第2話
202X年夏、ジャパリカの首都ノッポリスで政治コンサル会社アマガサ・コンサルティングがキックオフミーティングを開いた。あの歴史的快挙はここから始まる。
オフィスの会議室内には、ホワイトボードの脇にプロジェクターがセットされ、スクリーンには何枚ものスライドが映し出されていた。新たなプロジェクトは、「ピンポン大統領の落選」を目的としたプロジェクトであった。プロジェクトの中心となったのは、チームリーダーのリズ、データ分析チームのコーノ、テクノロジーチームのアキの三名だった。複数の関係者によれば、このプロジェクトの依頼主は匿名の大富豪で、ピンポン大統領による隣国アンダへの戦争開始を阻止するため、手段を選ばず、「誰を当選させるか」よりも「現職を落とすこと」を優先するよう要望していたという。それまでのプロジェクトと違い、支援する候補者が決まっていない。非常に希有なプロジェクトであった。
当時のジャパリカの情勢では、民主党議員で現職のピンポン大統領が次期選挙で三期目を狙っていた。保守的な支持層と大量の浮動票による消極的な支持によって支えられた長期政権である。与党である民主党の高い支持率に対し、野党第一党である自由党はリベラル色が敬遠され、支持が伸び悩んでいた。
そして、その当時は確かに、ピンポン政権の隣国アンダへの軍事行動を含む強硬姿勢が国内外で注目を集めていた頃だった。ピンポン大統領が2期目において大統領再任規定の撤廃による長期政権の合法化と緊急事態条項の改正を成し遂げたうえ、次に当選すれば3期目に突入することになるという状況だった。さらに、ピンポン政権時にジャパリカが国境近辺の軍備増強を進め、大規模な軍事演習を実施したことで、ジャパリカと隣国アンダとの国境線を巡る問題が、重大な局面を迎えていた。アンダ政府は、ジャパリカが国境近くに軍事基地を新設したことに強く反発し、外交的な圧力を強化した。このような緊迫した状況において、ピンポン大統領はアンダとの関係について発言し、『我々の国の領土が脅かされるようなことになれば、ためらうことなく反撃に出る』と強調した。この発言は、外交筋や専門家からも注目を浴び、特にアンダ側には強い反発が広がった。大統領は、国内で支持を集めるために、強硬な外交姿勢を見せる必要があったとの見方がある。
また、ジャパリカ国内において、少子化や経済悪化という問題を覆うようにマスコミ各社による反アンダ路線の報道も増え、「国家」や「民族」という言葉が力を持ち始めていた。ピンポンの旗を掲げた市民団体が「アンダに屈するな」と気勢を上げ、地元紙の投書欄には「戦わずして国は守れない」との声が並んだ。複数の関係者が、もしピンポン大統領が3期目に突入したら、アンダとの戦争が起こると予測していた。ジャパリカは、かつてない分岐点に立たされていた。そのような国内状況で、匿名の大富豪からの依頼を受けて、アマガサ・コンサルティングが動き出したのだ。
キックオフミーティングでは、誰を支援するかの話し合いが行われた。まず、自由党の党首シューキュー議員の可能性が検討された。リベラル派の自由党は野党第一党であり、正攻法で言えば、現職のピンポン大統領に対抗し得る大統領候補としては最有力だった。しかし、国民全体に流れるリベラル色への忌避が大きな障壁と判断され、ピンポン議員に勝つことは難しいと結論された。つまり、自由党のシューキュー議員を担ぎ上げて「戦争反対」などと主張してもまず勝ち目はないという判断だった。
正道が無理であれば、邪道を行くしかない。幸いにも、依頼人から、支援する候補者の指定はない。様々な候補者の名前が挙がったが、最終的にバスケン議員の名前が挙がった。保守派で、民主党よりさらに右寄りのスタンス。カルト的な支持層に支えられているだけの“泡沫候補”でしかない状態で、パフォーマンス重視、思想的にも過激だったが、ジャパリカの国民性からすれば、リベラルより保守のほうが受けが良く、無党派の議員であるということが、現状への鬱屈した不満を”改革”という形で吸い上げるイメージ戦略であれば、既得権益層である自由党や民主党と差別化できると判断された。
懸念点として挙げられたのは、いわゆる「保守派」である民主党のピンポン大統領との政策の差別化であった。この点に関して、民主党は、保守の看板を掲げて、同性婚などの社会制度については保守的であったが、経済政策については、大企業などの経済界とのつながりが強いゆえに、経済界の意向を反映していた。例えば、移民受け入れは安い労働力確保のために積極的で、企業の海外への工場移転による国内雇用の流出問題に対しても無策状態であった。内需よりも国際貿易優先で、環境問題対策などの国際協調にも積極的であった。一方で、バスケン議員は、より保守的に、移民排斥、保護貿易などの、国内に目を向けた政策を掲げることで、「外向きの保守」であるピンポン大統領に対して、「内向きの保守」というスタンスを取ることができ、明確な差別化が可能になると結論づけられた。
また、バスケン議員は、過去に保守系のカルト教団との関係を疑われているほか、副知事時代のパワハラ疑惑なども取り沙汰されて、ネガティブなイメージが先行していたが、バスケン議員が40代前半という『若い男性』であることもあって、「新しい強権的なリーダーがこの国の閉塞感を打破する」という演出をすることで、「新しいリーダー」を求める有権者の心理に訴えやすい、という分析結果が示された。
そして、議論の結果、バスケン議員を支援するという方向性が決定する。
キックオフミーティング終了後、チームはバスケン議員側へのアプローチや対外的なイメージ戦略の策定に着手した。依頼主からの資金提供が見込まれたこともあり、メディア活用や選挙キャンペーンの準備が同時並行で進められた模様である。ジャパリカの政局は、長期政権への不満と保守的な国民性が混在する複雑な構図を呈していたが、この会議によって「現職を落とす」計画が本格化したとみられている。事実、アマガサ・コンサルティングはバスケン議員にオファーを出し、バスケン議員がこれを快諾したことで、バスケン議員を支援するプロジェクトが動き出すことになる。このときリズはチーム全体に告げた。
「いかなる手段を使ってでもバスケン議員を大統領にしてピンポン大統領を落選させる。他のことは考えなくていい。結果こそ全てだ」
このとき、ジャパリカ国民はまだ何も知らなかった。だが、リズの言葉を聞いた者たちは、このプロジェクトが泥沼の様相を帯びていくであろうことをすでに理解していた。
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