空夜の下の誓い

藍凪みいろ

第一章 月夜の下の誓い

第1話 水蘭帝国


 西暦××年⚪︎月⚪︎日。

 水蘭帝国の帝都薄明にて。


 あの日のことを私は今でも鮮明に覚えている。

 暖かな夏の日差しが水蘭帝国の帝都薄明帝都薄明にいる人々を照らす中、突如としてそれは現れた。


「ひぃ、ば……化け物だーーー!」


 いつも通り穏やかな時間が流れる帝都に響き渡る恐怖に満ちた男の叫び声によって、帝都にいた人々は何事だ?と突如叫んだ男の元へと集まり出す。

 私も興味本位で突如叫んだ男の元へと足を運んだ一人であった。


「何集まってる……! 早く逃げないと殺されるぞ!」


 人々が取り囲んだ男は手で脇腹を抑えながら必死に皆に訴えかけていた。

 私はそんな男を見て、一体何に殺されるんだ?と思った。


 しかし、男がその場に力尽きたように倒れた瞬間、男の身体から黒い煙が立った。


 人々は男の身体から出た黒い煙を見つめていたが、数秒後、その黒い煙は影のような人型の姿となり人々に襲い掛かり始めた。


 黒く、長い爪の生えた手で逃げ惑う人々を襲い、掴み、大きな口で人々を食す人型の姿をした顔のない黒い影のような化け物。


「ひぃ……!?」


 私は人々が襲われ始めた光景を目の当たりにした恐怖からか身体が硬直したように動かせなかった。


 逃げなきゃと思うのに、身体が動かない。

 化け物は血走った瞳でそんな私を見てニタリと笑い、こちらへと向かってくる。

 

「来ないで……、お願い、嫌、来ないで……!」


 化け物の口から垂れている犠牲になった人の血が、私の恐怖心をさらに煽る。

 私はこれから死ぬのだと瞬時に思った。


 ヒタヒタとこちらにやってくる化け物。

 化け物から漂う血の匂いがツンと鼻につく。


「死にたくない……誰か助けて……」


 震える声で私がそう呟いたの同時に化け物は私の前に辿り着き、ニタリと私を見て再度笑ってから大きな口を広げて私を飲み込もうとした。


 死ぬのだと思い、瞬時に目を瞑った私。

 しかし、一向に痛みがなく、恐る恐る目を開けると私の目の前に一人の青年が立っていた。


「くっ…、大丈夫か……?」


 青年は私を庇い、左腕を化け物に喰われていた。青年は恐怖に満ちた私の顔を見て優しく笑い、右手に持っていた剣で、自身の左腕を躊躇いもなく切った。


「お兄さん、腕……」

「俺は、大丈夫だ……! さあ、逃げよう……!」


 私は青年に差し出された手を掴み、青年と共に走り出す。青年の左腕は先程化け物に喰われた為、関節から下がなくなっていた。


 青年が自ら切断した左腕の部分から血がポタポタとこぼれ落ち、地面を濡らす。

 私は青年に手を引かれて走りながら、苦しげに息を切らす青年を横目に見る。


「はぁ……はぁ……」

「お兄さん……大丈夫……?」

「くっ……大丈夫だ、助けてやるから安心しろ……!」


 青年がそう言うのと同時に背後から迫ってきていた化け物の鋭い爪の生えた手によって、青年は胸を貫かれる。私の手を握っていた青年の手はするりとこぼれ落ち、青年はその場に倒れた。


「嫌……、嫌ぁーーー!」


 私が泣き叫ぶのと同時に私は水色のマントに包まれて何者かに抱えられる。

 視界が水色に包まれる中、私の意識は徐々に遠のいていく。

 そんな私の視界に最後に映ったのは青年が化け物に喰われようとしている光景だった。

 


✳︎✳︎✳︎


 藍彩王国あいさいおうこく王都風雅の都は水蘭帝国の帝都薄明で起きた化け物が人を食い殺したあの出来事から逃げて生き延びた人達と化け物である【黒煙】を殲滅する為の部隊【黎明隊】によって水蘭帝国の帝都薄明から救出された人達が暮らしていた。


 そんな藍彩王国あいさいおうこく王都風雅の都から少し離れた所にある高台に位置した白と黒色の二色でデザインされた大きな建物が黎明隊の所在地であった。


「ではこれより水蘭帝国の帝都。薄明にいる今尚、捕らわれた者達の救出作戦の出動メンバーを発表する」


 任務遂行会議が行われている会議室に黎明隊隊長の影虎大和の通った声が響き渡る。

 私、鈴代凛華は隊長大和の次の発言を息を呑み待つ。他の黎明隊の者達も真剣な顔で大和を見つめていた。


「水蘭帝国帝都、薄明救出作戦の出動メンバーは天野蘭、久我恭介、鈴代凛華、朝霧正宗、そして私、影虎大和の5人のメンバーで出動する」


 名前を呼ばれた私含む黎明隊員達は大和からの発表を聞き終えてすぐ、敬礼をし「御意!」と返答する。


 会議が終わり、部屋を後にしようと歩き出そうとした時、同じ黎明隊の先輩である久我恭介さんから声をかけられる。


「凛華、今回は前回よりも危ない任務になりそうだが大丈夫か……?」

「はい、大丈夫です。前回はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「ああ、それはもう気にするな。まあ、大丈夫なら良いんだが。じゃあ、また明日な」

 

 恭介さんは私にそう言ってから会議が行われていた部屋から出て行く。

 私はそんな恭介先輩を見送ってから思う。


 恭介先輩は私が前回の任務で化け物と対面した際、過去の出来事がフラッシュバックし、過呼吸を起こしてしまったから心配しているのだろう。


(もう二度と前回のような迷惑をかけないようにしなきゃ)



 水蘭帝国の帝都薄明に向かう為、風雅の都を発つ当日の朝。


 出動メンバーである黎明隊〈天野蘭、久我恭介、鈴代凛華、朝霧正宗、影虎大和〉達は風雅の都に残る黎明隊員達と王都風雅の都にいる人々に見送られ、藍彩王国あいさいおうこく王都風雅の都を出発した。



✳︎✳︎✳︎


 藍彩王国の王都風雅の都を出た凛華達は中間地点である暁華国ぎょうかこくの王都まで馬を走らせ続けた。


 そして、その日の昼過ぎ頃に凛華達含む黎明隊は中間地点である暁華国ぎょうかこくの王都へと辿り着く。


「皆、出発してから休むことなくここまで来たから疲れているだろう。少し休憩をとろう」


 黎明隊隊長である影虎大和がそう声を掛ければ凛華達は大和を見て頷き返す。


「了解だ」

「了解です〜!隊長」

 

 朝霧正宗と久我恭介は大和にそう返事を返してから、馬の手綱を近くにあった気に結びつけてから、使われなくなった店の階段に座り、休息を取り始める。


 凛華はそんな二人を横目に見つめてから、自身の乗っていた馬の手綱を正宗と恭介達と同じように木に結びつけてから、馬を結びつけた木の近くにあった銀色の手すりに腰掛けた。


 手すりに腰を掛けた凛華は斜めに掛けていた鞄から水が入った水筒を取り出して口に含む。

 口に含んだ冷たい水が凛華の乾いた口の中を潤す。


「凛華、大丈夫か……?」


 そんな凛華に近寄り声を掛けてきたのは同じ出動メンバーの一人である天野蘭であった。


「はい、大丈夫です」

「そうか、それならいいんだが……」

「天野先輩、もし、今回の任務で前回と同じように私の身が危なくなったとしても、任務を遂行してくださいね」

「助けずにか?」

「はい、お願いしますね」


 凛華は天野蘭に真剣な眼差しを向けて軽く会釈してから、隊長である大和の元へと行ってしまう。

 天野蘭はそんな凛華の後ろ姿を見つめながら、ぽつりと呟く。


「悪いが私は仲間思いなんだ。そんな簡単に仲間を切り捨てることなんて出来ないさ」


✳︎✳︎✳︎


 1時間の休憩を取り終えた凛華達は再び目的地である水蘭帝国の帝都薄明を目指して歩み始める。

 そんな凛華達が水蘭帝国と暁華国の間にある森へと入ったのはその日の夕方頃だった。


 茜色に染まる空が次第に暗くなり始めた頃、隊長である大和の命令によって、凛華達は馬から降りて、森で野宿する為の準備に取り掛かる為動き始める。


「準備って言っても火を起こして、持参した缶詰とかおにぎりをあっためるだけだけどな」

「まあ、そうだけどね〜! でもさ、恭介、なんかこういうのって楽しくない?」

「は? あっためるのがか? 全く楽しくないが?」

「あー、いやあっためるのは楽しくないよ〜」


 あまり会話が噛み合ってない正宗と恭介の会話を側で聞き流しながら、凛華はゆらゆらと揺れる焚き火をぼんやりと見つめていた。


✳︎✳︎✳︎


 その日の夜、凛華は夢を見た。

 幼い頃、化け物に襲われそうになった時の夢だ。目の前で人々が食い殺される恐ろしい光景に凛華は恐怖に身体が固まる。


 はぁ、はぁ、はぁ、と過呼吸になりつつある凛華であったが、「大丈夫だよ」と暖かい温もりと声を感じて、目の前に広がる恐ろしい光景は消えていく。


「大丈夫だよ、凛華。大丈夫だ」


 天野蘭は隣で眠る凛華のうなされている声で目を覚まし、身体を起こして凛華の頭を優しく撫でていた。

 同じく凛華がうなされていることに気付いた恭介も身体を起こして蘭に声を掛ける。


「凛華、大丈夫そうか?」

「ええ、呼吸も落ち着いてきたから大丈夫だと思うわ」

「そうか、よかった……」

「やっぱりまだ悪夢を見ているのね」



 次の日の朝。

 凛華達は出発して再び水蘭帝国へと続く森の中を歩み始めた。

 凛華は馬に乗りながら、左隣を歩く隊長である大和に声を掛ける。


「隊長、もう少しで着きますね」

「ああ、そうだな。凛華、恐怖心は時に弱さにもなる。気を引き締めろよ」

「はい、了解です」

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