第9話 資金の調達1

 何をするにも資金は必要。それはわかっているんだけど。


 まず、私はこの世界でのお金の価値が分からない。書類に書いてあったたくさん0が並んだ金額だって、実際どれくらいの額なのかさっぱりだ。


 そんなことを考えていると、私の部屋の前にはバサルがいた。


「姉様。大丈夫?」


 バサルは、眉を下げて辛そうに顔を歪めている。


 前に婚約破棄されたと知ったときには、エマさんは窓から身を投げている。心配してくれたのだろう。


「大丈夫だよ。ちょっと驚愕の事実を知ってしまったところなの」

 そういいながら部屋に入る。バサルも後ろからついてきた。


「実はね、うちにはかなりの額の借金があるみたいなのよね」

 窓の隣にあるワードローブに近づく。


「姉様! 早まっちゃダメ!」

 バサルの切羽詰まった声で足を止めた。

「へっ?」


「ダメだよ。姉様はいいやつだったんだ。だから死んだらダメなんだ!」


 バサルが私のドレスをギュッと握りしめていた。


 私が向かっているワードローブは、エマさんが身を投げた窓の近くにあった。中身が入れ変わったことを知らないバサルは、また自殺を計るのではと心配してくれたのだろう。


 私にとって婚約破棄は、完全に他人事だったのだけれど。


「あっ、あぁ。大丈夫。ドレスを見たかったの」


 バサルの頭を撫でれば、彼は「本当に?」と小さく首をかしげて手を離してくれた。


「借金を返すためには商売よね。その商売だって、始めるためには元手が欲しいでしょ。ドレスって売れたりしないのかな?」


「えぇ! 姉様、ドレスを売るの?」


 バサルが大きな声を出した。

 そんなに驚くようなことだろうか。


「そう。どれがいいかな?」


 ワードローブの中のドレスを一枚ずつ確認していく。比較的シンプルなドレスに、少しだけレースがついたドレス。これくらのシンプルなドレスなら私でも着られるけど、ふんだんにレースが使われたものを着るのは恥ずかしい。


 水色のドレスを取り出すと、ところどころキラキラ光る石が縫い付けてあった。見ている分にはきれいだけど、着る気にはなれないドレスだ。


「姉様、それ着るの?」


「着ないよ。これって売れると思う?」


 バサルが目を見開いて動きを止めた。しばらく待っていると、「えぇ~!」と家中に響き渡るような声を出す。


「それ売っちゃうの? だって、それって、姉様が婚約するときに作ったドレスだろ?」


 もしかして大事なものなのだろうか? でも、婚約破棄されてからも、とっておく必要はあるのかな?


「そうだっけ? でも婚約破棄されたんだから、もういらないよね?」


「えぇっ! そりゃそうだけど、姉様にとって大切なドレスなんじゃないの?」


 やっぱり、とっておく必要はないんだ。じゃあ、気兼ねなく売ることができる。


「う~ん。今は、とにかくお金がほしいの。高そうなドレスを売った方がいいと思うんだよね」


 そういいながら、絶対に着ることがなさそうな深紅のドレスを取り出す。幾重にもフリルがついていて、こんなに派手なもの着れそうにはない。


「姉様って、そんな感じだっけ? どっちかっていうと、何て言うんだっけ? タカビ……しゃ? だっけ? 貴族らしいっていうか、きれいなドレスとか好きだった気がするんだけど……」


 バサルから見たエマさんは、高飛車なの~? 貴族らしいって、日本人としてはまったく分からない感覚だと思うんだけど。


 それに私は昔から落ち着いた色味の服が好きなのよね。


「借金が返せなかったら不味いんだよね?」


 バサルに優しく問いかけると、なにか思い出したように口をパクパクさせた。


「何て言うんだっけ? 没落? 貴族じゃなくなって、平民になるはずだよ。町の人が、クラウチ子爵は没落寸前って言っていた気がする。本当だったんだ……」


「没落したら、きれいなドレスは着れないよね?」

「平民がそんなの着ていたらおかしいよ」


「没落しないために売るならいいと思うんだ」


 バサルは「う~ん」としばらく悩んだあとで、「そんなもんかな」とわかってくれたようだ。


「どこに行けば売れるんだろ? 売ったらそのお金でなにか食べようか?」


 いくら払えば何が買えるのか、実際に使ってみなければ分からない。この世界のお金が、硬貨なのか紙幣なのかもわからないのだから。


「本当に!? やったぁ~! 俺、食べたかったものがあるんだよね!」


 拳を握って跳び跳ねている。大喜びする姿が、年相応で可愛らしい。


「なにが食べたかったの?」


「それは後で教える~! ドレスが売れるかどうかは知らないけど、服屋に行けばいいんじゃないかな?」


 古着屋のように売買できるお店だろうか。


「服屋? 連れていってくれる?」

「もちろん!」


 そのとき、扉が開いてガーネさんが飛び込んできた。


「エマお嬢様? バサル様の叫び声がしたのですが……」


「あっ、いや~」


 ガーネさんに話したら、ややこしいことになりそう……。


「お嬢様? お召し替えですか?」


「いや、これは、そういうんじゃなくて……」


 誤魔化したくて、ガーネさんから視線をそらせる。


「姉様はドレスを売るんだって」


「えっ! お嬢様、何をなさるおつもりですか!?」

 ガーネさんが怖い顔で詰め寄ってきた。


 ほら、言わんこっちゃない……。

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