人。

 それが竜王の装纏状態だった。


『《行きましょう、我が王》』

『《無論だ。侵略を始めるぞ》』


 竜王とジーンは共に石段を駆けあがり、神社の鳥居を潜る――直前、ばりぃと転生者たちを弾く結界が発動して。


『《無意味だ》』


 竜王の腕の一振りにより、結界は破壊された。


『《お見事です》』

『《ふん、準備運動を褒める馬鹿がどこに居る? さぁ、行くぞ》』


 そして、自由に移動できるようになった二人は、そのまま本殿へと駆け出す。

 本殿の奥。霊脈が集まる中心。この土地の神が居ると思わしき場所へと。


「おいおい、今日はなんて日だ」


 しかし、当然の如く、その前に立ち塞がる番人が一人。


「パチンコで大負けした上に、行きつけのコンビニではタバコの銘柄が売り切れ。自棄を起こして酒を飲もうとしたら、そういえば今日は深夜勤務だった――その上にこれだ。まったく、厄日極まりないぜ」


 最強の番人、稲川昭輝が、既に装纏状態の臨戦態勢で待ち構えていた。


『《外れですね、我が王》』

『《ああ、大外れだ》』


 暗闇の中、二体の転生者と一人の番人が相対する。


「だからまぁ――――八つ当たりで悪いが、くたばれや、転生者ども」


 天見町の命運を決定づける戦いが今、始まろうとしていた。




『《権能解放》』


 ジーンの姿が、昭輝の装纏状態を模したものに変化していく中、静真は心構えをしていた。

 無論、昭輝と戦う心構えなどではない。

 いざという時、ジーンから即座に主導権を奪うための心構えだ。


「テメェの権能はやっぱりあれか、『物まね野郎』ってわけか」

『《ご名答》』


 変化したジーンは、竜王の前に立ち、昭輝と相対する。

 さながら、王を守る騎士の如く。


『《我が王よ。ここは僕に任せて、先に進んでください。貴方様が神を討てば、その時点でこちらの勝利です》』

『《ふっ、任せたぞ、我が騎士》』


 竜王はジーンの言葉を信じ、本殿の方へと駆けていく。


「させると思うか?」

『《思わぬからこその、僕だ》』


 竜王を行かせぬために、音速で駆ける昭輝だったが、同じく音速で動くジーンによって足を止められてしまう。


『《全身全霊で止める》』


 昭輝の乱打を防ぎ、打ち落とし、一時でも競り合うジーン。

 どうやら、姿形だけではなく、その能力も模倣出来ているらしい。


『《行くぞ、番人――――神威顕現》』

「ちぃっ! そのレベルでの模倣かよ!?」


 更には、ジーンの肉体が黒炎によって包まれる。

 神威による攻撃を模倣するため、肉体に限界以上の力を込めて。


『《【偽神・超力駆動】》』


 炎雷となったジーンは駆ける。

 音よりも速く。

 雷の如く。

 この場の誰よりも早く駆け抜いて。


『《我が王よ、これが僕なりの忠義です》』


 駆ける竜王の背中へ、全身全霊の一撃を叩き込んだ。



『《貴様が歪んでいたことなど、わかっていたさ》』



 原因は二つある。

 一つは静真による疑い。

 最後の最後まで、ジーンを疑い抜いたからこそ、その動きはある程度の縛りを受けた状態として、奇襲を鈍らせてしまったのだ。


『《故に、手札を隠していたのだが――――正解だったようだ。なんとか、ギリギリ、我は命を繋ぐ結果となった》』


 もう一つは竜王による権能。

 正確に言うのであれば、『竜王が持つ権能の一つ』だ。

 自動防御。

 かつて、鱗の騎士が持っていたその権能と同じものが発動し、竜王を守護したのだ。

 前もって疑っていたが故に、鱗の騎士よりも遥かに早く自動防御は発動し、辛うじて無数の鱗による防御が、その一撃を致命傷から重傷程度まで引き下げたのだ。


『《残念だ……ああ、本当に残念だ、我が騎士。我が影》』

『《――――ごぼっ》』


 そして、ジーンはこの奇襲に全身全霊を込めていたが故に、それを避けられなかった。


『《さらばだ、ジーン。貴様のことを愛していたよ》』


 装纏の鎧ごと静真の胸を貫く、手刀の一撃を。

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