4日目:君の口付けは珈琲の香りがした。

 


 ひさしぶりに、清々しい目覚めだった。


 頭の中のもやが晴れたようなそんな感じだろうか。

 操舵室へ行くと、フレアがこちらを見た。


「おはようございます。マスター」


 特に表情はない。昨日のことは気のせいだったのか?


「おはよう。フレア」


 俺は、試しに笑顔で声をかけた。

 何らかの反応が返って来るかも知れないと期待したが、今までとは真逆の俺の態度を見ても驚きも戸惑いもフレアは見せず、表情を崩さなかった。

 そして、そそくさとコーヒーを持ってくると言って出ていった。


 初めて会ったときと同じ無表情のまま。


 昨日のは、夢だったのか?

 だとしたら残酷な夢だな……これから、死地に向かう人間に感情があったことを思い出させるなんて。

 俺は、やるせない気持ちになった。

 けれど、この船に乗った当初のような自虐的な感情はなくなっていた。


「もう少し、生きたかったな……」


 フラッシュの青く機体で一緒に宇宙を飛び回って、未開の惑星を探検したり……。

 俺は大きく伸びをしながら、ぼんやりともうあるはずのない未来のこと考えて、にやにやした。


 この宇宙船がフラッシュだったら、何て言っただろうか。



『リョウと一緒ならどんな任務だって喜んで受けます。たとえ、この命をかけることになっても!』


『俺もだ!』


 ああ、そういう夢を見ながら行く旅路でいのかもしれない。




 ★



 俺が空想の羽を広げ、穏やかな気持ちでいると、鼻孔をくすぐるコーヒーの香りがした。

 目を向けると、湯気の向こうにフレアが立っていた。


「コーヒーと朝食をお持ちしました」


 暖かなコーヒー。それに携行食レーションではない軽食。

 彼女が作ったのか? 俺のために??

 驚いてフレアの顔を見ると、彼女は無表情のままだったが、やがてその青い瞳をそっと逸らした。


 彼女は無表情なんじゃない。感情をわざと表に出さないように努めているんだ!


「…………」


 俺達の間に、初めて『沈黙』が流れた。



 そう、お互い話しかけたいのに話しかけられない。

 今までとは違う。

 俺はフレアのことが知りたいし、彼女には感情があるらしい。

 いただきますと手を合わせ、コーヒーとサンドイッチを口に運ぶと、久しぶりに味を感じた。うまかった。


 この船に乗る以前、フラッシュを失ってからずっと何を食べても無味だったのに……。


 ほっと一息付いて俺は口を開いた。


「フレア、お前はあの歌をどこで覚えてきたんだ?」


「歌ですか……、何のことでしょう?」


 フレアは、わざとらしく首を傾げた。

 彼女の栗色の三つ編みが揺れた。


 おい、感情調整型ただの機械人形が嘘をつくかよ。

 それとも、昨日のことは本当に夢だったのか?


 そんなことはない。

 なにか理由があってフレアは感情を制御している。

 たぶん人格形成型人工頭脳パートナー・ブレインだと言うことを隠したいんだろう。


 でも、なぜ隠す必要がある?


 人格形成型人工頭脳パートナー・ブレインなら、人の命を預かるような保安、都市管理、航行管理と重要な仕事を任されることがほとんどだ。世間に貢献すれば市民権も身体も得られて人間と変わらない生活ができる。

 機械人間ブレリアンでなくとも、人格形成型人工頭脳パートナー・ブレインであることを告げるだけで汎用型の機械人形とは比べ物にならないほど、人間に信頼されるはずだ。隠す必要などないはずなのに……。


「言いたくないなら、言わなくてもいい。

 お前が夢だったって言うなら、夢だったと思うことにする。

 だけど……」


「だけど……何ですか?」


「彗星爆破まであと四日だ。

 夢の中でもいい、あと四日歌ってくれないか、あの歌を……」


 どういういきさつでフレアがあの歌を知ったのかは分からない。

 フラッシュの子守唄のデータを誰かがフレアに託してくれたと思うのが筋だろう。

 任務遂行のための報奨金替わりなのかもしれない。


「……夢の中ですか? わかりました。

 私がここにいること事態、夢みたいなものですから」


 フレアが、そう言って遠くを見た。


 その先には、広大な宇宙。

 縁のない星の海。

 闇と星、星と闇……。


 彼女はその中に、何を見出そうとしていたのだろう。



 ★



 突然、機体がガクンと大きく揺れた。

 俺は、ぐらりと倒れそうになったフレアを反射的に抱き止めた。


「大丈夫か!?」


「はい、大丈夫です」


 二度ほど瞬きして、フレアはにっこりと微笑んだ。

 懐かしい、安心感が胸へ込み上げる。

 ほら、やっぱり感情調整型ただの機械人形なんかじゃない!


 俺は、フレアを強く抱きしめた。


「マスター、どうしたんですか?」


 フレアは身じろぎもせず、ただ穏やかになだめるように俺に問う。

 心地よい声に、俺は目を瞑る。


「すまない。もう少しだけこのままで……」


 フレアは、小さく頷くと俺の震える背に手を回し、とんとんと軽くたたいた。

 泣いている子供をあやすように。

 なんで、俺が泣いているのがわかるんだろう。


「一人でいると任務が成功できるのかとか、どうして俺なんだろうとか、死んだらあいつに会えるのかとか……。

 考えるとどうしようもなく、怖いんだ……」


 誰にも言えなかった心の内を、初めて打ち明けた。なぜ、出会って間もない機械人形にこんなことを言ってしまったのか分からない。けれど、フレアにはどこか奇妙な懐かしさを感じる。


「リョウ……心配しないで。私は最後まで一緒です」


 ああ、この広大な宇宙の中で、腕の中にある優しい温もりだけが、俺は今一人ではないと教えてくれる。


 フレアの体温は意味を持たない擬似的な作りものだ。

 それでも、地球に溢れている温もりを思い出すには十分だった。



 俺の任務は、地球を守ること。


 守りたい人はいる。親父がわりのイガラシ大将、尊敬する上官のセリング。同僚のシュウイチにセイジにレオ、まだまだたくさんいる。


 はじめは、愛機フラッシュを失って死に場所を求めてこの任務を引き受けたふしもあった。

 なのに、いざ宇宙に出ると、俺だけがなぜ地球を守るために、一人でこんなところで死ななければいけないんだとも絶望していた。


 それは、間違っていた……。

 俺だけが、俺の大切な人たちを守る力があるんだ!


 絶望することなど何もない、胸を張って両手を広げて守ればいいじゃないか。

 フラッシュはそうして、命がけで俺を守ってくれた。


 衛星都市コロニーの人々を助けただけじゃない。それは、単に結果であってフラッシュは俺を守ってくれたんだ。

 フラッシュに守られた命を、他の誰かを守るために使う。それなら、命を張ってもいいかもも知れない。

 気づかせてくれたのは、今腕の中にいるフレアのおかけだ。


 彼女は確かに作り物かも知れない。けれどそこには魂があるんじゃないか?

 フラッシュと同じように……。


「……フレア。

 大切なことを思い出させてくれて、ありがとう」


 俺はフレアを見つめた。


 栗色の柔らかい髪に縁取られた顔に、紺碧の瞳に、言い知れない懐かしさがこみあげて来る。



 彼女に誰の面影を重ねたのかわからないが、俺はそっと唇を寄せた。



 口付けは、コーヒーの切ない香りがした……。





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