第18話 "ローリン"の意味

 地下制御区画の崩壊を抜け、リオと蓮は使われていない旧講堂へと避難していた。


 そこはかつて、学園で最初に能力授与式が行われていた場所だという。

 今では廃墟のように放置され、誰も立ち入らない“空白の部屋”。


 ぽつんと置かれた椅子に、リオは静かに腰を下ろす。


 そして――口を開いた。


「“ローリンガール”って、変なあだ名だなって、ずっと思ってた」


 蓮は隣に座り、苦笑する。


「俺も最初、Rolling Girlだと思ってたよ。

 転がり続ける、止まれないって意味かと」


「でも、違ったんだね」


 リオは、制服の内ポケットから例の名札を取り出す。

 古びた紙の文字は、擦れてなお、はっきりと読めた。


“LAWLIN GIRL”


「ローじゃない。“ロー”はLaw。法則、ルール。

 私は“ルールから外れた存在”だった」


「Law-lin……Lawless(無法)と同じ系統かもしれないな。

 この世界の枠に当てはまらない存在――学園にとっての異端」


 リオはそっと名札を膝の上に置いた。


「でも、本当はね……呼ばれたかった名前があるの。

 “ローリンガール”じゃなくて、“リオ”って」


 蓮が微笑む。


「だったら、もうあの名前に意味はないさ。

 “ローリンガール”は、学園が君を閉じ込めるために作った名前だ。

 君はそれを超えた。ちゃんと、“自分”を取り戻したんだ」


「……うん」


 リオの声は、もう震えていなかった。


「だから、“ローリン”という名前は、過去の私に付けられたラベル。

 存在を消すための記号。

 でも今は、それを“意味のある言葉”に変えたい」


 蓮が首を傾げる。


「意味のある言葉?」


「そう。“Lawling Girl”。

 『ルールから外れた存在』が、“世界を揺るがす存在”になるって意味」


 その瞬間、講堂の天井から光が差し込んだ。


 割れた窓の隙間から、朝日が一筋だけ注いでいる。


 蓮は、光の中で微笑んだ。


「いいじゃないか。

 じゃあこれからは、“ローリンガール”は“間違い”じゃなく、“はじまり”ってことで」


 リオも、静かに笑った。


「うん。“はじまり”だね。わたしが、わたしとして生きるための――」


 名札の紙片が、風に乗ってふわりと舞い上がった。


 まるで、もう役目を終えたその名前が、空に還っていくように。

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