<<5話 対立>>
一心らは早めに休憩室へ向かった。
すでに一般客や合宿中の学生らもちらほら席に着いていた。
学生にもカップルがいるようで顔を寄せて互いに笑顔で何事か話していて、
「えぇでんなぁ、若いお人は」と静を羨ましがらせる。
よく見ると夕べの<トランス男性>の富士野だ。顔を寄せているのは夕べはいなかった学生のよう。
ほかの学生はその二人と対峙するように間を空けて座っていて、夕べの男子学生は富士野にガンを飛ばしている。
予定の時刻になった時には二十名以上が集まっていた。
学生はトランス学生とそれ以外の学生に、それとは別に一般客といった三グループに分かれている。
コーチが入ってくると学生の席を見回して肯いた。
最後に旦那さんが入ってきて、入口の右側、トランス学生の座っている場所を示して、
「こちら側にトランスジェンダーの方お座り頂けますか?」一般客に向って移動を促すと二人連れの男性客やトランスジェンダー夫婦が移動した。
少し遅れて別の夫婦もなにやら話をしながらトランスの席へ移った。
旦那さんは、短い挨拶をし、
「小さな民宿でアットホームな雰囲気を大事にしております」
と言って、一心から順に自己紹介するよう促した。
突然だったが、「えー、俺は、……」と一心は何とか露払いの役割を果たす。以降二十分ほどで自己紹介は終わった。
旦那さんは都合で参加していない三人の女性客を紹介し、最後に自分の妻と娘と従業員も忘れずに名前だけを知らしめた。
そして、夕べの事件を知らない一般の客へ個人名を伏せて説明し、ラフティング部のコーチだと自己紹介した宗谷枝幸にバトンタッチする。
「 本会は、トランスジェンダーをテーマとして我が北道大学ラフティング部の研修会と位置づけ始めたいと思います。宜しくお願いします 」
宗谷がそう言って研修会と銘打った話合いは始まった。
始めに自らがトランスジェンダーだと告白した真川千尋が指名され、思春期にはいるころから自分の身体に疑問を感じ悩み苦しんた事、そのうち自然と男言葉を話すようになったのが原因でひどい虐めを受けるようになって通学もできなくなった事など、親が心配して探してくれた専門医に<トランス男性>と診断されるまでの辛い体験談を話したうえで、夕べの女湯と男性トイレ事件について謝罪した。
続いて真川碧羽が、
「 <トランス女性>の私と<トランス男性>の彼のどちらが夫かというと、私達夫婦の間では、私が妻で彼が夫なんですが、世間的には私が夫で彼が妻ということで認識されてます。ややこしくて自分らもたまに訳わかんなくなることがあります 」と言って、みなを失笑させる。
そして、<夫>千尋と同じように辛く苦しんだ青春時代を回顧した。
会場はシーンとなったが、狩村一派は口を尖らせ文句たらたらといった雰囲気の顔をしている。
次に、二年前北道大学二年生の時に亡くなった娘が<トランス男性>だとわかったと話す松内大樹(まつうち・たいじゅ)が指名され、娘が死んでから娘の日記を読んで親として至らなかったことを痛感していますと前置きして語り始めた。
「 母親と中学生の制服を買いに行った時、どうしてもスカートは嫌だと店員をも困らせ、無理にお願いしてスカートをスラックスに取り替えたセットを買うことになったんです。
でも、その時にはトランスという言葉さえ知らず、変った娘くらいにしか自分も妻も思わなかった。
その時のことを娘は『何故、<男>の自分に親が女子の制服それもスカートを勧めるのかわからない』と書いてました。
振り返れば親として良かれと思ってしたことが、当人は相当嫌だったようです。
優しい子で自分らに強く反発しなかったんで…… 」
そこまで喋った松内は言葉を詰まらせ、ハンカチで目頭を押さえた。
……さらに、小学校から高校に至るまでの虐めの数々を涙交じりに紹介をした。そして、
「 俺らは、大学ではみな大人だからさすがに虐めはないだろうと思っていたし、娘も運動部に入って明るく学校へ通ってたみたいでホッとしてたんですよね。
そしたら合宿から帰ってくる予定の日、俺ら二人とも仕事で家を空けている間に娘が帰宅したようで、夕方、リビングに娘の荷物が置きっぱなしで、シャワーの出る音がするので、……ひと声かけようと風呂場へ行ったら、ドアが開いていて、……手首を、湯船に浸けて、……死んでいる娘を…… 」
再び松内大樹が声を詰まらせた。
その背を撫でながら、その妻松内千花(まつうち・ちか)が興奮気味に続ける。
「 あとから娘の日記を見たらラフティング部の合宿で虐められたと書いてあったんです。同学年の男の子たちにって書いてました。まさに夕べも、こちらの女子学生さんが、そこにいる四人の男子学生に酷いことをされたんですよね。あんたたち、私の娘にも同じことをしたんじゃないの! 」
松内千花は憎しみのこもった眼差しを四人の男子学生に向け拳を振り上げて怒鳴った。
その声に反応するようにひとりの男子学生が立ち上がって、
「 僕は、一本柳徹(いっぽんやなぎ・とおる)農学部の四年です。富士野夕べはごめん、酒飲んで狩村にそそのかされてつい……でも、俺は責任逃れをしようってんじゃない、悪かったよ。謝りたかった。ごめん。……それから松内さん、美里さんへ部内での虐めはあった、申し訳なかったと思ってます。でも、夕べのような酷いことはしてません 」
一本柳が頭を下げると、松内大樹が、「それじゃどんな虐めをしてたと言うんだ」
涙交じりに叫ぶその声に一本柳は、
「 言葉でバカにするというか……<トランス>が移るとかレズとか言ったり、逆に話しかけられても無視したり、美里さんがラフティングの競争で負けるよう仕組んだり、殆ど狩村が仕組んで俺らが乗ってしまって……そう言う虐めが自殺の原因だったかもしれません 」そう言って深く頭を下げた。
一本柳が言い終わるや否や狩村が立ち上がって、
「俺は何にもしていない。そもそも生物的に子孫を残す本能を否定するようなFTMやMTFは滅ぶべきだ」
と、声を大にして言った。
「あんた名前は?」真川千尋が刺々しく言う。
「狩村颯だ」ぶっきらぼうに狩村が答えた。
そんなやり取りをしている最中にも暴風に激しく揺さぶられ耐えきれず悲鳴をあげる木々や、必死に堪えてはいるが絶えず軋音を発する建物、吹き飛ばされて激しく窓に衝突する巨大な雨粒など、もうそんな話は聞きたくないとでも言いたいのかその激しさを増して行く。
「生物にはオスとメスしかいない。FTMやMTFは精神障害であって入院隔離するか陰でひっそりくらしてれば良いんだ。人間社会にとって悪だ」狩村を支援するようにラフティング部長の宰司幸喜(さいじ・こうき)が言い切る。
「じゃ、仮に病気だとして、病人を自殺へ追い込むような虐めをあんたがたは正当化するの! そう大学で教わってるんですか?」美里の母、松内千花が金切り声で叫んだ。
沈黙する学生。
コーチの宗谷が立ち上がって学生の方を向いて、
「 <性同一性障害>は言葉通り障害つまり病気と認識されていた。
しかし、最近になって<障害>という言葉を<性別違和>へ変更している。つまり病気ではないという認識になっていて、世界に広がってきている 」と紹介した。
そして、車椅子の人口よりトランスジェンダーの人口のほうが若干だが多いなど統計的な説明で結んだ。
その話を聞き終えて狩村らは驚きの表情を見せ大人しくなった。
一心が学生を見ていると、自らを<トランス女性>と告白した法学部四年の潮見弘道(しおみ・ひろみち)は狩村らの方へ目を向けない。逆に狩村らは刺々しい眼差しを潮見に向けている。
きっと毛嫌いしているのだろう。そう言う目だ。
昨日大立ち回りを演じた<トランス男性>の富士野は、しきりにそういう潮見に声を掛け笑顔を向けている。
一心は、女の富士野綾美が<男>で男の潮見弘道が<女>だという事を感覚的にわかり始めてきたような気がするのであった。
しかし、一方では、<トランス男性>は女で夫、<トランス女性>は男で妻だと考えると、男が夫で女は妻という今までの常識とは真逆になってるような気がして、頭が混乱して爆発しそうになる。
ここまで一言も発しなかった<トランス男性>富士野綾美がすっくと立ち上がって、
合宿所の部屋割りに注文をつけた。コーチは一瞬微笑みを浮かべてそれを認め、<トランス男性の>富士野と<トランス女性の>潮見を個室にした。
そして狩村一派に向って、
「 トランスジェンダーの人達は子供の頃から苦しくて辛い体験をしてきて、それでも負けずに頑張ってるんだ。お前たちはもう子供じゃないんだ、その辺を理解して同じことを繰返すなよ。わかったか 」
狩村たちが肯くのを見てコーチは締めの言葉を述べて研修会は終了となった。
一心が時計を見ると昼を過ぎてる。 ――どうりで腹が減ってるはずだ……。
崖崩れまでの猶予は残り六十八時間ほどだ。
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