<<21話 誘拐>>

 狩村大吾は探偵の訪問を受けて、その場は何とか凌げたものの、やばいと思った。

―― 警察が来るのも時間の問題だろう ……


 数年前だった、宗吾の妻の和美が若い女と話してるのを見かけた後、和美と話す機会があってその女を話題にすると写真を見せられ、その顔に驚いた。別れた女房の若い頃に瓜二つだったのだ。

それで、もしやと思って探偵に戸籍を調べさせたが、養護施設で育って乙部という家の養女になったところまでは掴んできたが、生みの親はわからないと報告してきた。

 その娘が生まれたのは離婚して八か月後だった。離婚前の半年ほど別居状態にあったが、確か酔った勢いで無理に関係したことがあったはずだった。ただ埋もれた記憶を無理矢理ほじくり返したので、間違いないか? と問われたら自信は無い。

だがあの顔を見た瞬間感じるものがあった。きっと、自分の娘のはずだ。

大吾はそう信じようとした。


 だが、何故、大吾に妊娠を言わなかったのか……と、疑問が湧きあがった。

―― いくらできの悪い夫だったとしても、子供ができたと知ったらきっと変っていたはずだ ……

―― いやいや、違う。違うぞ。確か妊娠したと言ってた …… 思い出して頭を掻きむしった。

しかし、それを信用せず、浮気性の女だから別居中に他の男と関係を持ってできた子供かもしれないと思ったんだった。

 当時の事をあれこれ思い出しながら考えていて、ある推論が頭に浮かんで、……

―― そうだ、そんな偶然あるはずない、乙部綾乃という娘は別れた女房に似てはいるが施設の子だ、他人の空似だな。奴なら、捨てるくらいなら絶対俺に認知しろとか養育費寄越せとか言ってくるはずだ ……

―― そうだ、そうだよ、奴の性格だ間違いない …… 

大吾はその考えを信じ込むことにした。


―― だが、待てよ、何処かで俺の子供は生きてるはずだよな …… 大吾はそう思い、願う。

会社を首になってしまった大吾が、今、実の子にできることを考えた……。

―― 兄宗吾の遺産を残してやる事しかないよなぁ ……

―― 自分が生きてたら自分が相続するし、自分が先に死んでたら弁護士は謄本上で相続人を探し、その子を見つけるだろう。そうなればその子が相続すればいい ……

月日が経つほど大吾のその思いは強さを増していった。


 とにかく兄の息子颯と愛人の娘氷見沙耶を殺さなければ、大吾が相続する可能性はゼロだ。


 それで和美の名前を出し、「自分は義理の弟だ」と言って乙部綾乃に近付いた。

一緒に買物へ行って色々のものを買ってやったりもした。

親しくなると、一見大人しそうな美人だが、気が強いし行動力もある、という事が分かって来た。

そう言うところは元妻に似ていた。

親父気分を存分に味わせてもらった。だから、男と女の関係にはならなかった。

十分手懐けてからひとつのお願いをする積りだった。


 そのお願いをする前に、氷見幸子を探した。

探偵が探し当ててみたら、東京へ行ったはずだったがいつのまにか札幌に戻っていた。

昔、彼女は大吾に騙され宗吾と別れ姿を消したのだった。彼女は未だにそれを知らない。

それで宗吾を恨んでいる。

当時は相当な欲深だったから、遺産のことくらい知ってるだろうと思ってそれとなく訊いたら、まったくの無知だった。

大吾は幸子の無知に驚きも呆れもしたが、これ幸いと「颯が死ねば沙耶に遺産が入るのに」と嘘を言って残念がる素振りを繰返した。

 すると、しだいに幸子の目付きが変ってゆくのを感じるようになって、合宿中に颯が死んだと聞いて、「殺ったな」と幸子の耳元で囁いてやった。

幸子は顔色を変え、「何が望みなの?」ときた。

大吾は、「いや何も要らない」と返して幸子を驚かせた。

―― ふふっ、お前の娘も死ぬことになってるんだ …… 大吾は腹の中でせせら笑った。


 次は氷見沙耶を殺す番だった。乙部に殺害を頼んだがもたもたしていていつまでも殺らないし、殺ったかと思ったら失敗、苛ついて自分で殺ろうと決心したのだ。


 叔父だと言って会社帰りの沙耶を呼び出し車の後部座席に乗せた。

「何か、私に用事ですか?」何も知らない沙耶は素直にそんな愚問を発する。

「ああ、ちょっと話ずらいんだが、……」大吾は思い悩んでいるような素振りを見せて、缶コーヒーに手を伸ばす。

一口飲んでから、沙耶にちょっと視線を飛ばして、「あ、悪いな自分ばっかり」

そう言って助手席に置いてある携帯用の保冷庫で冷やしていた缶の開く音を聞かせ、それとは別のすでに開いてる缶コーヒーを沙耶に手渡した。

「すみません」沙耶はそう言ってそれを口にした。

……

 長めの無駄話を挟んでから、「実は、俺にも娘がいたんだ……」と話し出し、

「離婚したときに元妻の腹に子供がいたなんてすっかり忘れてたんだよ。それを知ったのは……」

しばらくひとり言のように喋っていると、沙耶に薬の効き目が表れ眠ってしまった。

「 悪いな。その子にあんたの父親宗吾の遺産を相続させるためには、あんたには死んでもらわないといけないんだ…… 」

大吾はそう言って、自分を疑うことなく安らかな寝息を立てている沙耶の顔を見詰めた。

「可愛い顔して、この若さで死んじゃうんなんて……あの世で自分の母親と宗吾を恨むんだな」

大吾は呟いてアクセルに乗せている右足に力を込めた。



 同じ日の午後、清水瑚都警部は大吾宅の玄関前に立っていた。インターホンに反応が無い。

「一心、大吾はんが今日外出しはるってゆぅとったかいな?」瑚都は気になって一心に確認電話を入れた。

「え、いやー俺は知らんな。昨日はいたぞ」

「そっかぁ。少し張り込まなあかんな。一心、おおきにな」

通話を切って、瑚都は玄関の見える位置に覆面を停めて様子を窺うことにした。


 しかし、夕方になっても帰って来ない。

瑚都のスマホが歌いだした。

「氷見の母親がよ、娘が狩村大吾と会社帰りに会うと言ってたけど心配でと俺に電話してきたんだよ。ついでに、出頭しなと言ったんだけど、考えるって言って通話を切られた」

一心からだ。瑚都が時計を見ると午後六時になっていた。

「え、娘に何かあったんかいな?」瑚都には母親より娘の方が気がかりだった。

「いや、わからんが、美紗に氷見沙耶のスマホの位置を調べさせるな」

一心がそう言ってくれたので瑚都はわかりしだい連絡して欲しいと伝えた。


 時間を空けずスマホが歌う。

「 スマホの位置情報はオフになってた。けど、美紗が沙耶にあげた蝶々型のブローチに内臓させたGPSが機能してて、俺の泊った尻別川の宿の方へ車で向ってるみたいだぜ 」

瑚都は、即座に大吾が沙耶を殺す気だという最悪を想定し、一心にその位置情報を教えてくれと伝えた。



 一心は清水警部に沙耶の救出に向かうと告げて、静に全員乗っけてすすきのに寄って拾ってくれと伝える。

その宿までをネット検索すると、札樽自動車道で小樽まで行って、国道三九三号線を南下、倶知安町で国道五号線に乗ってニセコ町に入り、そこからは一般道を尻別川に沿って走る百キロちょいの道のり、車で二時間半はかかると出た。

……

 一心は合流してすぐ一助と美紗にバルドローンで沙耶の乗っている車を追わせた。


 午後八時十五分、「沙耶の乗ってる車を発見したで。今、宿んとこの滝を通り過ぎてよ、さらに上流へ向って走ってる」と、美紗から連絡が入り即行警部に知らせる。

一心らが現場に着くまでまだ一時間余りの距離がある。

 しばらくして、「ちょっとした広さのある草むらに停まったぞ」美紗からだ。

少しして、「大吾が沙耶を車から引きずりだして川の方へ行くぞ。あれっ沙耶が何かふらふらしてんぞ、薬でも盛られたか? 俺ら少し離れた場所に着陸するな」と一助。

「おー見つからんようにできるだけ近付いて様子を窺ってくれ」一心も緊張してきた。

下手すると沙耶が殺されてしまう。 ―― 何か薬物でも飲まされてんだろうか? ……

「おい、大吾が沙耶の首筋にナイフを当ててる。どうする?」美紗の声から緊迫した状況が伝わる。

「待て、もうそこに着く」

バルドローンの大きな翼が見えた。辺りはぼんやりとした月に照らされてはいるが仄暗い。

「数馬、近いぞ。大吾が見えたらライトを当てたまま接近だ」一心がハンドルを握る数馬に言った。

車のライトは草むらを照らし続けている。

ほどなくライトが大吾のだろう車体に当たって闇に浮き上がらせた。

そして、こっちを眩しそうに手をかざして見ているふたつの人影が浮かんできて、しだいにライトがはっきりと大吾と沙耶を照らし出す。

 一心らが車を降りると、「近付いたらこいつを落とすぞ!」大吾が叫ぶ。

その場所から一キロほど川を下ると、そこには五メートルもの高さの滝がある。民宿の水力発電機を設置していた場所だ。落ちたらひとたまりもない。

「大吾、バカなことは止めろ。沙耶さんには関係ないだろう」一心が叫ぶ。

「うるさい! こいつは死ななければいけない運命なんだよ。邪魔すんな!」

説得する一心と静、耳を貸そうとしない大吾は自暴自棄になってる。

膠着した状態が続いた。

…… 

 そしてその瞬間が来てしまった。

「 こいつが死んだら、宗吾の遺産を俺は受け取る権利を得るんだ。万一俺が一緒に死んでも俺の子に遺産が行くんだ。それで良いんだ。俺は、俺は子供には何もしてやれなかった、……最後に親としてできるのはそれだけだ 」

叫び終わると同時に、大吾は沙耶を川へ突き落とし、自分も飛び込んでしまう。

「きゃーっ!」悲鳴を残して沙耶の姿が水中に消えてしまった。……

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