<<24話 厚い封筒>>

 清水瑚都警部は放火の罪で逮捕した乙部に狩村殺害についても尋問した。

事件の日の朝六時半、押収した乙部のスマホに潮見との通話記録があったのだ。

問い質すと、

「 母屋一階の女子トイレの個室にいたら、隣のフリートイレの話し声が聞こえたのよ。声が大きくて嫌でも聞こえちゃった。狩村って男を小屋に呼び出す電話よ。

電話が終わってフリートイレから出るところを覗いてたら、胸にナイフを仕舞うのを見てしまったのよ。その男が西輪だって後で知ったわ。狩村を狙ってると思った。

 それと私、富士野が潮見に宿での虐められた話をした時に潮見が殺意を仄めかすのを聞いていたのよ。

だから潮見にも電話してチャンスだと教えたの。別に殺せとか言った訳じゃないわよ。ただ、行くって教えただけ、罪になる? 」

「 で、あんはんは、西輪か潮見のどちらかが殺るだろうと考えたちゅうわけやな。そして狩村はんが合宿所を出るのを確認して、上手く行ったら狩村大吾からでも金を貰おうと思ってたんやないんか? そこを富士野はんに見られたちゅうことかいな」瑚都は質問を無視して言った。

乙部は不敵な笑みを浮かべて、

「 私、狩村和美から氷見沙耶の監視を依頼されていたの。きっと相続絡みと思ったわ。それなら、監視だけじゃなくて、彼女が死んだらもっとお金貰えると思ったのよ。

それに離れて監視してるより友人になってしまえば殺害チャンスも多いと思って近付いたの。

狩村大吾からは、相続の絡みで沙耶の殺害を仄めかされてたし、知らない男からも脅されてたから殺ることにしたのよ、それに颯も死ねば大吾からも、幸子からも小遣いが貰えるかもと思ったし 」

「欲深なおなごやねぇ」

「 けど、相手が女なら自分でもできると思ったけど、相手が男となるとちょっと難しいなぁと思ってさ、誰かに頼もうと考えていたって訳よ 」

そこへ、浅草署の丘頭警部から依頼してた件の回答が来たと知らせを受け部屋を出た。



 一心が保養所に着く前に清水警部から電話が入った。

「あんな、狩村大吾には娘がいた…… 」

「えっ、住民登録されてなかったぞ」一心は思わず口を挟んだ。

「 ふふっ、あんなぁ、別れた妻は妊娠してはった。大吾はんはそれを知っていはったのに放り出したんよ。ひどいやろ。

妻は生活もままならなくて、このままなら産んでも生きていかれへんしと悩んで公園のベンチでぼんやりしとったら、児童養護施設の女性職員が声を掛けてきよってな、色々話しをする中、妻は身の上話もしたらし。

ほしたらな、職員はんは母子家庭の大変さはあるけど、出けた子ぉは産むべきやと強ぉ言ったそうや、将来、絶対産んで良かったって、子ぉのほうも感謝するはずやて。

 ほんで妻は産んだそうや、でもな、生活ができんくて娘ぉを道連れに死のう思ぉた時や、施設の人のことを思い出さはって、そん人が勤める養護施設の前に捨てたんやて。

娘ぉに『乙部綾乃』という名ぁと誕生日を書いたメモを持たせてな 」

警部も母子で娘を育てたから、言葉が重たい。

ただ、疑問が残った。

「なんでその名前なんだ? 別れた妻のもとの名は小池陽子だったよな」と一心は訊いた。

「そや、乙部はその介護施設の女性の苗字や、でな、数年後にその女性が綾乃を養子にしたんや」

「なるほど、それで俺らが調べても浮かんでこなかったんだ。さすが警察はすごいな。よくやったな」

「 そやろ、いつもいつもあんたらの世話にばっかりなっておられんさかいにな。ふふっ。ま、種明かししたらそれ調べたの浅草署の桃子はんなんや 」

「ほー、さすがだ。……それで乙部は実の父親が狩村大吾だと知っていたんだろうか?」

「 いや、お互い知らんかったみたいやで、こっちからゆぅたら目ぇが飛び出すんやないか心配するくらい驚きはって…… 」警部が笑いをかみ殺すように言う。

「 え、待てよ。そしたら、大吾も乙部綾乃も狩村颯と氷見沙耶の殺人未遂に絡んでたってことだな 」一心はある重要なことに気付いたのだ。

「そうや、それがどないかしたか?」

「大吾に言ってくれ。大吾も娘の乙部も相続人を殺そうとしたんだから相続権は無い、とな」

「 ほうや、当たり前のこっちゃ、大吾はそれ知らんとバカなやっちゃ。あても腹立ってそないに言ってやったんや、ほたら何度も何度も机叩きよって大泣きしてましたわ。ははは 」



 通話を切った一心が会議室へ行くと、いまだにパソコンに向かう美紗の姿が目に入った。

事件は解決し、逃走した氷見幸子以外に問題は無いはずだった。

「なあ、美紗、何かあるのか?」

一心はそう声を掛けた。

「ああ、一心には何も疑問は無いのか?」

質問に質問で返されてしまった。

一心には<歩行動作照合アプリ>の実行結果について、実は疑問がふたつあったのだ。

「え、ん~、無いことは無いんだがよ。……ひとつは照合率が九十一(%)と低かったことだ。従来は概ね九十八(%)以上だったろ。なぜ、そんなに低いのか? もうひとつは犯人を捉えた小屋のカメラの映像なんだが、……」

「ほー、珍しく細かい所に目が行ったな」

美紗は、一心が言いかけてるのに無視して、相変わらずの偉そうな口を叩く。そして、

「俺も同じだ。映像の木の揺れが、体当たりした瞬間ずれてる気がするんだ。だろう」と、一心を見る。

まさに同じことを思っていたのかと美紗の力に感心する。

「そうしたら、映像を解析するってことだな」

「おう、もう始めてる。」

「わかった。警部にも知らせておくな」

清水警部に電話を入れると、理由が理解できないのか、生返事をして、「潮見の送検は待った方がえぇんやな」

と言った。

美紗に画像の分析方法を訊くと、厄介なことをやるようだった。

細かく時間を切って再照合を行うと言うのだ。

 犯人が画面に現れてから画面から消えるまで十秒ほど。

照合には、右足から踏みだしたら再び右足が前で地面を捉えるまでの映像が必要で、その考慮を入れて全体を五分割してから各々に<歩行動作照合アプリ>を使うと言うのだ。


 結果は夜になって出た。

体当たりした部分の照合率が六十六(%)で残りは九十八(%)だった。

「 男は誰でも走り方は似ている。その割合は六十(%)程度と言われている。俺のテストでも近い数字が出ている。つまり、体当たりしたのは潮見じゃないということだ。もっとも止まってる時間もあるからなのだが、それを加味しても小さすぎる 」

つまり、美紗はアプリの出した答えから、狩村を殺したのは、別人だと判断したのだ。

「 数馬に十秒走って貰ったんだよ。四秒走って二秒止まってまた四秒走ったのと、十秒走り続けたのと、でな、止まった時の照合率は八十九(%)だった 」と美紗が捕捉的に言った。

「なる、じゃ、警部にその旨伝える」


 警部は話を聞いてかなり驚いて、「そんな、そやかて<照合アプリ>が潮見だって言っとったやろ?」

「確かに言ったが、映像が変造されてる可能性が出てきたんだよ」

「え、ほんまか? ……せやけど、犯人は宿に泊まってた人やろ、そんなことできる人おったんかいな?」

「ああ、それを今静が調べ直している」

「わかった、結果待ってるで、なるべくはようにな」


 日付が替わって昼過ぎ、静が、「こん人ちゃうかな」と写真を示して言った。

「え、……」驚いて、以前の資料を見る。

「教育学部ってなってたけど?」

「 へぇ、教育学部の中の情報科学課でおます。で、学校にも問い合わせたんやけど、映像の加工編集は授業でやってるよって簡単にできるやろって言われたんよ 」


美紗は小屋から運び出したパソコンを使って、映像が編集されていることを突き止めた。

「 犯人は映像の加工修正はできても、その取引ログが残されていることに気付かないんだから中途半端なやつだってことだ 」

美紗はそう言って、編集前のふたつの映像を復元させた。


ひとつは誰かが狩村を刺して、そして小屋に戻っている。

もうひとつは、小屋から真っすぐ遺体の横を通って走り去ったものだった。

「 ふたつめのを潮見と照合したら九十八(%)の一致をみた。もうひとつは、刺殺した後小屋に戻ってきていて、顔は見えない。これから、もう一度宿泊者全員と照合するんだ 」

と美紗は意気込む。が、

「いや、美紗、宰司との照合をやってくれ。それだけで十分だ」と一心は自信をもって言った。

不思議な顔をする美紗だが、肯いて作業に取り掛かる。


 一時間ほどで結果が出た。

「一心、一致したぞ。照合率九十八(%)だ」と美紗が笑顔で言った。

そこへ清水警部が髪の毛を振り乱して駆け込んできた。

「一心、どないなった? 」

その姿が鬼婆みたいで可笑しくて笑ってしまった。

「何おかしいんや?」

一心は、笑って誤魔化し、結果を報告、情報も提供した。

「 おおきにな、言われてから鑑識に再確認させたら、間違いなく編集されていたことを確認した」


 警部が帰ると一心は宰司に会いに行った。

「あんた、俺にまた嘘を言ったな。うちのアプリが小屋の監視カメラの映像がお前だと言ってるぞ」

と問い詰めた。

宰司はえっと目を見張って、「そんなばかなあれはちゃんと、……」と言って両手で口を押さえた。

「ん? あれはちゃんと、なんだ?」

「……」

「 ん? 言えないのか? じゃ、俺が言ってやる。狩村を殺害したお前は小屋に戻って、潮見に走らせたんだ。そして、そのふたつの映像を編集して潮見が殺害したように見せかけたんだよ 」

一心の説明に宰司が固まってしまった。

少しの間だんまりが続いて、「……ああ、その通りだ。良くわかったな」力のない声で言った。

「んじゃ、あと細かいところを全部喋れ」

宰司はすべて諦めたようにコーヒーを飲み干して、

「 始め狩村に腹違いの姉がいてお前を殺そうとしてこの民宿に来ている。それが誰か知りたかったら七時に小屋へ来いと言ったんだ」

「それで狩村は来ると言ったのか?」

「 ああ。その後、潮見に電話を入れて、お前と富士野のことを謝りたいし、狩村に仕返し考えてるからひと目のないボート小屋に六時五十分までに、どっちのカメラにも写らないように来てくれって言ったんだよ 」

「じゃ、端から潮見に罪を被せるつもりだったのか?」

宰司は肯いて、

「 二人で、小屋の中でカメラの映像を見ながら待ってると、誰かが来て、狩村かと思ったんだがそいつ木陰に隠れたんだ。

俺はびっくりして見てたら狩村が小屋に向って来て、そいつが襲ったんだ。

で、狩村はそいつからナイフを奪って木に隠れたんで見てたら、また誰かが来て、そいつを狩村が襲ったんだ。

訳わかんなくて、見てるしかできなくて、そしたら後から来た奴が逃げたあと、狩村の腹にナイフが刺さってたんだ。

だけど、少ししたらそれがぽろっと落ちちゃってそれを拾ったところにまた人が来て、ちょっと話してたら、狩村からナイフを奪って刺そうとして揉めて、狩村が殴られて倒れ、ナイフが小屋の近くまで飛んできたんだ。

今だと思って、潮見には待ってろと言ってナイフを拾って刺殺したって訳よ 」

「ほう、ここまでは監視カメラの映像のままだな。で?」

「 小屋に戻ると、潮見が震えてた。さすが男のくせに<女>だなんていう奴だなと思って笑ってやったさ。それで、ばらしたらお前だけでなく富士野も殺すからなって言って、血痕のついた手袋の上に厚手の手袋をつけさせてから、狩村の横を走って宿のカメラに写らないように戻れと命じた 」

「ふむ、お前はその後、映像を編集して潮見が殺ったように見せかけたって訳だ」

「ああ、その通りだ。けど、気の弱い奴はいつかばらすんじゃないかと気が気じゃなかった。濁流で死んでくれてホッとしたよ。上手くいくと思ったのに残念だ 」

「 ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。お前のどうでも良い理由のために人を殺すなんてどんな育ちかたしたんだ 」

一心は腹立ちまぎれに怒鳴りつけてやった。

「 誰も知らないだろうが、うちは狩村んとこに仕入してた農家だったんだ。ところがある年不作で十分な納品ができない年があって、そしたらそれを理由に切られたんだ。何年も一緒にやって来たのに、ほかの業者も口裏を合わせたように、『取引できない、どうしてもなら通常価格の三分の一くらいなら』って言われて、諦めた。

それで農家も辞めることになって、親父は生きる屍みたいになって、その二年後死んで、お袋も同じ年の暮れに死んでしまった。

俺は、バイトと奨学金とでやっと大学生活できてるっていうのに、狩村の野郎は何でも金で、女も……いつかぶっ殺してやると思ってたんだよ 」

宰司は悔し涙を見せながら喋った。

「 そっか、だが、どんな事情があってもダメなものはダメなんだ。お前、ここまで苦労してせっかく頑張って来たのに、全部無駄にしやがって、天国の両親も泣いてんだろうよ 」

「 そんなことわかってる。でも、我慢できんかった。……そう言えば、刺殺後小屋に戻る途中、多分、女だと思うんだが小屋から森の中へ走り去るとこを見たんだ、見られたかと不安になったんだよなぁ 」

一心は、それに返事をしなかった。が、それが雪場ならすべての辻褄が合うと腑に落ちたのだった。

「警察へ連れて行ってやる」

一心はそう声を掛けて清水警部のところへ向かった。


 翌日、一心は、札幌を発つ前に家族を連れて<スーパー狩村>の本社を訪れ社長に面会を求めた。

事件の顛末を社長に話すと、

「何人もの人が颯を殺そうとしてたなんて、信じたくないが、わたしら夫婦の育て方が悪かったんだろうな」

狩村宗吾は一心一家に事件解決の礼を尽くした上でそんな風に言った。

 そして社長は席を立って机に戻り封筒を手に座り直した。

そして、「ところで、これを……」と言って封筒をテーブルに置いて中を確かめてと促す。

一心は、調査費用だなと思いつつ封を持つと、予想に反して重い。

「えっ」思わず声が出る。

見てびっくり。慌てて静に封を差し出し目顔で見るよう促す。

「こないに、社長はん、これまちごうてますえ……」

「いや、わたしの気持をプラスしました」悲し気な笑顔で社長が言った。

そして、「保養所はどうでした? なかなかだとわたしは自負してるんですが……」

一心は多少のお世辞も含め家族全員が気に入ってまた泊まりたいなどと話をした。

そして、氷見沙耶の認知について尋ねると、妻が渋っててと苦しい胸の内を明かしてくれた。



「跡取りを亡くし、一方では愛人の娘ぉがおることがわかって、奥さんも辛いやろな」

帰り道、静がしみじみと言う。そして、

「 なぁ一心、あて心配なんやけど……」

「何が?」一心にはさっぱりだ? 時々あるこの脈絡もなしに言い出す静、きっと何かが閃いたのだろう。

「一心は思いまへんか? 綾美はん、跡を追わへんよなぁ……」静がマジな顔をして一心を見詰めるので、ドキッとする。

「脅かさんでくれや、潮見の分まで一生懸命に生きるんじゃないか、俺はそう思うというかそう願うけどな」

「そりゃそうやわ、そうやけど、一心は心配せーへんのんか?」

「 静、そこまで、……心配する気持はわかるけどよ、ずっと見守るなんてできないんだぞ、俺らにできるのはそうあって欲しいと願うだけなんじゃないか? 」

「 せやなぁ、……祈るしかないかぁ。……ほーやったら、函館に寄ったら、<いかよーかん>と<いかそーめん>で、浅草に着いたら<どら焼き>とか<あげまんじゅう>とか送って元気づけてあげへんか? ほなら、えぇやろ 」

静の提案に一心は笑顔で大きく二度肯いた。

こういう優しさが静の良い所のひとつなのだ。改めて静に惚れ直す一心だった。

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