第10話 ザ・ガイド

 リラさん達と別れ、私達は街に戻った。その足で冒険者ギルドに向かう。


「ゴブリン五〇体討伐で、報酬は25000Mです」


 ゼニスさんから七枚の紙幣を受け取る。


「初めての依頼、上手くいってよかったですね、ルーちゃん!」

「そうですね」


 1Mは大体1円くらい。二人で一日働いて約25000円が上手くいったといえるかは微妙だけど、二人とも怪我なく依頼を達成できたって意味なら、上手くいったといえるのかな。

 てか、その呼び方続けるのね。


「おいおいおい、新人ニュービーがゴブリン倒した程度で調子乗ってんじゃねえぞ!」


 私達の前に、世紀末にヒャッハーしてそうなごろつきもとい冒険者が立ちはだかる。

 これはあれだ。どの世界にも絶対に存在する、新人冒険者をいびるかませ冒険者だ。


「あーあ、あの子達かわいそ」

「捕まっちまったな」

「あいつも、よくやるぜ」


 酒場の方からそんな声が聞こえてくる。この冒険者は有名人らしい。たぶん、よくこんな事をしているのだろう。

 けど、残念だったな。こっちには、冒険者歴三年のステラさんがいる。ただの新人じゃないのだよ。


「いいか、ガキ共。ゴブリンってのはEランクモンスター。初心者には丁度いい練習台だが、倒せたからって調子に乗るんじゃねえ。ゴブリンには、上位種のホブゴブリンっつう奴がいる。そいつは、見た目はゴブリンと殆ど変わらねえ。皮膚の色が少し濃いくらいだ。だが、力、耐久力、敏捷性、全てがゴブリンとは比べものにならねえ。ホブゴブリンのランクはC。新人がゴブリンと間違えて挑み、返り討ちに遭う。こんな事はしょっちゅうだ。無様に死にたくなけりゃ、よく相手を観察する事だ」


 ん?


「この辺りにはウルフ種も多い。ウルフ種は単体では脅威じゃねえが、奴らは群れで狩りをする。一体だからと油断していれば、たちまち周囲を囲まれる。それに、奴らは狡猾だ。前衛と後衛を引き離し後衛を孤立させたり、怪我をしている奴を集中的に狙ったりと、連携させればとにかく厄介だ。対策としては、分断されないように隊列を圧縮する。囲まれない内に速攻で各個撃破する。こんな所だが、新人には難しいだろう。ウルフ種を見かけたら、尻尾巻いて逃げるこったな」


 これはあれだ。一見悪徳に見えて、ただアドバイスしてるだけの人だ。


「あの、私は今日冒険者になったばかりですが、ステラさんは三年冒険者をやってます」

「三年だあ? んなもん新人も新人じゃねえか。いいか、三年目四年目ってのはな、冒険者に慣れてきて一番油断しやすい時期なんだよ。冒険者の死亡割合で最も多いのは一年目。その次が三から四年目だ。つまり、てめえらは最も死亡率の高いパーティーなんだよ。分かったら、無茶な依頼は受けずに、大人しく地味な依頼を受けて地力をつける事だな。あと、若いからってあそこの馬鹿共みてえに、仕事終わりに酒を飲むんじゃねえぞ。運動後のアルコールは翌日に疲れを持ち越す。飲むなら次の日は休みにしろ」


 めちゃくちゃアドバイスしてくれる。いい人じゃん。

 ただ、話長いなー。


「アドバイスありがとうございます」

「ああ? アドバイスだ? 調子に乗ってんじゃねえぞ。てめえらみてえな新人にうろちょろされたら目障りなんだよ。ガキはさっさと家に帰って寝やがれ」


 いい人はそう吐き捨てて冒険者ギルドを後にする。


「災難だったね、お嬢ちゃん達」


 エロい格好をした赤い髪のお姉さんが話しかけてきた。ビキニアーマーというやつだろうか。防御力低そう。


「いえ、アドバイスして貰っただけですよ。いい人でした」


 お姉さんは目を丸くした後、大声で笑い出した。


「冒険者になるガキなんて、根拠のない自信とプライドの塊だからね。アンタみたいに、人の話に耳を傾ける器量を持ったやつは珍しいよ」


 楽しそうに笑いながら、お姉さんは私の肩に腕を回す。

 酒くさい。柔らかい。えろい。


「そうだ、あいつはただのいい奴だ。あの見た目と話し方で誤解されがちだけどね。今みたいに、新人にアドバイスをして回ってる。ギルドの講習なんかよりよっぽど為になるやつをな。あいつがこの街に来てから、新人の死亡率は三割下がった。ついた渾名は『先導者ザ・ガイド』」


 かっこいい二つ名までついてる。かませとか思ってごめんなさい。


「ただ、欠点というか、迷惑な所というか」

「話が長い、ですか」

「そうなんだよ。言ってる事は正しいし、為になるんだけど、やたら話が長いんだよな。聞いてる内に、最初の方の話を忘れちまうんだよ」


 さっきの可哀想ってそういう意味だったのね。


「ま、そういうわけで、あいつの忠告は聞いておいたほうがいい。アンタらには言うまでもなかったみたいだけどな」

「いえ、わざわざありがとうございます」


 お姉さんは肩を組んだまま私の顎に手を添える。


「ところで、お嬢ちゃん、可愛い顔してるね。向こうでアタシと飲まないか?」


 髪と同じ赤い瞳で真っ直ぐ私を見つめる。思わず頷きそうになったけど、その前にステラさんが私とお姉さんを引き剥がす。


「私達は『先導者』さんに言われた通り、家に帰って休みますので!」


 ステラさんは毛を逆立てた猫のようにお姉さんを睨む。

 もしかして、嫉妬か? 愛いやつめ。


「そいつは残念。じゃ、また今度ね」

「今度なんてありません!」


 シャーと威嚇するステラさんを軽くあしらい、お姉さんは酒場に戻っていった。


「早く行きましょう、こんな所!」


 こんな所て。ここ冒険者ギルドだよ。


 ステラさんは私の手を取って、足早に建物を出る。その後もグイグイ私を引っ張って屋敷に向かう。


「あの、私は宿を探さないといけないので、この辺で。手を離して貰ってもいいですか」

「何故ですか?」

「何故って、そろそろ宿を探さないと、空きがなくなってしまうかもしれないので。流石に野宿は嫌ですし。手を放して貰ってもいいですか」


 なんか、ステラさん怒ってる? なんで? 最近の若い子はよく分からないよ。あと、手を放してくれない。


「ヴィユノークの屋敷に住むのではないのですか?」

「いや、そこまでお世話になるわけにはいきませんよ。手を放して貰ってもいいですか」

「この街でお風呂があるのは、ヴィユノークの屋敷だけですよ」

「お世話になります!」


 ステラさんの手を強く握ると、ステラさんはニッコリと微笑む。


 これは仕方ないよ。だって、日本人はお風呂がないと生きていけないから。うん、仕方のない事だ。

 にっこにこのステラさんと手を繋いだまま、私達は屋敷に戻った。

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