第15話 町の散策4
バサルが走っていったのは、工房が多く集まっているエリアようだ。あちらこちらの建物から様々な音が聞こえてくる。金属を打つ甲高い音を、釘を打つリズミカルな音が追いかける。家具の工房の軒先では、体の大きな職人がノコギリで丸太を切っていた。
「姉ちゃん、こっち! 早く!」
バサルが大きく手を振って、私を呼んでいる。
友達の家を紹介したくて堪らないようで、それが可愛く思えて自然と口許がほころぶ。
シウムとリウムの家からは、金属を叩く高い音が響いていた。
たくさんの道具が壁にかけられていて、狭いながらも使いやすそうな工房だ。どこもかしこも煤で汚れていて黒っぽい。火の入れられた炉だけが、明るく輝いていた。
気がついたリウムが、飛び出してきた。
「バサル様。今日は早いですね」
工房のなかでは、汗と煤にまみれた女性がハンマーを打ち付けていた。ハンマーを握る腕は太く、よく鍛えられている。女性はこちらに視線を送ると、小さく頭を下げた。
「こういう工房って初めて見た!」
正確に打ち付けるその動きを、私はじっくり目で追う。
「パワフルなお母さんで、かっこいいね」
リウムに話しかけると、彼は目を輝かせて跳び跳ねた。
「うちの人に任せていたら、潰れちまうんですよ」
「お酒ばっかり飲んで、働かないんです」
眉をつり上げる母親の言葉をシウムが補足する。彼は母親の近くで作業を見て学んでいるようだった。
どこの世界にも、働かない父親っているんだな。複雑な気持ちが広がるが、それ以上に彼らの母親がかっこよかった。
いかにも肝っ玉母ちゃんという感じの母親と、それを支えているシウムとリウムが眩しく見える。
「母ちゃん、すげえだろ?」
母親を褒められて嬉しくなってしまったのだろう。リウムが自慢げに叫ぶ。
「リウム! 領主様んとこのご令嬢だよ。失礼な態度をとるんじゃないよ!」
すぐに母親に怒られて、リウムは体を小さくしていた。
母親がほめられて嬉しいのは、どの子も同じだろう。
「子供は元気なのが、一番ですから」
私が穏やかに告げると、彼女は驚いたようにこちらを見る。
「すみませんねぇ」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げると、鋼を打つ作業に戻った。
「ねぇ、お母さんは何を作っているの?」
「ん~?」
リウムが首を捻っていると、シウムがかしこまった様子で近づいてきた。爽やかないい笑顔をしている。営業スマイルってやつだろうか。
この歳で本当にしっかりしてるよね。
「あれは、小型のナイフです」
「もしかして、剣とかも作るの?」
リウムは目を丸くして動きを止めた。
「エマ様。この国では、平時の帯剣は認められていません」
ガーネさんが耳元で囁いた。日本で言う、銃刀法のような法律があるのだろうか。
「そっか。剣はダメね。ナイフ以外には何が作れるの?」
「よく注文が入るのは、包丁ですね」
「包丁……」
料理なら勝負できるかもと思ったばかりだ。食べ物を売るのであれば包丁は必須だろう。
「包丁って、一本いくらくらい?」
「4万ルナです。一本いかがですか? メンテナンスも、うちでしますよ」
だいたい日本円で2万円ってところ。ホームセンターにある量産品しか買ったことがない私からするとかなり高く感じるが、職人手作りの一本物だと思えばそれくらいは妥当だろうか。
一応、ガーネさんの顔色を窺ってみるが、驚いた様子はない。
こんなもんってことね。
「じゃあ、一本お願いします」
「ありがとうございます!」
今まで営業スマイルを浮かべていたシウムが、嬉しそうな笑みをうかべて母親の元へ駆けていく。
「母ちゃん、エマ様が包丁一本だって!」
「ありがたいね~。エマ様の手に合わせてお作りするから、前金をもらっておきな」
母親に言われて初めて気がついた様子でシウムが戻ってくる。
「あの、エマ様。前金が必要です」
私の手の大きさに合わせて作ってくれるなんて! 特別感があって、嬉しくなってくる。ちょっとだけ高いかなって思ってしまったけど、必要な物なのだからお金を惜しんでいる場合ではない。
「いくら払えばいいのかな?」
「半額の2万ルナをお願いします」
銀貨二枚ってことだよね。すでにガーネさんが用意していたようで、「これでよろしいですか?」と渡していた。
「姉様! 次はザックのところに行こうぜ!」
「あっ、バサル様! 今日も相変わらずでしたよ!」
駆け出していきそうになるバサルを、シウムが呼び止める。
「やっぱり、心配だから行ってくる!」
足を止めたバサルだったが、今度こそ背中を見せて駆け出していった。
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