第7話 お嬢様って難しい
「たしかここに」
床に膝をついて、一番下の棚を覗き込む。
「おっ、お嬢様!!」
ガーネさんの悲鳴が聞こえた気がするが、少し奥に押し込められた物は、こうでもしないと見えない。比較的薄い本を、ごそっと引っ張り出す。
「へぇ~、兄様のかな?」
「うん。たぶんね~。これもそうかな」
ガサガサガサ~。
「兄様の字? 」
「これは、そうだね」
紙を捲っていくと、文字の雰囲気が変わる。始めに出てきた紙が豪快で元気の良い文字で埋まっているのに対し、真ん中辺りの紙は細い線で斜めの線が目立つ文字で埋まっている。
「これは、私かな」
「姉様の!?」
茶色く変色してしまった紙をさらに捲っていくと、なにも書かれていない紙が出てきた。文字の練習に使えるんじゃないかと数えてみたら、3枚あった。
「兄様と姉様に比べたら、俺の分少なくない?」
バサルが少し頬を膨らませる。
「ふふふっ。バサルの分って訳じゃなくて、残りでしょ。だって、バサルは私と、9つも離れているんだよ。私がこれやってたときに、バサルは生まれてたのかな~?」
幼い頃の記憶は断片的で、あまりはっきりしない。
「これはお嬢様が5歳くらいのときのものでしょうか。ところで、エマお嬢様。いつまで床に座っていらっしゃるおつもりですか!?」
「やっぱりね」とバサルに微笑みかけていると、ガーネさんが目をつり上げる。今のところ話し方の注意は受けていないが、たまに鋭い目線を向けられていて、いつ注意されるかわかったものではない。
「それじゃあ、これは残りでしょ。でもこれ、使ってもいいのかな?」
「エマお嬢様!? 言葉遣いは正しく!」
「え……」
思ったより早く怒られてしまった。
どう話せばいいんだ?? え~い! 言ってみよう!
「こちらの紙は、使ってもよろしくて、かしら? おっほほほっほっ」
…………。
無言にならないで!! やっぱり、間違ったっぽい?
「姉様がふざけてる。ぶふふっ、あはははっ」
バサルが吹き出して、お腹を抱えて笑っている。
そこまで!?
「エマお嬢さま……。それほど婚約破棄がショックだったのですね……。お痛わしい……」
ガーネさんが手で顔を覆って天を仰いだ。
それは、ある意味鋭い!
エマさんは婚約破棄のショックで窓から飛び下りて、さらに私の代わりに三途の川を渡ってしまった。黄泉の国に向かったエマさんの代わりに私が体に入ったせいで、性格や行動が変わってしまったのだから。
うん。ガーネさんの勘ってスゴいかも。
勝手に一人で感心する。
教えてくれたら努力はするので、……ちょっとだけでいいんで、ヒントください!!
口に出してお願いできないけど。
「こちらにマナーの本もあるようですから、叩き直して差し上げます!!」
やめて~!! 自分のペースで頑張らせてください。
「あははっ。姉様も俺と一緒に勉強だな」
涙を拭いながら、バシバシと私の肩を叩く。
「バサル様もですよ。俺ではなく、私。姉様も、お姉様です!」
「ひっ!」
「お二人とも、早く立ち上がってくださいね!!」
「はいっ!」
急いで立ち上がって、膝とお尻をはらう。
「こちらにどうぞ。ペンをお持ちいたしますので、お待ちください」
反論など許されず椅子に座らされると、ガーネさんは小さなテーブルを移動してきた。
引っ張り出した本をテーブルにのせると、目線で念を押してくる。
わざわざ、床には座りません。
ガーネさんが出ていくと、バサルがまた笑い出す。
「姉様、やっぱり変~。でも俺は好きだな。はははっ」
バサルの笑いが止まらない。
「そんなに可笑しかった?」
バサルはひぃひぃ笑っているが、勉強は楽しくがモットーの私は、ブッ細工なイラストを描いて生徒を笑かすような授業もしていた。多少笑われているくらいは気にならない。
彼は笑わせておいて、棚から取り出したものを確認していく。
「リュカオン王国の歴史……」
その時、リュカオン王国がこの国の名前だと思い出した。
「他には、何があるの?」
一頻り笑ったバサルが、興味津々で覗き込んでいる。目尻に涙が光っているんだけど。
「これが、文字見本かな。手紙の書き方。マナーの本が三冊。これは領地経営の本っぽくて。これは、よい領主とは何か。これは、小説かな。……えっと。地図とかないのかな?」
「分厚いやつにあったとか?」
「そうかもしれないね。後で探してみよう」
「エマお嬢様。バサル様。こちらをお使いください」
ガーネさんが持ってきてくれたペンを使って、文字の練習をしていく。
万年筆なんて使ったことないから、うまく書けるか心配だったんだけど、身に付けたものはそう簡単には忘れないみたい。
エマさんの文字は、お手本のようなきれいな文字だった。
「姉様。字きれいなんだな~」
バサルが感心している。
「お姉様です! エマお嬢様は、頻繁にお手紙を書いていらっしゃいましたから」
バサルは友人と遊ぶ時間になるまで勉強をするという。彼らは家の手伝いをしているんだと。
バサルは字の練習、私はマナーの本で殿方との会話例を読んでいると、急に家の中が騒がしくなった。
「エマお嬢様。バサル様。御主人様がお戻りになります。お出迎えの準備を、お願いします」
お出迎え!?
さっき、マナーの本に書いてあったかも。本当にそんなことするの?? って懐疑的に思っていたけど。本当だったんだ。
玄関に、母、私、バサル、使用人の順で並んだ。
「お帰りなさいませ」
金髪碧眼、年の頃は50前後。頬が痩けて疲れた顔をした父が、あからさまにため息をつきながら入ってきた。
「カイドはどこだ?」
兄を探しているようだが、彼とはエマさんと入れ替わってから一度も会っていない。長男の兄が次期領主だろうから、父についていっているのだと勝手に思い込んでいた。
「カイドは……」
母が言葉につまる。
「また、いないのか!! アイツは、何をやっているんだ!!」
苛立たしげに、後頭部を掻く。
執事と話しているのを見ていると、スカートが引っ張られる感じがした。
「ん?」
視線を落とすと、バサルと目が合う。少し屈むと、顔を近づけてくる。
「兄様は、町で遊んでいるらしいんだ」
遊んでいる??
「俺も遊んでたから、同じようなもんだろ~」
いやいや。9歳のバサルと20歳の兄では、話が違う気がするんだけど……。
「おい!! 何をコソコソしているんだ!?」
あちゃ。見つかった。
「オルターン男爵が、明日、来るそうだ。婚約破棄の正式な手続きだ。準備しておけ!!」
後頭部を掻きむしりながら、舌打ちをする。こちらを見ることもなく吐き捨てた。
「そういえば、姉様。婚約破棄って、何かやったの?」
「えっ??」
何かやったように見えるのだろううか?
エマさんは、婚約者のレオンさんのことをよく見ていたし、よく手紙も書いていたから、大好きだったと思うんだけど……。
「姉様、変人だからな~」
もしかして、バサルのなかで私は変人にランクアップされた??
まぁ、婚約破棄の理由は、明日になったらわかるでしょう。
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