第2話 ローランク・エリア

 ――RG-01。通称、ローランク・エリア。


 学園の最下層に存在するこの場所は、表向きには“特別支援区域”とされている。

 だが実際には、能力判定で“無能”とされた生徒を収容する、いわば“失敗作の倉庫”だった。


 整備の行き届かない廊下、剥がれた天井、冷えきった空気。

 ここに通う者は、教師ですら口を閉ざす。


 その中心の教室、いつもの席に彼女――ローリンガールはいた。


 昨日と同じ場所、昨日と同じ姿勢。

 ただ一つ違ったのは、隣の席に“彼”が座っていることだった。


「なあ、この机、ちょっと傾いてるよな。

 前のめりになると、ノートが転がるんだ。いや、本当に」


 少年――蓮は、笑いながら話しかけてくる。

 彼女は何も返さない。ただ、視線だけが一瞬揺れた。


「……あ、無理に返事しなくていいよ。

 誰とも喋らないって噂、聞いたし。でも……俺、そういうの気にしないから」


 気にしない、というその一言が、妙に静かに響いた。

 誰もが避けていたこの場所で、彼だけがまっすぐに座っている。

 まるで、ここが普通の教室であるかのように。


「で、さっき先生に言われたんだけどさ」

 蓮は鞄から折れた校内地図を取り出す。

「このエリア、正式には“区画指定RG-01”って言うらしい。

 Rは‘Rank’、Gは‘Group’……たぶん、01は一番下って意味かな」


 少女はその言葉に、少しだけ眉を動かした。


「あとね、不思議なこと聞いたんだ。

 この区域には……“記録されていない生徒”がひとりだけいるって」


 その瞬間、空気がピンと張りつめた。


 蓮はそれ以上、何も言わなかった。

 ただ、少女の机の角に指先でそっと触れた。


「俺、君がいるのが変だとは思わない。

 だってさ、今日ここに来て――最初に目が合ったの、君だけだったから」


 少女は、ゆっくりとまぶたを伏せる。

 彼女の名も、能力も、何もかもが削ぎ落とされたこの場所で、

“見る”という行為だけが、確かに交わされた。


 そのとき、机の奥から――カタ、と音がした。

 何かが転がったような、小さな音だった。


 ローリンガールは、微かに唇を開く。

 だが、声にはならなかった。

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